第六十七話 やっぱり菜豊荘住人、弥勒
「そう言えばまだ名前を言っていなかったな。俺は一野谷山登だ」
男、山登の濃いキャラ具合に名前を聞くことなど忘却の彼方となっていた弥勒たちだった。
「一野谷、なのに山登るの?」
「人生山あり谷ありだと言って両親が付けたそうだ」
「ユニークな親御さんですね……」
まあ、輝く名前や妙な当て字よりはマシ、なのだろう。それも本人が気に入っているのならば問題のないことである。
「山登よ、一つ聞きたいことがあるのだが?」
色々ごたごたしていて一つとても重要なことを忘れていた。この男、確か魔法を使っていたはずだ。はどうなんちゃらである。
「何だ?」
「魔法、ではなく技は昔から使えたのか?」
「?あのはど――いや、あの技は俺が修行の末につい先日会得したものだ」
技の名前を言いそうになった途端、ヒトミたちから睨まれて言い直す山登であった。
「これなら……いけるかもしれないな」
一方、その答えに弥勒は満足げに頷いた。何を企んでいたかというと、菜豊荘の面々の魔法習得に役立てようと考えたのだ。
つまり山登のあの技は魔力塊を発生させる魔法であり、技の名前を叫ぶのは呪文の詠唱に該当するもので必要不可欠な行為だったのである。それと、腰だめに両手を構えるといった動きも魔法発動の三ステップに対応していると考えられる。
そうなると今度は別の問題が浮上してくる。山登にどの程度本当のこと、つまりは魔法について教えるかということである。
「これも何かの縁じゃないかしら。ここできちんと教えておけば、後々おかしな邪法に傾倒することのないでしょう」
肩を竦めながらも顔がにやけるのを抑えられていないヒトミである。そんな様子に思わず「お前の欲しい縁はホクカイドの食べ物だろうが」と言いたくなるのをかろうじて抑えた弥勒だった。
しかし彼女の言い分ももっともなことだ。個人、民間レベルのどこかずれた魔力操作法にのめり込むならばまだしも――それでも十分危険なのだが――、敵対勢力に接触され取り込まれてしまっては面倒なことになる。この場で正確な情報を与えて、こちら側についてもらえるように仕向けるのが得策だろう。
さて、その結果はというと、上手くいった。どころか上手くいき過ぎていた。
魔力と魔法についての説明を行い、実演してみせると山登からの弥勒の呼称が「師匠!」に変わっていた。実演を彼の技であるはどうなんちゃら改め〈気弾〉で行ったということが決定的だったようだ。
名前については〈フォースアタック〉――ヒトミ命名――でも〈マジックバレット〉――フミカ命名――でも可である。菜豊荘住人たちには好きに選ばせる予定だ。
余談だが、傍で見ていたウリボウたちが口元からブレス攻撃のようにこの技を発動させて、一同を唖然とさせていた。
そしてジョニーは勝者の余裕からか一切練習をしなかったので、一羽だけ使用することができずに、後で半泣きになって特訓することになったということも併せて記しておく。
「師匠、本当に俺も一緒に行ってもいいのか?」
「ああ。まあ、そう言いながら飯を作るのは俺ではないのだがな。その代わりにやってもらいたいこともあるから、そんなに恐縮する必要はないぞ」
「先ほどの魔法について教わった恩もあることだし、俺にできることは精一杯やらせてもらう」
ふむー、と山登は鼻息荒く勢い込んでいた。あの後、弥勒は山登が特に泊まる場所を決めていなかったことをこれ幸いと、菜豊荘に連れて帰ることにしたのである。
その第一の目的はもちろん菜豊荘の面々に彼の技を見せて、魔法の習得の一助にさせることである。ついでに山登用の魔法陣――他の者の練習にも貸し出している水を作りだすもの――を一つ作って渡しておこうと思っている。
いくつかの魔法が使えるようになっておくことで、いざという時の対応に幅を持たせることができるからだ。さらに異なる視点を得ることで今まで見えなかったことも見えるようになる。あの技も更なる進化が期待できるはずである。
そして恐らくは歓迎の宴会になることを察知したのだろう、ヒトミが羨ましそうにこちらを見ていたのは気のせいではあるまい。
しかし、帰る間際に「牡丹鍋」という不吉な言葉が聞こえたような気がしたが、そちらの方はきっと気のせいで、ウリボウたちが急いでフミカの後ろに隠れていたように見えたのもきっと見間違いなのだ。
明日の朝、三匹と再び顔を合わせることができるように切に願う弥勒だった。
「あ、弥勒さんお帰りなさい。……あれ?そちらの方はお客さんですか?」
菜豊荘に帰り着くと、建物尾の前を掃除していたイロハから声が掛った。
「ただいま。こっちは一野谷山登、まあ客のようなものだな。それで悪いのだが、菜豊荘の全員に招集をかけてもらえないか。魔法のことで話がある」
「分かりました、すぐに連絡します。それと晩御飯の方は……」
「そちらは俺の方から祥子たちに言っておく。全員で、ということになりそうだから一〇二号室を開けてもらった方がいいだろう」
確か四谷一家は今日、家の中でのんびりとしていたはずだ。
「お願いします。それじゃあそちらはお任せしますね」
そう言ってイロハは急いで自室へと戻って行った。
そして数時間後、一〇二号室には菜豊荘住人全員と山登の十一人と義則、ジョニーが集まっていた。山登が義則を見て驚いたり、実は充と知り合いで会ったことが判明したりというドタバタはあったものの、概ね平和に自己紹介を終えることができた。
そして山登がやって来た経緯や、彼が〈気弾〉という形で魔法を使ったことなどを説明していく。
ジョニーの対戦については伏せておくことにする。山登のためというより、ジョニーが図に乗らないようにするためである。
当のジョニーはというと具材を煮ている鍋の近くで『お肉♪お肉♪』と、歌いながら小躍りしていた。今日は土曜で役場に行っていないため、お菓子も貰えていない。祥子に頼んで多めに肉買ってきてはもらっているものの、山登もいるので肉争奪戦に発展するかもしれない。
「それではこれから山登に実践と解説をしてもらうことにしよう。皆、一旦部屋から出てくれ」
「師匠、〈気弾〉を使うのは構わないが、こんな住宅街のど真ん中では騒ぎになってしまうのではないか?」
「それなら消身と防音の魔法があるから平気ですよ」
山登の疑問に弥勒よりも先にイロハが答える。
「なんと!?師匠はそんなものまで使えるのか!」
そして弥勒の株が上がった様である。そのことに気を良くした訳ではないが、外に出て大きめの消身と防音の多重結界を張る。少し白く見えるようにして効果が分かり易くすることも忘れない。
今度は菜豊荘住人達からも歓声が上がる。ちょっと鼻高々な弥勒であった。
「この中でなら多少騒いだところで問題ない。そういうことなので山登よ、早速〈気弾〉の魔法を使ってくれ」
「分かった。はああ……、いくぞ!はど――」
「「「「「危険な名前がきた!?」」」」」
思わず以前の名前を言いそうになった所で、将を始めとする男連中の突っ込みが入って事なきを得た。そんな男たちに対して冷静に見ていた女性陣は何かを掴んだ様で、
「ああやって体の動きも使って魔法を制御しているみたい」
と、山登の動きを自分たちなりにアレンジし始めていた。この調子だと特に助言をする必要もなさそうだ。突っ込みに回ってしまった男連中の補佐をした方がいいだろう。
そうして全員が試行錯誤すること十数分、最初に成功させた義則を皮切りに菜豊荘メンバーは次々に〈気弾〉の魔法を習得していった。
「流石は先輩方だな。こうもあっさりと真似されるとは思わなかった」
「彼らは魔法に対する下準備ができていたからな。一つきっかけがあればこんなものだ。お前もすぐに上達する。腐らずに精進することだ」
若干凹み気味になっていた山登を励ます。ある意味彼こそがこの成果の一番の功労者である。そんな彼が潰れてしまうようなことはあってはならない。
人材育成の難しさは魔王時代に嫌というほど味わっている。その時の経験からしばらくは山登に注視しておいた方がいいだろうと感じていた。
その後はまさに大宴会となり、肉に野菜に魚と大量の食べ物が追加されてそれぞれの腹の中に消えていったのであった。
ようやく皆が魔法を使えるようになりました。と言ってもきっかけが掴めたという程度ですがね。
次回からは新章突入。またお話しががらりと変わる、予定です。
次回更新は1月28日のお昼12時です。




