第五十八話 計画通り
「それでは管理者の力を貰い受けるとしようか」
戦いが終わった直後、弥勒はそう切り出した。女の気が変わることを恐れた訳ではなく、他の管理者からの横槍が入るのを危惧したからだ。
「……約束は約束。きちんと守るわ」
実際に女の方はしおらしくそう答えていた。
弥勒は知らないことだが、実は管理者の交代というのはそれなりにあるものでそのための手順は確立されている。つまり、
「そう、そこに立って。……それじゃあ始めるわ。我が内にありし管理者の権限を譲渡する。……はい、終わったわよ」
あっという間に終わってしまった。
「……それだけか?」
「これだけね」
「ちょっと待て!普通はもっとこう長ったらしい儀式が必要だったり、派手な演出があったりするものだろう!?」
一体どこの世界の普通なのか?当然漫画の中の話だ。鈴木弥勒、フィクションと現実の区別が曖昧になっている元魔王であった。
まあ、この世界の人々にとって、魔法が使えて数百年の寿命を持つ魔族である弥勒の存在そのものがフィクションじみた存在であるため、さほど大きな問題ではないのかもしれない。
とにかく「何言ってんのこいつ?」という冷ややかな視線に曝されつつも、弥勒はこの世界の管理者としての登録は完了した。
「力も行使できるようになっているはずだから試してみて。他の管理者の居所が分かるはずよ。まあ、遠過ぎたり隠れ里を作って隠れたりしている場合は別だけれど」
言われるがままに力の使ってみる。不思議なことに力の使い方自体は、誰に教えられるでもなく分かっていた。
「ふむ。一番近くにいるのは……城山だな。ということはヒトミか」
などとやっていると突然、
『ちょっと、用件があるなら後にして!今忙しいから!』
というテレパシー?的なものが飛んできた。
「言い忘れていたけれど、上手く探らないと向こうにこちらの様子が筒抜けになるわ」
「それは言い忘れてはいけない類のことだろう……」
一瞬、負けた腹いせにわざとやっているのではないかと疑ってしまったとしても仕方のないことだろう。それはともかく先ほど聞こえてきた声はヒトミのものであったらしい。忙しいなどと言っていたが、どうせその外見を使って出店の食べ物を誰かに奢らせているのだろう。そしてその相手は弥勒も良く知っている人物であるような気がしていた。
「今の所は問題なく使えるようだな。これ以上のことは落ち着いて話し合うことにしようか」
一通りの確認を終えて隠れ里的な特殊空間を作りだすと、女をその中へと誘う。
「これで外部との繋がりは断てているか?」
「はい、上手くできています。これなら干渉できないはずです」
「そうか」
二人がいるのは何もない不思議空間だったのだが、弥勒が座りたいと思うと、それに応えるようにテーブルと二脚の椅子がどこからともなく現れた。しかも温かい飲み物付きという歓待ぶりである。便利かもしれないと感じつつ片方の椅子に座ると、女にも座る様に勧めた。
「すごいですね。もう管理者の力を使いこなせているじゃないですか」
「そうなのか?ただ落ち着きたいと思っただけなのだが……。それに、これは飲んでも大丈夫なのか?」
テーブルに置かれた湯気の立っている飲み物を観察する。香りからどうやらコーヒーのようではある。自分で出したもの――らしい――ながら、不信感が拭えない弥勒である。その様を見て女は、やっぱりまだ使いこなせているとは言い難いのかもしれないと思い直すのだった。
「えっと、色々ありましたけれど、まずは私の無理をきいて頂いてどうもありがとうございました」
いつまでもこうしていても埒が明かないと感じたのか、女は強引に話を進め始めた。それにしてもこの女、二人きりになった途端に口調だけでなくその雰囲気も変わっていた。そして弥勒も特にそのことを気にしている様子はない。
「こちらにも利のある話だったから乗ったまでだ。気にする必要はない。それよりも怪我などはしていないか?」
と、気安く話しかけているほどである。とてもつい先程まで命を賭けたやり取りをしていた者同士には見えない。
「あ、私は平気です。弥勒さんの方こそ大丈夫でしたか?」
「ああ。何度か危ない面はあったが、怪我をするほどではなかった。……しかし管理者とはとてつもない力を持っているのだな。まさかあそこまで何もできなくなるとは恩こってもみなかったぞ」
「えっと弥勒さん、言い難いんですけど私だから何とか勝てたのであって、他の人、特に戦闘の経験値の高い人には最後の奇襲であっても通用しなかったと思います」
「ふむ、やはり君は戦いの経験がほとんどないのだな」
「はい。まともに戦ったのは今回が初めてのことになると思います」
それなのに弥勒をほぼ圧倒していたという、ゲームならバランスブレイカーもののチート能力値である。
「ううむ、そうなると今回の結果に文句を付けてくる輩も出てくるかもしれないのか……」
「いいえ。違和感を覚えた者はいるかもしれませんが、具体的にどこがおかしいと指摘することはできないと思います。ですから正面から不満をぶつけてくるようなことはないはずです」
そもそもこの場所を戦いの場に選んだのは、ヒトミの本拠地である神社で彼女が結界を張ることによって、魔力が乱れて観測が困難になることを狙っていたということもあるので、それは当然の帰結といえる。
しかし女の言葉は、すなわち陰でこそこそと暗躍する者はいる、ということを示唆していた。そしてその筆頭にくるのが正を操っていた謎の魔法使いの黒幕であり、義則を悪霊化させようとしていた管理者だろう。
「二人とも揃っているということは無事にやり終えたってことかしら?」
突如聞こえてきた声に振り返ると、そこには大量の食べ物を抱え込んだ少女が立っていた。
「先輩!ありがとうございます。先輩の協力のお陰で管理者の地位を弥勒さんに譲ることができました!」
「あー、はいはい。上手くいったのなら何よりね」
ヒトミの元に駆け寄る女の姿は、飼い主と忠実な愛犬を連想させた。見た目と一致しないことこの上ない光景である。
それにしてもこの空間は弥勒が管理者の力を使って創ったものであり、おいそれと他人が立ち入ることができるような代物ではない。管理者に成りたてで力の使用に不慣れである点や、元の場所がヒトミの本拠地である点を差し引いたとしてもそれは変わらない。
にもかかわらずそれをいとも簡単にやってのけたヒトミは、管理者の中でも相当上位の実力を持つ者といえるだろう。これもまた見た目と一致しないことこの上ないものではあるが。
「ところで弥勒さん、この子にも名前を付けてあげてくれない?」
「俺がか?」
確かにいつまでの妙齢の女性――のように見える――を相手に女呼ばわりは心苦しいものがあるが、それは自分の役割なのだろうか?弥勒は困惑していたが、当の本人は
「迷惑でないなら弥勒さんにお願いしたいです!」
やけに乗り気で瞳を輝かせていた。そんな出会った当初並びに戦っていた最中との雰囲気の違いにも戸惑いながら、これは断れないと悟り諦めて名前を考え始めるのだった。
「二人目だから、フタミっていうのはなしよ」
「…………そんな安直な名前にする訳がないだろう」
ヒトミに釘を刺されてそう反論していたが、その割に微妙に間があったのは何故なのか。頬を伝う冷や汗が全てを物語っていた。
「それではフミカというのはどうだ?」
「キラキラしていないし、こちらの世界の名前として違和感がないわね。どう思う?」
「素敵です!ありがとうございます!」
気に入ったようだ。こうして彼女の名前はフミカとなったのであった。
ちなみに、〈ふ〉たりめの管理者だったが、た〈み〉にへん〈か〉した、という分かり易いのかそれとも分かり難いのか、判別が難しい由来は一度も語られることはなかったという。
気合と根性は大切ですが、それだけで勝てる相手ではありません。
どんな取引がされていたのか?続きは次回の講釈で(一度言ってみたかったw元ネタが分かるかどうかで歳がバレますww)。
次回更新は1月12日のお昼12時です。