第六十三話 規格外を統べる者、弥勒 前編、動物たち
弥勒が元の世界を追われることとなった要因である特異点としての性質の一つに規格外を呼び寄せるというものがある。そしてそれは弥勒が管理者となったことによって強化されていた。
一方、規格外といってもジョニーやムゲツのように保護も排除もされていない規格外は存外多い。つまり、
「これは一体どういうことなのだろうか?」
いつものように早朝ランニングに出かけようと部屋から出た弥勒の前に何匹もの動物たちが立ちはだかっていた。
正面には猿を背に乗せた巨大な猪が荒い息を吐いている。
その猪の子どもたちなのだろうか足元には動くラグビーボール、もとい数匹のウリボウたちが付き従っていた。
猪に乗った猿は馬上槍よろしくやたらと丈夫そうな木の棒を片手に持っているし、近くの家の屋根からは様々な種類の数羽の鳥たちが鋭い目つきでこちらを睨んでいる。
『旦那、昨夜イロハねーちゃんたちが言っていた動物って、こいつらのことじゃないっすっか?』
『ああ、確か「凶暴そうな動物がうろついているようなので気を付けましょう」とか言っていたな。……しかしどいつも剣呑そうな顔はしているが、凶暴凶悪という程のものか?』
こちらの世界では危険な野生動物であっても、魔獣や魔物が闊歩していた魔族領を統治していた弥勒からすれば微笑ましさすら感じてしまう光景なのだった。
『旦那の元いた世界と一緒にされたら困るっすよ!これでも十分凶悪っす!怖くてビビってちびってしまいそうっす!』
それを口にした途端案の定突っ込まれる。しかしそう言うジョニーも軽口をはさめる程度には余裕があるようだ。
まあ、ここのところ立て続けにヒトミやフミカといった人外な、ではなく変態な、でもなく……とにかく超常的な力の持ち主である管理者たちと相対してきたので、いい感じに感覚が麻痺しているようである。
「このままここにいては騒ぎになりそうだな……」
『そうっすね。どうするっすか?瞬間移動でバビュンと行っちゃうっすか!?』
『どうしてそんな疲れることをしなければいかんのだ。普通に歩いていく』
『えー、つまらないっす……』
弥勒の答えにブチブチ文句を言うジョニーだったが、この真ん丸雀はただ楽がしたいだけだったりするので当然のように無視された。
それよりも疲れはするが、瞬間移動は可能であるらしい。
「お前たちも騒ぎになるのは本意ではないのだろう?場所を変えるから付いて来てくれ」
「ウキッ」
動物たちを代表して猪に乗った猿が答える。しっかり人語も理解できるようだ。この分だと、あらかじめこちらの情報を得ている可能性も否定できない。
そしてその情報源だが、先ほどから会話をしていてもこちらを見ようとしない真ん丸雀が怪しい。怪し過ぎる。今も明後日の方向を向いて『ぴー、ひゅるー』と下手な口笛の真似事をしていた。無駄に芸達者である。
てくてくと歩くこと数分、辿り着いたのはヒトミとフミカのいる神社である。ここならば周囲が木々で覆われているため少しくらいは騒いでも問題ないと考えたのだ。
「ちょっとー、人の寝床に大量の規格外たちを連れてこないでよ!」
「先輩!ウリボウです!触ってもいいのかな!?」
しかし当たり前だが、住んでいるヒトミにとってはいい迷惑であったようだ。そしてフミカの方は別方向に興奮していた。
「私に聞かないでよ。その子たちか親にでも聞けばいいでしょう?」
「そんなの怖くて聞けませんよ……」
「あのね……。猪を怖がる管理者がどこにいるのよ……」
「だって私もう管理者じゃないし」
「やかましい!この甘ったれ!」
そしてじゃれ合いが始まる。髪を引っ張り合ったり、爪を立てて引っ掻いたりしているようにも見えるが、じゃれ合いなのだろう、多分。
「ふむ。この流れも見慣れてきたな」
『止めないっすか?』
『命が惜しいからな。それよりも、やはりこいつらは規格外だったようだな』
そうだとは思いつつも、管理者になったばかりなので感覚がまだ微妙だった。そのため確認も兼ねてここに連れてきたという訳なのであった。
『そりゃそうっす。動物たちがこんなのばっかりだったら、今頃この世界は摩訶不思議アニマルワールドになっているっすよ』
「摩訶不思議アニマルワールド!?」
ジョニーの台詞にフミカが食いついてくる。
「落ち着け、ただの例え話だ。それでなぜ俺の所へ?」
「あなたの特異点としての性質に惹かれてきたのよ。人となりといった情報は一通りそこの雀君から引き出したから、直接会ってみることにしたんじゃないかしら」
『あー!バラすなんてひどいっす!ヒトミ様だって動物たちをモフモフさせてもらう代わりに色々喋っていたっす!』
「先輩だけずるい!」
「甘ったれは黙ってなさい」
あっという間に状況がカオス化してしまった。動物たちなどは間に入ることもできずに呆然としてしまっている。とにかく、予想していた以上に情報セキュリティ意識が低い者がいたことだけは確かなようだ。
『ジョニーもヒトミも後で説教だ』
弥勒が告げると二人揃って「『ピイッ』」と悲鳴をあげてガタガタ震え始めた。ここだけ見れば、動物と少女を虐待する凶悪犯そのものだったりするのだが、幸運なことに管理者たちの人払いの能力によってやって来る者はいなかった。
「どうも管理者になったから規格外の子たちを引き寄せる性質も強くなってしまったみたいですね」
フミカの解説によると、この性質は本来時間をかけて広がっていくものであり、管理者になる前は弥勒の行動範囲くらいにしか効果が及んでいなかったという。
「そうなのか?そもそもこいつらは一体どこからやって来たんだ?」
「ウキッ」
「フゴゴッ」
「えっと、こちらのお猿さんは瑞子町の東隣の市の山からやって来ていて、猪さん親子は……結構西の方からやって来たみたいで、ここまで来るのに一週間以上かかったそうです」
そして鳥たちに至っては内海を越えてやって来た者までいた。
「経緯は理解したが、それではなぜあんな剣呑な状況だったのだ?皆一戦交える覚悟をした顔つきだったぞ?」
「それはあなたが管理者だったからよ。基本的に最近の管理者は規格外を排除する方向で動く者が多いから、いざとなれば戦うつもりでいた、ということね」
弥勒の疑問にヒトミが答える。なるほど、惹き寄せてから叩こうとしているのではないかと疑われていたということだ。
「俺は規格外だとされている者たちをどうこうするつもりはない。今後管轄下に現れるであろう者も含めて基本的には不干渉とするつもりでいる。保護して欲しいというのであれば、それは個別に対処していく。これでいいか?」
弥勒が立ち位置を表明すると、動物たちは一様に頷くような仕草を返してきた。その後、三々五々自分たちの縄張りへと帰っていくことになった。
「面倒なことが起きないように、これからはこの性質を弱めておくべきだな」
「そうね。もう手遅れかもしれないけれど……」
ヒトミの不吉な言葉通り時既に遅く、厄介というよりも面倒くさい者が弥勒の元へと向かっていたのだった。
車で走っているときに一度だけ道端の田んぼ(収穫済み)にいたウリボウを見かけたことがありますが、本当に動くラグビーボールみたいでした。
かわええ(笑)。
でも可愛いだけじゃなくて農業被害も出ているらしいので困ったもんですな。
次回更新は1月21日のお昼12時です。