第五十九話 密談
フミカに名前を付けて現世に帰還した後も彼女の興奮状態は続いていた。
「先輩とお揃いで弥勒さんに名前を付けて貰えて、とっても嬉しいです!」
「はいはい、少しは落ち着きなさい」
クールで危険な女という当初の印象は既に跡形もなく崩れ去ってしまった。そしてヒトミがただの偽装少女ではなく面倒見の良い偽装少女だということも判明していた。
さて、これまでの弥勒たちの会話からも分かる通り、この結末は予定調和――名付けは想定外だったが――である。それでは、どうしてそんな茶番染みた事をしたのか?それは数日前の深夜の密会時に遡る。
「お願いします!助けて下さい!」
あの日神社へと呼び出された後、フミカ――この時はまだ名無しの管理者の女だが――創った隠れ里へと移動した直後にそう懇願されたのだった。
「ちょっと待て、助けるとは一体何がどうなっているんだ?」
確かにムゲツには話だけと言って出てきたが、弥勒としては肉体言語で語り合う未来も考えていたので拍子抜けというか状況に付いていけていなかった。
「あ、先輩……ヒトミさんからこれを渡すようにって言われています」
そう言ってやたらとファンシーな絵柄の手紙を持ったぬいぐるみを渡される。見る人が見れば「お祝い電報か!?」と突っ込んだのであろうが、残念ながら弥勒はそうしたこちらの世界の風習について何も知らなかったのであっさりスルーされた。全ての仕込みが十全にその効果を発揮するとは限らないのである。
さて、その手紙を開いてみると、
《色々と困っているみたいだから手伝ってあげて》
とだけ書かれていた。その簡潔さからやはり電報をイメージしていたと思われるが、それに気が付くものは誰一人としていなかった。
「はあ……。これではさっぱり意味が分からんな」
更に弥勒の疑問に答える内容ではなかったのだが、この時点で協力することが決定付けられてしまった。結局、目の前にいる彼女に状況の説明を求める他ないようである。
「できる限りのことはするつもりだが、とにかく現状を詳しく話してくれ」
「はい!えっとですね……」
それによると、まずフミカは比較的新米の管理者であり、ヒトミには様々なことを教えて貰っていたという。そして以前ヒトミが話していた悪霊が暴れ回ったのが彼女の管理する場所であったのだそうだ。
その際、浄化を手伝ったのがヒトミをはじめとする隣接している土地の管理者たちであり、その内の一人が
「予想は付いていたかもしれませんが正君の事件の黒幕です」
ということであった。浄化の一件を笠に着たその管理者は、自分の進めている計画を手伝うようにフミカに要求してくる。一度は断ったものの、浄化したはずの穢れた魔力をけしかけると脅され、仕方なしに協力することになった。
「今から考えると、あの時の悪霊化も彼が裏で糸を引いていたのかもしれません」
「可能性は高いな。それで、その管理者の計画とは?」
「管理者による世界の統治です」
程度の差はあれど、こうした野望を持つ管理者は数多い。実際に別の国では神託という形である程度人々を操作している管理者も存在している。
「その管理者が求めているのは完全なる統治、要するにカミになろうとしているみたいなんです。だけど、この国には広さの割には多くの管理者がいるので、彼はまず他の管理者の力を削ごうと暗躍しています」
「壮大と言うべきか、それともありがちと言うべきか……」
元の世界で魔王として土地を、そして人を治めてきた弥勒からしてみれば、何とも夢見がちな現実感のないものに思えた。
つまり、その計画は支配者になるまでしか見据えておらず、その後どういう形で支配を進めていくかが全く見えないのである。はっきり言って子どもの戯言とそう大差のないものにしか感じられなかった。
いずれにしろその野望によって迷惑を被っているのもまた事実である。
「それにしても、今回はいくら協力者ができて気が大きくなっていたとはいえ、ヒトミに感付かれる等失敗が目立つな。結果として手の打ちようがなかったらしいが、逆にやり返される可能性もあっただろうに」
「弥勒さん、それは違います。あれはがヒトミさんにわざと結末を知らせることで、それを運命に変えたんです」
「……どういうことだ?」
「未来というのは観測されることによって固定化するものなのです。占いにでた未来を変えようと足掻いたけれど、結局その占い通りになってしまう、そんな物語を知りませんか?」
フミカは悲劇系の演目にある様式の一つを例に挙げた。
「あれは占いという形で知らされたことで、未来が固定化されてしまうことによって起きるものだと言えます」
「変えることのできない悲惨な未来を見せつけて絶望を味あわせる、ということか。なるほど、それなら例え管理者であっても消耗しそうだな。効果的すぎて反吐が出そうだ」
神を目指しているというだけのことはある。さぞかし運命を操っている様な高揚感に浸れたことだろう。
「それで、君はこれからどうしたいのだ?」
「彼との協力関係を解消したい、更に言えば管理者を辞めたいんです」
「辞めたいから辞められるという程、簡単なものではないだろう?……ああ、だから助けてということか」
「はい。できれば私に代わって弥勒さんに管理者になってもらえないかと……」
「俺は異世界出身だぞ?」
「そのことは問題ありません。過去にも異世界から来たという管理者は何人もいます」
「いるのか。しかも何人も……」
針生との会話で、この世界は異世界と繋がり易いということは認識していたが、まさか管理者になった者が複数いるとは思わなかった。
「その点で問題がないというのは理解したが、仮にも俺はその管理者の計画を潰した者だ。君に代わって管理者となった場合、裏切り者とみなして襲ってくると思うぞ」
「ヒトミさんの所で匿ってもらえる手はずになっていますが、それでもダメでしょうか?」
「今までの話を聞く限り、そいつとヒトミは仲が良いとは言えない関係だろう?君がいることを理由に嬉々として手を出してくるだろうな」
弥勒の指摘にフミカは苦々しい表情になった。
「私はともかく、先輩に迷惑を掛けたくはないですね……」
「だから一芝居うった方がいいだろう」
「芝居、ですか?」
「うむ。幸い、先日の君の演技は完璧だった。だからその路線でいくのはどうだ?」
「と言うと、私と弥勒さんが戦う、ということですか?」
弥勒自身あれがフミカの本性だと疑っていなかったくらいだ。本来の性格を知っていたとしても、その路線で突っ切ったと思わせるのは容易だろう。
「そうだ。しかしただ戦う訳ではない。俺は命を、君は管理者の権限を賭けて戦うことにする」
「上手くいくでしょうか?」
「最終的には向こうがどう受け止めるかという点に尽きるから確約はできない。それでも普通に管理者を交代するよりはマシだと思うぞ」
「……分かりました。弥勒さんに従います。でも、これでも一応管理者ですからまともに戦えば私が勝ちますよ?」
「あー、まあそうだろうな。だから君は油断して俺を嬲る様に加減して戦ってもらいたい。それと君を戦闘不能にするための方法も考えておく必要があるな」
見た目は若い女性のフミカに正面切って勝てないと言われて若干ショックを受ける弥勒であった。それでも次の瞬間には気を取り直して作戦を練り始める。
「力の加減については分かりました。要するに漫画とかアニメの悪役を真似ればいいんですね。それと、戦闘不能になる方法ですか……。うーん、上手い手はないかなあ」
と二人して悩み始める。それにしてもここでも漫画、アニメである。人ならざる者たちに浸透し過ぎなのではないのだろうか。
「あ!それじゃあこういうのはどうでしょうか?戦う時には周りに被害が出ないように結界を張ると思いますから、それを使って…………」
こうして、弥勒が管理者になるための道筋が作られていき、誰も予想しなかった形で一つ目の管理者の区域を征服したのであった。
作者も予想していなかった!!
今回で八章は終わり、並びに第二部完といったところでしょうか。
ちなみに第一部は四章までです。
ノリと勢いだけで書いてきたこの話ですが、まだ続きます。
よろしければもう少しお付き合いください。
次回更新は1月14日のお昼12時です。