第六十二話 世界を繋ぐ者、弥勒
「弥勒さん、なんとかなりませんか?」
ヒトミの監督の元――ジョニーを転がして遊んでいたが――、魔力循環を終えた弥勒にフミカが声をかけてきた。ちなみに魔力循環自体はどこで行っても問題ないので、未だにヒトミの神社でやっている。
管轄している地区については、何か問題が起こりそうになると直感的に分かる様になっているらしいので、今の所は放置している。決して確認に言った時に不審者に間違われるとショックだから、とかそういう理由ではないのだ。
「なんとか、とは?」
「針生さんたちのことです」
分かっている癖に、と言わんばかりにぷくっと頬を膨らませるフミカ。誰かの影響なのか最近幼児化が進んでいるような気がする。
「その子が甘ったれなのは昔からだからね」
「先輩酷いです」
「だから勝手に人の心を読むな……」
ぎゃんぎゃんと言い合いを始める二人――キャッチボールよろしくジョニーが二人の間を行き来していた――に溜め息を吐いて思案する。実際の所なんとかできるのであればそうしたいというのが、弥勒の本音である。
それというのも、針生たちがいなくなると隠れ里〈森の館〉の結界の維持などの管理ができなくなるという点が挙げられる。これまでは主に針生がその役を担ってきていたのだが、その結果彼は隠れ里からほとんど離れられなくなっていた。
これを機会に閉鎖してしまうというのも手だが、なぜか迷い人――異世界からの来訪者――が多いというこの世界の特質を考えると残しておいた方がいいように思われるのだった。
一方、弥勒でもフミカども〈森の館〉の管理は可能なのだが、ヒトミという別の管理者の管轄区域内であることや、安全面を考慮すると安易に手を挙げることは憚られた。
更にそれぞれの元の世界においての立ち位置が良く分からないということもある。例えば規格外として神や管理者の手によって排除された結果としてこの世界にやってきていたのであるならば、送り還したとしても再び別の世界へと放逐されるかもしれないのだ。
しかしながら色々とそれらしく語ってきたものの、結局の所は知己を得た自分と同じような境遇の者たちとの縁を切りたくなかったということが一番の理由なのであった。
「互いの世界を行き来で知る様にするのが理想なのだろうが……」
それには相当な危険を伴う。相手方の世界の神や管理者に危機感を抱かせてしまうからである。ちょっとした誤解から世界間戦争などを引き起こしてしまったら目も当てられない。そうしたことから安易に世界同士を繋げるような真似はしてはいけないと自重している弥勒であった。
「……そうか、世界同士を繋ぐことが問題であるならば、どこでもない場所を経由させてやればいいのではないか?」
「ふえ?ほおゆうほほへふか?」
弥勒が呟いた一言にフミカが尋ねてくる。謎言語なのはいつの間にかヒトミと頬の引っ張り合いになっていたからである。
まあ、じゃれ合っているだけのようだったので放置しておいた――ジョニーが本気で怯えていたので実はかなり危険な状態だったのかもしれない。介入せずにいたのは正解だ――のだが、今のは多分「え?どういうことですか?」とでも言ったのであろう。そんな二人の状況はさて置いて、
「二人とも意見を聞かせてくれ」
思い付いたことを説明していく。
「うーん……。やってみないと分からない部分はあるけれど、何もしない時に比べると遥かに安全になっている気がするわ」
「そうですね。試してみる価値は十分にあると思います」
赤くなった頬っぺたをさすりながらヒトミが感想を述べると、同じく頬を真っ赤にしたフミカがそれに続く。一瞬、魔法で治療するという考えが頭をよぎったが、おかしなフラグが立ちそうだったので止めておくことにした。
「でも、本当にそんなことができるの?いくら隠れ里を創る応用だといっても、何もない世界と世界の間になんて前代未聞よ?」
「確かに今すぐには無理だな。理論もあやふやだし、どれほどの魔力が必要になるか想像もつかない。そして何より俺にその魔力を扱えるほどの力量もない」
「必要魔力に関しては、針生さんたちにいくつかの制約を受けてもらうことで軽くできると思いますよ」
「ああ!その方法があったわね。とは言ってもそれでもべらぼうな魔力を使うことになるだろうけれど」
そんな訳で、しばらくの間は理論の構築と必要となる魔力の試算、そして膨大な魔力を行使できるように修行の日々となった。
そしてある程度の見込みが付いた日、弥勒は〈森の館〉に足を運び、そこにいる者たち全員と対面していた。
「そちらの二人とこうして直接顔を合わせるのは初めてだったな。俺は鈴木弥勒、以後よろしく頼む」
「ドワーフの角玄人じゃ。よろしく頼むぞい」
「守屋艮。ゴブリン。よろしく」
二人とも弥勒のよく知るドワーフとゴブリンの姿をしていた。玄人はたっぷりと蓄えた髭を太い指で櫛梳っている。
あんなに太い指をしているのに細やかな作業が得意というのは何とも不思議な話であるが、実際彼の作った細工物はネット上で人気となっているそうである。
一方艮は気が小さいのか落ち着かない様子で残る三人を見ていた。家人に隠れて家事をこなすという種族の特性上、人前に出るのは得意ではないようだ。
そして家事が得意ということなので、世界や地域によってはホブゴブリンに分類される一族の出なのかもしれない。
「既にさわりはフミカから聞いているとは思うが、改めて説明しよう。計画しているのは諸君らをただ元の世界に送還するのではなく、この世界との行き来を可能にしようというものだ。
そのためにいくつかの制約に同意してもらう必要があるのだが、そのことについては後回しにしよう。まずはどういう形にするのか、なのだが……」
簡単に言うと、この〈森の館〉から転移する先としてどこの世界にも属さない空間を創っておき、そこからそれぞれの世界へと転移できるようにするというものだ。ただしこの世界の魔力を使って、この世界における隠れ里を創る方法を応用するので、多少はこの世界の性質を持つことになる。
「しかし、これは欠点ということではない。先ほどの制約とも関わってくるのだが、この性質が安全装置になるだろうと思っている」
「安全装置?とはどういうことなのでしょう?」
針生が代表して質問を投げかけてくる。
「俺は元の世界の神や管理者によって皆が排除されてこの世界にやってきたのではないかと懸念している。もしそうだとすれば、単純に送還した場合は再度排除されるかもしれない。
しかし今回の計画の場合、この世界の性質少しを持った隠れ里を通ることで、異世界からの来訪者としてあちらの認識を歪ませることが可能だと考えている。
更にお前たち自身に元の世界の性質があるので、単純に異分子としても発見し難くなるだろう」
「……その点については失念していました。言われてみれば十分あり得ることですね」
感心したように頷く針生の隣で今度は玄人が手を挙げた。
「今の言い方だと元の世界には長期間滞在できないように感じたのじゃが?」
「そうだ。それが制約の一つ目となる。具体的には五日程度が限度になると考えている。そして再度元の世界を訪問するためには三日ほどは待つ必要があるだろう」
「他の、制約は?」
「制約となるのはもう一つ。こちらの世界にいる時には〈森の館〉から出ないことだ」
「どちらも私たちの世界の連中の眼を眩ませるための措置ということですね」
「そういうことだ。そして悪いがこれ以上は俺の力ではどうにもならない。まあ数十年単位で待てるということなら改善の余地はあるが、な」
冗談めかした弥勒の言葉に全員が苦笑いを浮かべる。
「いくら長命でもそこまでは待てませんね。分かりました、少し時間を頂いても?」
「ああ。後悔のないようにじっくり考えてくれ」
それから数日後、弥勒の元に「あの計画で進めて欲しい」という針生たちの返事が入ってきて、本格的な工事が始まるのだった。
異世界を行き来する……、ロマンですな。
次回更新は1月19日のお昼12時です。




