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魔王様のご近所征服大作戦  作者: 京 高
第八章 魔王様 vs 管理者
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第五十三話 基本裏方ですから

急展開というか急回転――になるはず――の新章開始です。

 新たな管理者との対決を前に、弥勒は早くも苦境に陥っていた。


「私はしばらく忙しいから、あの女とのことでは協力できないわよ」


 と、ヒトミから言われてしまったのである。理由を尋ねると、


「来週の城山でのお祭りまでに、出店の選定をしておかないといけないから」


 だそうである。おそらくそれは本当のことだろうと弥勒は考えている。協力できない理由の七割がこれで、他の管理者の手前立場というものがある、といった諸々の事情が残り三割という所か。



「いらっしゃい」


 コロンコロンと温かみのあるベルの音に続いて、カウンターの向こうから針生の声が聞こえてくる。


「邪魔をする。……ドアベルを変えたのか?」


 片手を上げて挨拶を返した後、ふと気になったことについて尋ねてみる。確か数日前までは澄んだ音色でどちらかと言えば涼しさを感じさせるものだったはずだ。


「流石は弥勒さんですね。そろそろ肌寒くなってきましたので、木の実の殻を使った物に替えさせて頂きました」


 指差した先を追って扉の上部を見てみると、胡桃のような物がいくつか付けられていた。


「風流だな」

「恐れ入ります。いつものブレンドコーヒーでよろしいですか?」

「頼む」


 言葉少なに注文を終えると、カウンター席の一番奥へと座る。それを合図にジョニーは弥勒の肩から店内に伸びた木々の枝へと飛んでいった。

 幾分低くなった太陽の日が差し込む昼下がりの喫茶店で、ふわりと薫るコーヒーの香りを楽しむ。大人な時間である。


「お待ちどうさまです」


 弥勒の前に音もなくコーヒーの入ったカップとミルクポットが置かれる。熟練さを感じさせる所作だ。角砂糖を一つにミルクをたっぷり目に入れて一口飲む。


「それで、何か妙案は思いつきましたか?」


 祭りが終わり週が明けて早数日、針生には事情を説明して色々と相談に乗ってもらっていた。


「いいや、さっぱりだ。清々しいくらいに何も思い浮かばんよ。漫画も読み漁ってはいるが、今の所参考になりそうなものは見つかっていない」

「私が言うのもなんですが、いくらなんでも漫画を当てにするのはどうかと思いますよ……」


 苦笑する針生に笑って返す。定番になりつつあるやり取りである。

 もちろん弥勒の方も本気で漫画に解決策を求めている訳ではない。そもそも漫画ではどんな難関も越えられるようになっている。主人公たち自身にどうにもできないことであるならば、どこからともなく手助けが入るのだ。

 近年では作品の多様化により悲惨な結末を迎えるものも珍しくはなくなってきたが、主流としては困難に打ち勝ってなんぼだろう。つまり、対策を考える上でのヒントになるものが見つかれば御の字だと思っている程度なのである。


「他所の管理者にまで目を付けられるとはついていませんね。やはり元の世界で魔王だったことに起因しているのでしょうか?」

「さてな。一応こちらの事は知っているようだったが」

「弥勒さんが解決したあの事件の黒幕である可能性は?」


 針生の言うあの事件とは、正の一件のことだ。


「事件に関して何も言ってこなかったことから、それはない。間接的にどこまでかかわっていたかまでは不明だがな」


 ヒトミを見ているとそうは思えなくなってくるが、管理者とは決して暇なものではない。わざわざ顔を見せたということは何かしらの縁はあるということなのだろう。

 正を操っていた謎の魔法使いに指示を出していた――もしくは容認していた――者ではないと確信しているが、その黒幕に手を貸していたからこそ弥勒に目を付けたのだと考えている。


「問題はその目的だ」


 自分たちの計画を台無しにされたから?それこそ謎の魔法使いか黒幕が出張ってくる場面のはずなので、協力者の立場である彼女が出てくるには理由が弱い。

 それ以前に首謀者の立場が台無しになってしまうので、脇役にそんな勝手を許さないだろう。


「前例がないので、予測が立てられないのが難点ですね」


 弥勒が針生に相談するにあたって最初に尋ねたのがそれだった。つまり


「今までで管理者に直接喧嘩を売られたものがいないとは思わなかったからな」


 前例があればそれに沿って対策を練ることができると考えたのだが、それ自体が存在していなかったのだった。

 管理者とは基本的に世界の影に隠れている存在なのである。例えば弥勒の元の世界においても、魔王である彼を倒すために管理者は各国の不安を煽り、勇者とその仲間たちを差し向けるという迂遠な方法を取っている。

 しかし、この点については一概に弥勒たちだけが悪いとはいえない。そもそも管理者が人前に姿を現すことからして非常に稀なことなのだが、それに当てはまらないのがヒトミである。

 特定の人物の前に姿を現したり、または呼び寄せたりするだけに止まらず、拠点であることを理由いいわけに祭りにまで参加しているのだ。

 そんな姿を常日頃から見ていれば、そういうものだと勘違いしてしまっても仕方がないのである。


「全く、どうしてこう次々と面倒事が起こるのか……」

『そりゃあ、旦那がそういう体質だからじゃないっすか』


 思わず愚痴ってしまうと、ジョニーがそれを拾う。しかしそれは拾うべきではない、いや拾ってはいけない愚痴であった。現に針生はそう感じていても口には出していない。


『今日の晩飯は抜きだ』

『な、なんでっすかー!?』


 案の定不機嫌になった弥勒に罰を下されることになったのだが、余計なことを言ったということ理解できないのがジョニーのジョニーたる所以なのかもしれない。

 さて、ジョニーの言う弥勒の体質とは、以前ヒトミに説明された特異点としてのものである。

 特異点は規格外を呼び寄せるのだが、得てしてそうした規格外の存在というのはトラブルを抱えているものであり、必然的に特異点である弥勒は面倒に巻き込まれやすいといえるのである。

 もちろんそのことは本人も自覚しているのだが、他人に指摘させると腹が立つ類いのものであることもまた事実なのであった。


『謝るから、飯抜きだけは勘弁っして欲しいっす!』


 瞬間移動かと錯覚するほどの超高速で飛んできたジョニーがカウンター上で羽を広げて土下座のような体勢を取る。

 ムゲツもそうだが、日に日に芸達者になっているようだ。ただ、真ん丸なので、安定せずにコロコロしていた。


「ちょっと失礼……」


 断りを入れて針生が席を外したのは、吹き出しそうになるのを堪えられなかったからだろう。必死になって謝っているジョニーには悪いが、どこから見ても面白映像である。


「どうするかな」

『そこをなんとか!お、お慈悲をーー!!』


 すっかりジョニーをからかうのに夢中になった弥勒が何の案も出てきていないことを思い出して愕然とするのはそれから一時間後のことであった。


次回更新は1月3日のお昼12時です。

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