第五十話 まい、マイ、獅子舞、てんてこまい――見る方がね――
即席の隠れ里から戻ると、イロハたちとはすぐに合流することができた。元々神社に着いてからは各自自由に動き回ることにしていたので、いなくなったとしても特に問題はなかったからである。しかし、見覚えのない少女を連れていたとなると話は別だ。
少女をかどわかした胡乱な人物を見るような目で、いや遠回しな言い方は止めよう、少女誘拐犯を見つけて「おまわりさん、こいつです!」と今にも叫び出しかねない菜豊荘メンバーと橙子を必死になって説得して、事なきを得た弥勒であった。
ちなみに職場関係の知り合いの子どもで、迷子になっていたのをたまたま見つけた、ということにしてある。
そして当の少女、ヒトミはというと
「少し太めに切ったジャガイモを高温の油で一気に揚げることによって、外側にはカリッとしっかりとした食感を出しつつも、中はほっこりとした柔らかさを生みだしているわね」
初めて会った時と同じ石のベンチのような所に腰かけて、ほくほく顔で何やら食レポの真似事のようなことをしながら、ホクホクのフライドポテトを楽しんでいた。
『ホントっすね!カリッとほっこりでうまうまっす!』
『そう思うならもう少しゆっくりと味わうように食え……』
そして弥勒の予想通りジョニーが駄々をこねてもう一つ余分に買う羽目になっていた。しかもこういう時に限って役場の駐輪場に集まっているジョニーファンの方々には遭遇しなかったりするので、地味にお財布にダメージが痛かったりする。当然屋台のおっちゃんはジョニーのことなど知らないのでサービスもなかった。
「でも、子どもである私にはオマケしてくれても良かったと思うのよね」
「人の思考をさらっと読むな……」
特に何もしていないはずなのに何故こんなにも疲れているのだろうか?と溜め息を吐いて、フライドポテトを一つかじる。祭りが始まる直前ということで、まだ油も汚れていなかったためか塩味だけの素朴な味わいが心地いい。ジョニーが何やら文句を言っているようだが、とりあえずは無視である。
「それで、ヒトミはこれからどうするつもりなのだ?」
「ん?どうするって?」
曖昧な弥勒の問い掛けに、よく分からないといった風に首をかしげるヒトミ。外見相応の可愛らしさを演出するつもりだったのかもしれないが、フライドポテトを食べ続けていたので、ただの欠食児童と化していた。
「つまり、この神社を拠点にしている管理者様として、この寂れ様を何とかしないのか、と聞いたのだ」
「何とかって言ってもねえ……。カミの真似事でもして「もっと祭りを盛り上げろー」とでも言えばいいの?」
「できるのであれば、それも手だろう。それとも介入するためには何か規定でもあるのか?」
「規定はないわ。それぞれがやり易いようにしているのが現状ね。実際、他所の国だとそうやってカミのように振舞っている管理者もいるけどね……」
「気が進まないか?」
「うん。面倒くさい!」
「面倒ってお前、それで振るえる力がなくなっては元も子もないだろう」
どこか話が噛み合わない気がしていたヒトミだったが、弥勒のその一言に「ああ」と頷き、ポンと手を叩いた。
「弥勒さん弥勒さん、あなた何か勘違いしているわよ。別に私は人間たちの信仰がなくなった所でどうにもならないわよ」
「そうなのか?てっきり信仰だとか崇拝だとか、そういうものを糧にしているのだと思っていたのだが?」
「それこそカミのありようね。私たちはただの管理者。世界を維持するためのシステムに過ぎないわ」
「そう言う割に、この前の一件は随分気にしていたではないか」
例え弥勒に会うための方便だったとしても、礼を言うほどだったのだから、相当気にしていたはずである。
「あれは特別。説明したでしょう?あれを放っておくと余計な面倒事が増える所だったからよ。ついでに言うと、他の管理者のちょっかいもあったみたいだしね」
「やはり、別の管理者が絡んでいたのか……。おっと、話が逸れたな。結局のところヒトミは祭りには介入する気はない、ということか?」
「ええ。今後このお祭りをどうしていくのかは人間たちの領分よ。まあ、こうして動き回っても不審に思われない数少ない機会だから、できれば続けていって欲しいけれどね」
十分不審に思われていた……のはヒトミを連れていた弥勒であって、彼女自身ではなかったのかもしれない。そう思い返してとりあえず何も言わずに黙っておいた。そうこうしている内に拝殿の前に獅子舞の太鼓台が並び始め、それに釣られるように人々のざわめきが大きくなってくる。
そして午後六時、拝殿の正面に陣取った当番地区の獅子が舞い始めて、祭りの開始となった。多くの人々が見守る中、先日見た時よりもゆっくりとした、けれどもより力強いリズムで太鼓と鐘が鳴り響いていく。それに合わせて獅子の動きもゆったりとしたものとなっていたが、その分一つ一つの動きが丁寧に行われているように見えた。
「お祭りの開始を告げる、ある意味一番の見せ場だから、皆気合が入るってものよね」
じっくりと三十分以上かけた舞が終わると盛大な拍手が巻き起こる。途中で交代していたとはいえ、獅子の使い手たちは随分と疲れた顔をしていた。
「おいおい、最初の一曲であれほど疲れていては、後が保たないのではないか?まだ何曲も使うのだろう?」
「他の所ではあそこまで丁寧にしっかりと使わないから大丈夫よ。舞っている間にそれなりに手を抜くことも覚えるから」
「それは、構わないのか?」
「管理者の私が問題ないと判断しているんだから平気でしょ」
「いや、カミがいるという想定で舞を奉納……まあ、いいか。これも一つのカミとの付き合い方なのだろうし。異世界から来た俺がどうこう言うことではないのかもしれないな」
「そうそう。押しつけがましいカミ様なんて鬱陶しいだけなんだから、気楽に付き合った方がいいのよ」
「そこまで極端なのもどうかと思うが……」
神もいれば魔王もいる、というかその世界で魔王だった弥勒としては素直に頷けるものではなかった。しかし、元の世界での一件は神ではなく管理者が関与したものだと確信しているので、カミとの相対し方についてはこれ以上口を挟むつもりもなかった。
さて、弥勒とヒトミが深いのか浅いのかよく分からない話をしている間に拝殿前での舞は終わり、各地区の獅子たちは境内の至る所へと散らばっていた。
「境内のあちこちに祠みたいなものがあるでしょう。そこにそれぞれ獅子舞を奉納していくのよ。全部で十か所くらいだったかな。それが終われば宵祭りは終了になるわ。元々は回る順番も決まっていたのだけれど、それだと時間が掛かり過ぎちゃうから、今は開いている場所から終わらせていくようになったわね」
とヒトミが大声で解説してくれる。十の地区の獅子全部が同時に舞うものだから、大声を上げないと声が届かないのである。余りのうるささにジョニーは大きな木の梢に退避してしまっていた。
「話には聞いていたが、これは耳がやられてしまいそうになるな」
聴覚に優れるエルフの針生では神社に近寄るのも一苦労だろう。ちなみに耳が大きいからではなく、森の中での狩猟生活によって鍛えられたとされており、反対にドワーフは鍛冶仕事により耳がやられてしまっている者が多い。ドワーフの声が大きいというのは、その辺りに由来するものである。
「一か所で待っていて、次々と来る獅子を見ていてもいいし、どこか一つの地区を追いかけて回るのも楽しいわよ。あ、もちろん出店を冷やかすのもアリね!」
暗にもっと奢れというヒトミにデコピンを食らわせると、弥勒は近くへやって来た地区の者たちの中に充の姿を見つけて、そちらに足を向けるのだった。
一斉に獅子を使い始めた神社の境内では、耳元で大声を出さないと会話になりません。
そして獅子の中は本気で暑いです。
次回更新は12月31日のお昼12時です。