第六十五話 規格外を統べる者、弥勒 後編、変人と雀
弥勒の様子を見に来た動物たちのほとんどはその日の内に自分たちの縄張りへと帰って行ったのだが、そのままヒトミの神社に居着いた、というより帰ることのできなかったものもいる。
まだ体の小さいウリボウたちである。フミカが狂喜乱舞したのは言うまでもないことだが、その後、紆余曲折の末に彼女の僕とする――弥勒が契約の仕方を教えた――こととなり普段は隠世で力仕事の手伝いをすることになったのだった。親猪は名残惜しそうにしながらも
『子どもたちをよろしくお願いします』
と丁寧に頭を下げて去って行った。
それから数日、その日は久しぶりにウリボウたちを連れて現世の境内で遊ばせていた。
「イノ、ニノ、サノ、木の根っこを掘り返しちゃダメですよ」
嬉しそうに林になっているあたりへと突入していくウリボウたちにフミカが声をかけていた。それにしても名前がちと安直ではないだろうか?
「随分と懐いたようだな」
「はい。とっても可愛いですよ!」
「そうねー、お陰で私の内は騒がしくなったけれど……」
フミカと対照的にヒトミはやさぐれていた。一人で悠々自適に暮らしていた所にフミカが、そしてウリボウたちが立て続けに押し掛けてきたのだから無理もあるまい。
そしてそのストレスの向かう先となっていたのがジョニーであった。
『目が回るっすーー!』
蹴鞠のように、またはサッカーボールのリフティングのようにポーンポーンと蹴り上げられていた。何だかんだ言いながらも余裕がありそうなので放置しておく。決して口を出してこちらに矛先が向くのが怖いわけではない、はずである。
「ところで変な奴がこっちに向かっているのだけれど、気が付いている?」
魔力循環の訓練をしている弥勒に、ヒトミがそう尋ねてきた。
「まあな。やはりあれも規格外、なのだろうな」
握り拳大の魔力を入れ替えながら答える。魔力の循環自体はそれなりの量を数日に一度行ってやれば済むことなので、今は完全な訓練である。
「まあそうでしょうね。あれだけの魔力を持って、しかも偏ってはいても使うことのできる人間なんてこの世界には普通存在しえないわね」
「つまりどこかの管理者が放置していた結果ということか?」
「多分ね。害はないと判断したのか、それとも関与するのが面倒だと思ったのか……。十中八九後者だろうけれど」
管理者もっときちんと仕事しろ!と言いたくなる弥勒だった。自分も管理者であり、かつ規格外が生まれても干渉しないと言った事は忘却の彼方である。そう、大人とは自分の特定のものだけを特定の時だけに忘れられるという特技を持つ者なのだ。
「先輩!弥勒さん!何だか変な人がやって来てます!」
そして管理者ではなくなったフミカもその規格外が発する力を感じ取れたらしい。つまりそれだけ近くまでやって来ているということだ
「今からでも先制攻撃で気絶させてお帰りになって貰った方がいいんじゃないかしら?」
「それは流石に可哀想、でもない気がするが、それで諦めるのか?漫画だとこう正面切ってやってくるような奴はおバカな熱血漢と相場が決まっているぞ」
「うあー、漫画と現実は違うと言い切れない所が辛いわ」
「そのパターンは残念ながら現実でもありえますね……」
せめて思い込みだけで行動せずに、人の話に耳を傾ける様な人物であることを祈るのみである。多分無駄だろうけれど。
そして一縷の望みをかけて待つこと数分、その男は現れた。
「ややっ!怪しい力、そして怪しい風体!鈴木弥勒というのはお前だな!」
人払いの結界をものともしないで境内へ突入して来た男は、登場して早々弥勒を指差してそう言い放った。
「怪しい風体……。そうか怪しいのか……」
その言葉に弥勒が若干ショックを受けている後ろで、
「せ、先輩!この人「ややっ」って言いましたよ!「ややっ」って!」
「まさか某国民的RPG以外でその言葉を聞くとは思わなかったわ……。さすが規格外ね」
と何やら盛り上がっていた。そんなヒトミたちを見て男が更に言い募る。
「女性や子どもを人質にしている!?だけじゃなくて動物までも!?くっ、なんて卑怯な奴……!」
台詞の途中で林から出てきたイノたちウリボウを見つけた様である。そして「誰が子どもかー!」と暴れるヒトミをフミカが宥めていた。
『すげー大混乱っす……』
ジョニーが思わずそう漏らすほど、場は混沌としていた。
「とにかくおまえを倒せば全て解決だ!覚悟しろ!鈴木弥勒!」
気を取り直したのか、男はそう言ってビシイッ!と弥勒に指を突きつけた。その光景に既視感を覚える弥勒である。
「数か月前にもこんなことがあったな……。しかし今回は負けてやる訳にはいかんな」
元の世界での勇者たちとの戦いの時のことである。更にいくら規格外とはいえ管理者となった弥勒が負ける要素は全くない。
それ以前に管理者となる前でも圧倒的な実力差があったりしたのだが、残念ながら男にはそうした力量差を見抜く力はないようだ。
しかし、どこから来たのかは知らないが、せっかく来たのにあっさり負けて帰ることになるのも不憫な話だ。
『ジョニーよ、こいつの相手をしてやれ』
そういう訳でジョニーと戦わせてみることにした。
『面倒だから嫌――』
『勝てたら晩飯に肉を付けてやる』
『どこからでも掛かってくるがいいっす!』
そして肉に釣られてあっさり弥勒の策にはまるジョニーであった。チョロ過ぎである。
「くっくっく。おい小僧、俺と戦いたければそいつに勝つことだ」
「雀まで操っているのか!なんという外道。すまない、正義のために散ってくれ」
説得もなにもしようとはせずに散ってくれとか言っている。完全に自分に酔っている、もしくは正当化し過ぎている。
正の場合はそれが魔法によるものであったが、男はこれで素のようだ。悪乗りを始めた弥勒にも非はあるが、それに本気で返しているこの男、危険である。
『やるっすよ!負けないっすよ!肉よこせっす!』
一方のジョニーは小物感を丸出しにして、軽やかにステップを踏んでいる。時折羽をバサバサさせているのはシャドーボクシングのつもりなのか。
「どう見てもジョニーがやられる流れね」
「先輩!そんなこと言っちゃジョニーさんが可哀想ですよ!」
憐れジョニー。それなりに付き合いが長いヒトミにしてこの言い様である。口には出していないが、実は弥勒も似たようなことを考えていた。こめかみ辺りを伝う一筋の汗がそのことを物語っていたのだった。
数歩――人間換算で――の距離を開けて向かい合う二人、いや一人と一羽。
「えっと、それじゃあ開始の合図は私が出すわね」
ヒトミが見届け人として名乗りを上げる一方で、安全のためフミカとウリボウたちは距離を取っていた。
「それでは……始め!」
開始の合図と共に男は両手を腰だめに構える。
「いくぞ!必殺のはどう――」
「最初から危険なネタは止めて!」
果たしてその後に続くのは拳だったのか、はたまた砲だったのか?男が突き出した両手から力の塊が飛び出していく。
気だのふぉーすだのと呼ばれることもあるが、要するに魔力塊であり、弥勒がフミカ相手に使っていたものと同種のものだ。これに特定の属性を付加してやれば炎の玉になったり氷の塊になったりする訳である。
それにしても遅い。これだけの解説をしてもそのはどうなんちゃらはジョニーまで到達していなかった。
『なんすかそのへっぽこは?それじゃあ日が暮れてしまうっすよ』
小物感満載の台詞をジョニーが口にする。この時点でジョニーの言葉が分かる弥勒たち三人は負けを覚悟した。
『こっちからも行くっす!突撃っすーー!』
と言って魔力塊に突っ込むジョニー。
次の瞬間、弥勒たちには『あーれー、やられたっすー』と言って弾かれていく姿が見えた。
「なんだと!?」
ような気がしていたのだが、実際には魔力塊を消し飛ばして一瞬で男に肉薄する。
コスッ!という良い音を立ててジョニーのくちばしが男の額に命中した。
ゆっくり仰向けに倒れていく男に背を向け、ジョニーはシュタッと軽やかに着地する。
「えっと……勝者、ジョニー!」
まさかの大番狂わせを起こしてジョニーが勝利したのだった。
「俺より弱い奴が会いに来る」って感じで書き始めたんですが、まさかのジョニー大活躍!
そしてウリボウたちが居着いちゃいました(笑)。
次回更新は1月24日のお昼12時です。