第六十八話 中継地点
新章開始。
どんなお話しになるのかは……章タイトルの通りです。多分。
大宴会の翌日、菜豊荘の面々はあれほど苦労していた魔法陣を使った水の生成についても呆気なくできるようになっていた。
嬉しい誤算として、山登もそれに続き魔法陣を介してであれば水を作ることができるようになった。修行中や旅の間は水の確保するのが大変だったようで随分と感謝していた。
他の者たちが〈気弾〉を使えるようになったショックからも立ち直った様で昨晩とは打って変わって清々しい顔をしていたので、弥勒としても一安心である。
「これからは魔法陣を使って水作成を行うことで体内に取り込める魔力の量を増やしながら、〈気弾〉で魔法の制御をしていくといいだろう。当面の目標としては、呪文のみで十連発できるようになることだな」
ノーモーションで発動できるようになれば戦術に大きな幅ができるし、複数回使用できればそれだけで牽制にもなる。
使うことがないのが一番ではあるが、保険としての意味合いもあるので護身の一環としてここまではできる様になってもらいたいと思っているのだった。
「師匠に皆、世話になった。今度来る時には成長した姿を見せると約束しよう」
そんな言葉を残して山登は去っていったのだった。一方弥勒たち菜豊荘のメンバーは昨日の大宴会の後片付けである。ジョニーも動くスポンジとなって泡だらけになりながら汚れた食器類を洗っている。その隣では女性陣が魔法陣を介して水を生成して濯いでいた。
「充は山登とどこで知り合ったアルか?」
「あ、僕も気になってた」
和気あいあいと作業をしている中で、二人が知り合いだったことが話題に上がる。
「ホクカイドを旅していた時に助けられたってだけの話だよ」
「その話は初耳だぞ!?」
しれっと答える充に将が驚きの声をあげる。
「あれ?言っていなかったか?熊に追っかけられていた所を助けてもらったんだよ。すごかったぜ。素手でその熊を倒していたからな」
ホクカイドにいた熊となると羆だったのかもしれない。元の世界で魔物と相対して弥勒ならともかく、よく無事だったものである。
ちなみに、何故弥勒がそんなことを知っているのかといえば、菜豊塾の子どもが持っていた動物図鑑に載っていたからである。
「いやいやいやいや。漫画じゃないんだから」
大が思わず突っ込んでしまっていたが、山登ならやりかねないとも思う一同だった。それにしても熊が出る様な所に一人で旅に行くとは、充は普段一体何をしているのだろうか?謎である。
片付けが終わるとそこで解散となった。アルバイトに向かう者、集まって昼ご飯を食べに行く者たちと別れて、弥勒は思いついたことをまとめるために一人で――ジョニーはくっついて来たが――散歩することにした。
その思い付いたことというのは、昨日山登がやっていた体の動きによって魔力を制御する方法についてである。あれを応用すれば、今の弥勒であれば膨大な量の魔力を使用することができるようになるのではないか、そしてそれが可能であるなら、針生たちの世界へ赴くための中継地点の創造を本格的に開始することができるのではないかと考えたのだ。
散歩ついでにヒトミの神社に寄ってみると、フミカが三匹のウリボウたちを遊ばせているのが見えた。無事だったようでホッと一息である。
さて、懸念も払拭された所で思い付きを試してみることにしよう。弥勒は一旦菜豊荘に戻ると、青龍号で〈森の館〉へと向かうのだった。
「おや?弥勒さんいらっしゃい。日曜に来るなんて珍しいですね」
コロンコロンというドアベルを響かせながら中に入ると、針生から挨拶を受けた。その針生であるが、丁寧にグラスを磨いているのが様になり過ぎている。それだけこの世界に長くいるということなのだろう。
「例の中継地点を創るのに使えるかもしれない技術が見つかったのでな。試しに来た」
弥勒はそう言うと、昨日の出来事と、体の動きによる魔力制御について説明を始めた。
「ほうほう。そうなると舞踊などの特定の動きもそうした働きがあるのかもしれませんね」
「案外、人気の踊りなどは人寄せだとか魅了の魔法が発動しているのかもしれないな」
弥勒ほどではないにしても、針生を始め〈森の館〉にいる者は人間に比べると魔力との親和性は高い。そのため魔法は使えて当然の技能であり、こうした点への研究は全くと言っていいほど進んでいないのだった。
「もしかするとそれぞれの世界の神やら管理者やらに、そうした思考を制限されていたのかもしれないな」
魔法の効率化が進めば、その分強大な魔法が開発される危険性も高まる。そしてそれは世界の存亡に直結する問題だ。介入があったとしても不思議ではないだろう。
いつまでも可能性の話をしていても仕方がない。ここに来た目的を果たすとしよう。
「それでは奥に入らせてもらうぞ」
「はい、どうぞ。帰る前に一声かけて下さいね。コーヒーの一杯くらいはサービスでお出ししますので」
「それは嬉しいな。必ず声をかけるとしよう」
針生の笑顔を背に奥の部屋へと入る。倉庫として使われている裏口のある部屋を通り向けて更に建物の奥へと向かう。そこは階段があるだけの無機質な空間だった。
それぞれのプライベートルームへと枝分かれする部屋だという。階段を上がれば針生の部屋に、逆に地下に降りたところに玄人と艮の部屋があるそうだ。
弥勒は階段のある一角とは反対の何もない場所に陣取ると、目を閉じて小声で何かを呟き始めた。呪文の詠唱というほど意味のある言葉の羅列ではないが、空間創造という一点に意識を集中させる効果を果たしていた。
それにしても不気味である。何もない場所でブツブツ呟く男、傍から見れば明らかに危険人物だ。実際ジョニーは怖がって弥勒の肩の上でブルブル震えていた。
しばらくすると、弥勒の正面の一点が光を放ち始める。しかしその光はすぐに弱弱しいものに変わり間もなく消えていった。
弥勒は「ふう」と息を一つ吐くと目を開いた。やはり空間を創り上げるには魔力が絶対的に足りていない。ここまでは既に何度も試している所であり、予想通りの結果でしかない。
さて、それでは新しい挑戦を始めてみよう。
目を閉じて小声で意識を集中しながら、今度は更に腕を動かしていく。魔法に詳しいものならば気が付いたかもしれないが、弥勒の腕、というか指先はある図形を描いていた。魔法陣である。
それもただの魔法陣ではない。ほとんどの世界で未だ発見されていないか、もしくは失われてしまった空間に作用するための魔法陣であった。この魔法陣を描くという動作そのものを弥勒は魔力制御として用いることにしたのだった。
先ほどは正面の一点だけだった光が、今度は弥勒自身からも発せられる。やがてその身を覆っていた光は延ばされた腕を伝って正面の光に集まっていく。
『ま、まぶしいっすーーー!!』
ジョニーが驚いて悲鳴を上げるが無視して続ける。やがて全ての光が集まるとひときわ強い輝きを発して消え去った。
「ふうううぅぅぅ……」
大きく息を吐いて目を開けると、そこには今までなかった扉がぽつんと立っていた。取っ手を掴み、回して開ける。
一瞬だけ白い靄のようなものが見えたが、すぐに消え失せて向こうにある壁が見えるだけとなった。
『扉だけっすか?』
「まあ、今の所はな」
空間創造の第一段階を終えた弥勒はその扉を閉めると、針生の入れたコーヒーを飲みに店へと戻るのだった。
充が普段何をしているのかはちゃんと考えてあります。
ただ、本文中で登場するかは微妙です。
次回更新は1月30日のお昼12時です。