第五十七話 戦いの終わり
どうしよう、バトル終わっちゃった……。
というボケはともかく、バトルの描写難しいっす。臨場感が感じられなかったとしたら僕の力不足です。ゴメンナサイ。
次回更新は1月10日のお昼12時です。
それは完全なワンサイドゲームだった。受けて避けるだけで精一杯で、攻勢に出るための切っ掛けすら見つからない。更に厄介なことにこちらが捌ききれるぎりぎりのラインで、それらの攻撃は仕掛けられていた。つまり、相対している女にはまだまだ十分過ぎるほどの余力が残されているのである。
「ほらほら!さっきまでの勢いはどうしたの?」
と、ありがちな台詞まで言う始末だ。何とか向こうのペースを崩したいところなのだが、そこはやはり管理者である。的確にそうした糸口となる箇所を潰してくる。そしてその結果、こちらは防戦一辺倒となってしまうのだった。
もちろん弥勒としてもこのまま終わるつもりはない。かつてない強敵とのやり取りは、これまでにない速度で経験値として積み上げられている。相手の持つほんの小さな癖や隙を探しだし、徐々に徐々に少しずつ行動を最適化していく。
いつでも終わらせることができるという油断を糧に戦いの最中にあって成長を進めていく。この常時成長を続けていく特質こそが、弥勒が長年魔王という座に着けていた理由であり、元の世界の管理者――であろうと思われる者――を恐れさせた特異点たる所以である。
しかし、その特質を持ってしても管理者たる女との差は簡単に埋められるほど小さなものではなかった。
「あら?もう付いてこられるようになったの?それじゃあこれはどうかしら」
弥勒が一つのことに対応できるようになりかけると、その難易度を上げてくるのだ。しかもその強化は時々において異なり、それぞれ違う対応が求められた。
例えば、魔力剣による攻撃の一つにしても、時には早速くなり、また時には込められた力が強くなったりしていた。更に陽動が加わることもあり、体力だけでなく精神力も共に削られていく。
そしてついに取り返しのつかないミスを犯してしまう。
「ぐっ、この!」
避けることも受けることもできないタイミングで正面から迫る魔力剣の一撃から、重力制御を用いて強引に逃げる。
「……そんなこともできるようになっていたのね。流石は元魔王といった所かしら」
そのまま距離を取る弥勒に追いすがることもなく、女は感心したように言った。
「こう見えて新しいもの好きだからな。使えそうなものは何でも取り入れる主義でもある」
顔には不敵に映る笑みを貼りつかせていたが、弥勒は内心ほぞを噛んでいた。重力制御はこちらの世界にやってきてから身につけたもので、使用できるとは思われていなかったはずだ。そして先ほどの女の態度からも、その予想が見当違いでなかったことをうかがわせていた。
まさしく虚を突くことのできる攻撃の切り札として取っておくつもりだったのだが、使わされてしまったのだった。
だが、いつまでも過ぎたことに囚われていても仕方がない。今は開示させられたカードをどう有効利用していくかに思考を移行させるべきだ。その時間が稼げただけでも無駄ではなかったと考えよう。
重力制御を用いればこれまでとは違った機動をすることができるだろう。加えてそれを印象付けられれば陽動にも使える。虚実入り混じらせて警戒心を煽る。向こうが対応しきれるようになるまでが勝負となる。
「今度はこちらの番だ!」
再び属性付きの魔力弾を複数発生させる。ただし今回は炎ばかりだ。
「通用しないのが分からないの?」
嘲るような声が聞こえてくるが、努めて無視する。いつからかは分からないが、女の言葉には魔力が込められていた。魔力を得て呪言となった言葉は聞く者の心を蝕んでいく。
余力を見せて正面から嬲りにきていたかと思えば、えげつない搦め手も使っている。だがそういった相手であるならば、こちらも何の遠慮もいらなければ、良心の呵責に苛まれることもない。存分にやらせてもらうことにしよう。
「行け!」
魔力弾を撃つと同時に追撃のために接近を開始する。
「鬱陶しい!」
「ここだ!」
殺到する魔力弾を魔力剣で迎撃しようとした瞬間を狙って重力制御を発動させる。その影響を受けて管理者に向かって集束していた魔力弾が拡散するすると、掻き消されることなく周囲に着弾してその内にため込んだ業火をまき散らしていく。
「きゃあああ!」
灼熱に煽られて身を捩る女の元へ一直線に向かうと攻撃に移る。まずは魔力剣を持つ右腕を狙う。
「ぐう!このっ!」
闇雲に振られる剣を慎重に避けながら、こちらも手に魔力を纏わり付かせる。この状態で手刀を突き入れてやれば上手くいけば切断、悪くても骨が折れたり筋が切れたりして使い物にならなくなるはずだ。一際大振りになった一撃を掻い潜り肘の辺りめがけて手刀を放つ。
ガン!
「あああああ!」
鈍い衝撃と共に悲鳴が響き渡る。しかし想像していた以上の硬さだったので大した怪我にはなっていないだろう。管理者の力をここでも推し量り違えてしまった。当然追撃はできない。ここは一旦引くべきだ。
「やってくれたわね……」
痛みへの耐性がなかったのか、怒りに満ちた目でこちらを睨んでくる。あくまでもこちらの手の内にあるものだけで勝つつもりでなければいけないが、そのまま頭に血をのぼらせてくれていれば多少は楽になるかもしれない。そしてそうなれば千載一遇のチャンスでもある。
気取られないように、弥勒はこっそりと思い付いた策を張り巡らせていく。
まずは意識をこちらに集中させるべく煽りたてる必要がある。相手の神経を逆なでするように、見下し蔑んだ態度を取るのだ。
「フッフッフ。格下相手にしてやられた気分はどうだ?」
「くっ!このおーー!」
会心の出来の挑発に乗った女が躍りかかってくるが、それまでのものとは打って変わって荒っぽい力任せのものであり回避は容易だった。
そしてその機会に二つの魔法を同時に展開していく。一つは精神操作魔法の一つで狂気を増大させるものだった。こちらはすぐに発動までこぎつけて、女の精神の均衡を乱していく。
かつてジョニーが言っていたようにこの世界では魔王イコール悪というイメージが定着している。ならばそれに則って悪らしい魔法を使うのも一興だ。
「キイヤアアアア!」
思惑通り冷静さを失った攻撃を捌きながら、もう一つの魔法も完成させるべく意識を振り分けていく。空を飛ぶための訓練がこんなところで役に立つとは思ってもみなかったが、これは嬉しい誤算だといえる。なにせ逆転のための大きな一手になったのだから。
「ガアアアアア!」
「させるか!」
準備が完了したところで、迫りくる魔力剣を魔力拳で迎撃して消し飛ばす。こちらの魔力も相当量消費したが、その分向こうの魔力を減らすこともできたはずだ。その影響で精神操作も解けたようだが、既に仕掛けは動き出している。
「これで終わりだ!結界収縮!」
弥勒が展開していたもう一つの魔法とは、女が展開していた結界の制御を奪い取ることだった。精神操作の魔法とは異なり、さすがに管理者の作ったものに干渉するのには時間が掛ったという訳である。
「そんな!?」
発動までの長い時間というリスクを冒しただけあって効果は絶大だった。結界は弥勒をすり抜けると、小さく強固になって彼女だけを封じ込めた。
「チェックメイトだ」
冷徹に告げられた弥勒の言葉に、女は静かに崩れ落ちていったのだった。