第四十六話 違うところと同じところ
異世界への転移のための協力を申し出たことで、針生からの信頼を得ることができた弥勒は、この隠れ里について詳しく聞いていた。
現在ここにいるのは針生の他にドワーフの角玄人――鍛冶職人クロードから――とゴブリンの守屋艮――家事手伝いをしていたゴブリンから――の二人で、普段は地下にある工房の方にいるという。地上部分は見ての通り木々の多いエルフ仕様となっていたが、反対に地下はドワーフ仕様となっているそうだ。
「艮が家事手伝いの技能を生かして掃除をしてくれるので、いつも助かっています」
「つまり、ゴブリンが魔物ではなく妖精族の一種である世界から迷い込んで来たのか?」
「そうなりますね。私の世界や玄人の世界でもそうでしたが、弥勒さんの所では違っていたのですか?」
「俺の所も同じだな。むしろ魔物扱いしているこの世界の認識がどうかしているのではないか?」
正確にはニポンのサブカルチャー的な認識なのだが、弥勒たちはそのことを知らなかった。
「同感です。そういえばオーク、豚獣人の方はどうですか?」
「オークは獣人の一種族だろう。もちろん女性もいて、他種族を襲って子作りする様なこともない」
「やっぱり。それ以前に片方の性の子どもしか生まれないなんて種族として成り立ちませんからね。どういう曲解があってこんな設定になっているのだか」
「ミノタウロスなどの牛の獣人も扱いが酷いことが多いな。これはあくまでも俺の勝手な推測なのだが、家畜として接してきた経緯があるのではないかと思う。文字通り食い潰す罪悪感や、それに対する倒錯した優越感などが、本人たちの知らず知らずのうちに作品に表れているのではないかと思う」
「なるほど。なかなかに説得力のある推察ですね」
弥勒の考えに針生も深く頷いていた。探偵の真似事のようなおかしな思考方法をしなければ、弥勒にもこの程度の考察はできるのである。むしろこの位はできないと魔王業などやっていられない。武力で方が付くことなどほんの僅かで、遠く離れた各国との腹の探り合いが主な仕事だった。
そして、最終的にはそれさえも読み間違えて勇者たちの襲来ということになってしまった。どうにもネガティブな方向へと思考が向かいがちになる。今更後悔したところでどうにもならないとは分かっているのだが、感情がそれを受け入れきれていないようだ。
「話は変わるのですが、弥勒さんにお願いしたいことがあるのですが構わないでしょうか?」
そんな弥勒の様子を察したのだろう、針生が話題を変えた。いつまでも公開に沈んでいても仕方がないので、ありがたくそれに乗ることにした。
「内容による。とにかく話してみてくれ」
「実は……こちらのものを処分して、というか売却して頂きたくて……よいしょ!」
カウンターの中に置いてあったのだろう、針生は巨大な袋を持って出てくる。一体何が入っているのかと覗き込んだ弥勒は思わず驚愕の声を上げることになった。
「こ、これは!?」
そこにあったのはまさに宝の山、漫画がぎっしりと詰め込まれていたのである。
「私たちが今まで読んできた漫画です。最近置き場に困る様になったので処分しようと思っていたのですが、この通り私には店があるのでそう簡単にここから離れられないのです」
実際には隠れ里の維持のために離れられないのであろうがそんなことはどうでもいい。
「この宝を処分すると言うのか!?」
「弥勒さん、もうお気づきのこととは思いますが、この世界特にこの国では書物が安く手に入るのです。そして、そのためか出版される本の数も並大抵のものではありません。新しい物を手にしようとするならば、どうしても定期的に入れ替える必要があるのですよ」
針生の言っていることは弥勒にもよく理解できた。ここでは一月に発売される本の数がべらぼうに多いのだ。書店の片隅置いていた刊行予定の表を見て気が遠くなりかけたのはつい先日のことである。しかし、この宝の山を売ってしまうというのは何とも勿体ない気がするのだ。
「ああ、もちろん売る前に読んでも構いま――」
「本当か!?」
思わず食い気味に尋ね返す弥勒。一瞬驚いた顔をした針生だったが、すぐに柔らかな笑顔を浮かべてしっかりと頷いた。その瞳は弥勒を通して昔の自分を見ているかのようだった。
漫画にはまり過ぎているような気もするが、それぞれ元の世界ではそれほど娯楽が発達していなかったのだから仕方がない、と好意的に見ればいえるのかもしれない。
「しかし、お前が動けないなら他の二人が行けば……ああ、外見がダメなのか」
「そうなんですよ」
ドワーフもゴブリンも総じて背が低い種族である。ドワーフの平均身長が百四十センチ、ゴブリンに至っては百二十センチしかない。そんな子どもほどの高さの身長しかないのに、ドワーフは筋骨隆々で大抵の場合はたっぷりと髭を蓄えている。
一方のゴブリンの方は体格的には問題がないのだが、薄緑の体表をしている。つまり、どちらも外へ出ていくと悪目立ちしてしまうのである。
ちなみに針生が使っていた変装の魔法はこの隠れ里の中にいるから使えるというものである。
「流石に溜まり過ぎてきたので困っていたところ、ヒトミ様に相談したらうってつけの人がいると紹介されましてね」
「一番の理由はそれか。まあ、こちらとしてもこれだけの量の漫画が只で読めるのなら願ったり叶ったりだが」
むしろ良くやったとヒトミを褒めてやりたい弥勒であった。やはりはまり過ぎ、漫画の中毒性恐るべし!
「それで代金の方、というか手間賃程度にしかならないと思いますが、売れた金額の三割でどうでしょうか?」
「ん?俺としては只で読ませてもらえるだけで十分だが?」
「いえいえ、こういうことはしっかりとしておくべきですから」
「そちらが構わないならば、受け取るが……。そうだな、それではできるだけこの店に通うようにしよう。他の者にも教えて……やるのは止めた方がいいか」
「そうですね。弥勒さんが御贔屓にして下さるだけで十分ですよ」
「そうか?他に何かして欲しいことがあるならば言ってくれ。可能な限りは叶えよう」
「それならお言葉に甘えて、こちらの作品を探してきてもらえますか?」
そう言って針生が渡してきたのは漫画のリストだった、のだがそれのまた多いこと。一般的な大学ノートに書かれていたのだが、一冊丸々書き込まれていた。さすがの弥勒も顔が若干引きつっている。
「既に購入済みの物もありますから、実際には書かれている分の半数程度になるかと思います」
それでも十分以上に多い。そもそもその購入資金はどうするつもりなのであろうか。先ほどの漫画を売った金額を全て充てたとしてもとても足りるような量ではないし、店の売り上げを充ててもそれは同じだろう。
「お金に関しては気にしなくていいですよ。玄人たちが奥で色々と作ったものを売っていますから」
なんでもドワーフとしての手先の器用さを使って、細工物などを作っているそうだ。
「最近はネットが使えるようになって、材料の購入や販売もここに居ながらにしてできるようになったので便利になりました」
とのこと。館の三人は順調に引きこもり化しているようだ。まあ、外に出たくても出られない事情があるので仕方がないのではあるが。それにしてもネットを活用しているのならば、漫画を売るのもそちらを経由すればいい話なのだが、結局は弥勒との繋がりが欲しかったのかもしれない。
その後、リストの中に弥勒のお気に入りが書かれておらず、話し合いが紛糾することになるのだが、それはまた別のお話。
ヨーロッパの妖精というのは、日本でいうところの妖怪に近いんじゃないか?とか思ってます。ホントかどうかは知りませんけどね。
今回で六章は終わりとなります。次の章はお祭りです。
次回更新は12月24日のお昼12時です。




