第四十三話 世界の理、管理者の思惑 後編
「もうっ!管理者をからかうなんて冒涜よ、冒涜!寛大な私だから許してあげたけれど、他の管理者だったら、あなた瞬殺よ、瞬殺!」
お供えのフルーツサンドイッチをぱくつきながら文句を言うヒトミに、弥勒は先ほども似たような姿を見たな、などと呑気に考えていた。
ちなみにシュンサツではなくシュンコロと言っている。若者言葉を無理して使う年長者という見解が正しいのだろうが、その外見から流行りの言葉を背伸びして使おうとするおませさんにしか見えない。両手でフルーツサンドイッチを持って食べているのと相まって、何とも和む光景である。
しかしながら弥勒も決して反省していない訳ではない。本来は必要のない出費で、財布に受けた打撃は決して小さいものではなく、むしろ後悔すらしていた。
『ぶへへへー。後ご飯三杯は楽勝っすよー』
と、ふいに和むどころか苛立ちしか感じさせないジョニーの声が耳に入ってくる。ヒトミのご機嫌取りのために買ってきた焼きそばパンを目ざとく――匂いに釣られたのだから、鼻ざとくか?――見つけたジョニーは、ヒトミから半分をせしめて再び夢の世界へと旅立っていた。
ヒトミとジョニーの攻防はわずか一分という短いものだったが、それは歴史に残る世紀の一戦と呼ぶに相応しいものであったと、後に弥勒は回顧している。まあ、ジョニーの円らなお目々で見つめられ続けたヒトミが一分で陥落したというだけの話なのだが。
「あら、トオマルの店主さん腕を上げたみたいね。……これは近い内に他のパンも試しに行かなくちゃ!経費で落ちるかしら……」
経費が出るのであれば、今食べているそれも一緒に申請してくれと思う弥勒である。いやそれ以前に、そもそも何の経費でどこから支払われるというのか。ネタなのか真実なのかも不明なので何ともコメントし難い状況だった。
その時、聞き覚えのある曲がどこからともなく聞こえてきて、弥勒が一言漏らす。
「十二時か」
それは瑞子町が時刻を知らせるために町内全域に流しているものだった。元々は災害時の連絡用に設けられたスピーカーから流れ出た曲は、付近の建物に反射して輪唱のように聞こえてくる。
「あら?もうそんな時間なのね」
「そのようだ。昼からはアルバイトがあるから、他に用事がないのならばこれでお開きにさせてもらいたいのだが?」
「ええ。構わないわよ。……って私に聞きたいことがあるんじゃないの!?」
弥勒の言葉に一度は許可を出したものの、ヒトミは驚いたように声を上げた。確かに正をけしかけた謎の魔法使いのことなど、聞きたいことは色々とある。しかし弥勒は、
「俺が知っておいた方がいい、もしくは知っておいても問題ないことなら、今までの会話の中で話していたはずだろう?」
と思っていた。管理者の存在や、現世と隠世と魔力の関係といった世界の根本に関することまでペラペラと喋っていたヒトミが、関心を持っていた事件の黒幕を知らないとは考えられない。おそらくは何らかの規制がされているのだろう。そしてそんな規制が出せるのは彼女と同じ管理者に他ならない。つまりは本当の黒幕は管理者の一人だということになる。
「うっ……」
そして弥勒の推理通りヒトミは言葉に詰まっていた。なぜこの推理能力が先ほどは発揮されなかったのか謎である。
それはさておき、遠回しではあるがそうした情報を得ることができたのは大きい。元の世界と同じであるならば、黒幕の管理者が直接出張って来る事はないだろうが、代わりに謎の魔法使いに――あの勇者たちのように――力を与えたり唆したりしてぶつけてくる可能性は非常に高い。
ヒトミが阻止してくれているのかもしれないが、こちらの事情などもある程度は伝わっていると考えておいた方が無難だといえる。管理者間の対立に巻き込まれた感はあるが、それを言った所でどうしようもない。理不尽というのは世界のどこにでも転がっているものなのだから。
ヒトミからすれば弥勒は降って湧いた強力な手駒だ。そう簡単に手放すとは考えられないし、仮に手放したとしても他の管理者に狙われるのがオチだ。そうなると現状ではこの外見だけは見目麗しい少女と良い関係になっておくのが一番まし、ということになるだろう。
ただ、こんな風にゴチャゴチャと考えても、やること自体は変わらない。まずは部屋に戻って準備をして、アルバイトへと行かなくてはならない。例えどんな危機が迫っていようとも、日々の糧を得るためにはやらなくてはならない仕事というものがあるのだ。
「ジョニー、帰るぞ」
気持ち良さそうに仰向けになって眠りこける――もはやおっさんである――真ん丸雀を指ではじいて石の椅子のようなものから落とす。
『あ痛っ!……あ、あれ?オレのドラム缶チョコレートパフェはどこに行ったっすか!?』
まだ寝ぼけているのかジョニーは周囲を見回していた。夢の中ではごはんからデザートに移っていたようだ。それにしても想像するだけで胸焼けがしてきそうな一品である。ヒトミでさえもうんざりという顔をしていた。
『オレを起こしたの旦那っすか!?酷いっす!あともう少しで完食するところだったっすのに!』
『寝言は寝てから言え。……いや待て寝るな!時間が押してきているから急いで戻るぞ』
『嫌っす!今眠ればさっきの続きが見れるはずっす!そしてオレは食べきって、ドラム缶パフェシリーズ一年分の無料チケットを手に入れるっす!』
ジョニーの夢に出てきたドラム缶パフェはチョコレートだけではなく様々な種類があるらしい。その様を思い浮かべてしまったヒトミは手で口元を押さえていた。
『ドラム缶パフェはないが、起きて役場に行けば誰かが菓子をくれるはずだ』
『行くっす!』
「切り替え早っ!!」
弥勒の一言にあっさりと前言を撤回したジョニーにヒトミが突っ込む。流れるようなトリオ漫才であった。
「それではこれで失礼する。それと、貴重な話を聞かせてもらって感謝している」
「こちらこそ素敵な名前をありがとう。まあ、何かあったら相談くらいには乗ってあげるわ」
「それは助かるな。その時にはまたここへ来ればいいのか?」
「そうね。そうしてくれると余計な力を使わずにすむわ」
「分かった。それではまた」
「ごきげんよう」
心もち急ぎ足で去っていく一人と一匹の後ろ姿を、ヒトミは興味深そうに見続けたのであった。
パフェとは常に進化を続けるものなのです。
だからきっといつの日か、ドラム缶パフェなるものが僕たちの前に現れることでしょう。
……見るだけで胸焼け間違いなしでしょうね。
次回更新は12月19日のお昼12時です。