第六十話 見習い管理者、弥勒
新章開始です。第三部です。でもオラオラじゃないです。
弥勒が管理者になってから早一週間が経っていた。十月も中旬から下旬に移り変わり、季節も本格的な秋を迎えている。日ごとに弱くなる日差しだとか短くなる日中に感化されるのか、祭りの後ということもあるのだろう、町中でもどことなくもの寂しさを覚える。
特に弥勒は城山での祭りに参加できなかったためにそんな気持ちになるのかもしれない。ただ、それを口に出してしまうとフミカが半泣きで謝ってくるのは目に見えているので、管理者としての訓練で疲れている等、適当に誤魔化すことにしていた。
そして今日も今日とて管理者の訓練である。
「遅いっ!何をやっていたの、このノロマ!」
待ち合わせの場所であるいつもの神社に着いた途端、迷彩柄の衣装にサングラスをかけた少女に罵声を浴びせられた。言うまでもなくヒトミなのだが、その声にビビったジョニーが弥勒の肩の上で直立不動の姿勢を取っている。
それにしても竹刀を担いでいるせいで意味不明な姿になっていることに本人は気付いているのだろうか?
「何が始まったんだ?」
「えっと、昨夜一昔前の映画を見てこうなっちゃいました」
どうやら映画の影響を受けて新米を鍛える鬼教官にでもなりきっている――竹刀は別の作品か――らしい。同じ格好で側にいたフミカに尋ねると、困った顔で答えてくれた。
こちらはいつもの通りであるようで一安心だ。ヒトミの方は微笑ましさを感じるといえないでもないが、フミカのような目を引く美女が出会った当初のような雰囲気であんな台詞を口にすると洒落にならない趣味嗜好に目覚めるものが現れかねない。単純なジョニーなどは半分危ない世界へと飛び立ってしまっていた。
「時間は有限なのよ!さっさと準備なさい!」
『イエス!マム!っす!』
ノリノリで演技を続けるヒトミとそれに付き従うジョニー。特に真ん丸雀はいつの間にか幻影の魔法で迷彩服風の衣装を身に纏っているように見せかけている。主人である弥勒が管理者になったことに伴って僕である彼も大幅に使用できる魔力が増えているようだ。それでもその使い道がコスプレというあたり、やっぱりジョニーはジョニーである。
「ヒトミよ、管理者の修練に付き合ってくれるのはありがたいと思っているが、遊びに付き合えるほど余裕はないぞ」
放っておくといつまでもやっていそうなので仕方なく声をかける。謎の魔法使いにその黒幕の管理者と、まだまだ警戒しなければいけない相手は多い。敵対勢力と言っていい連中に対抗できるように少しでも早く管理者の力を使いこなせるようにならなくてはいけないのだ。ヒトミの言葉ではないが、まさしく時間は有限なのである。
「真面目か!」
「先輩、ここは真面目でいいと思いますけど……」
「そんなことは分かっているわよ!」
しかしながらこう悪ふざけをしている所に正論で割って入られると、むきになったり反発したりしたくなるのが常である。案の定ヒトミはへそを曲げてしまった。
「はあ……。明日来る時に土産を用意しておくから機嫌を直せ」
「さあ、昨日の復習からね!」
「え?え?先輩?」
一瞬の変わり身である。そのあまりの切り替えの速さにこれが狙いだったのではと邪推してしまいそうになる。
『それじゃあオレも――』
「やかましい!」
『ひでぶ!』
「え?え?ジョニーさん?弥勒さん?」
便乗しようとする太っちょに制裁を与える。ジョニーはいい加減本気でダイエットをしないと飛べなくなりそうだ。豚は飛べなくても豚だが、飛べない雀は雀ではないのである。そしてフミカはそんな一連の流れに付いていけずに混乱していた。
「それじゃあ時間も押してきていることだし、早速始めるわよ」
しばらくしてようやく落ち着いた所で、ヒトミの号令がかかる。一体誰のせいだと言いたくなったが、それをしてしまうと先ほどの繰り返しになりかねないのでここはじっと我慢である。
「昨日の復習になるけれど、管理者の仕事についてもう一度説明しておくわね。まず一番大切なのが、この現世と私たちが普段いる隠世と……って弥勒は常にこちらにいるんだったわね。ともかく、あちらの世界との間に魔力を循環させることになるわ。今の状況が落ち着いたら一度あちらの世界にも行ってみた方がいいかもね」
「行った所で騒動の種にしかならないとは思うが、一応留意しておこう」
「それで十分よ。後、仕事という仕事と言えば、発生した規格外の保護または処分ということになるかな。発生しないように管理できれば一番いいのだけれど、それでも発生するのが規格外だから」
どう手を打ったところで発生するので、それならばいっそのこと発生した瞬間に補足、対処できるように準備しておくべきだ、というのが大半の管理者の考え方らしい。また、ジョニーやムゲツのように放置されている場合もある。
「その他の細かい部分は各管理者の裁量に任されているから何とも言えないわね。それこそカミの真似事をしているような連中もいるし」
「つまり現状としては魔力の循環さえ滞りなく行っていれば、問題はないということだな」
「その通りよ。まあ、どんなに丁寧に仕事をこなしていても、いちゃもんをつけてくる奴は出てくるだろうけれど、それは臨機応変に対処するしかないでしょうね」
既に敵対していると思われる者たち以外から余計な手出しをされなければ御の字といった所か。早い内に管理区域となった場所に足を運んでみた方が良いだろう。
「あ、管理区域に行くなら不審者扱いされないように気を付けてね」
「だから勝手に人の心を読むなというのに」
ヒトミの的確な一言に思わずげんなりしてしまう弥勒だった。
「でも大事ですよ、最近は近所同士の繋がりも薄くなってきているので、ただ歩いているだけで不審者じゃないかと怪しまれることもありますから」
フミカの解説にげんなり度合いが上昇していく。全くもって世知辛い世の中であった。
「話を戻すわね。今日やってもらうのは魔力の循環の実践よ。やり方は管理者になった時に理解できているはずだけれど、どう?」
問われて自らの内に意識を集中してみると、なるほど確かにやり方が分かる。弥勒は大きく頷いた。
「それなら、その通りにやってみてちょうだい。距離は離れているけれど、できるはずよ」
「分かった」
その言葉と内にある管理者の記録を信じて魔力の循環を始めた。その操作を簡単に説明すると、管理区域の現世と隠世を繋ぐ穴を作ってそれぞれにある魔力を同量交換するということになるだろうか。だが、実際にやってみるとこれがまた難しい。特に同量の魔力というのが難物で、これに失敗すると両世界の魔力バランスが崩れ、最悪天変地異を巻き起こす恐れもあるのだ。
「ふう……。これは想像以上の労苦だな……」
「そうでしょう。年々きつくなってくるのよね」
「先輩、年寄りくさ何でもないです!」
ありがちな小ネタを展開する二人の横で、改めて世界を維持する管理者になってしまったことを痛感する弥勒であった。
濃いキャラが増えてますな(汗)。
次回更新は1月16日のお昼12時です。