第三十九話 カミ?との邂逅
こっそりと四十回到達です。
祭りの話を聞いた翌日、弥勒は昼食のパンを買いに行った帰りに神社に立ち寄っていた。
元々の予定にはなかったのだが、〈ベーカリー・トオマル〉の看板娘である橙香から先日のバーベキュー大会に誘わなかったことを責められてしまい、そのダメージを回復するためにやって来たのだ。
「しかし酷い目にあったな……」
異世界の元魔王である弥勒にそう言わしめるほど、橙香の責め――もちろん口撃――は苛烈だった。
しかしこれは彼女の怒りが恋人である充やその友人である将、孝にのみ向けられて、自分に矛先が突きつけられるはずがないと思い込んでいた弥勒の油断による部分も大きい。
『お疲れさんっす。それはともかく、昼飯を寄こせっすよ』
店の外で待っていたジョニーは完全に他人事だ。菜豊荘の中では普通に弥勒と会話して、イロハにも傍受されている彼だが、外では相変わらずただの?真ん丸雀で通していた。
そして自分の欲求に素直な所も相変わらずである。
一瞬魔法でふっ飛ばしてやろうかとも思う弥勒だったが、怪我をさせてもいけないので――治療する手間が面倒なので――止めておいた。
社務所の近くに置かれた石のベンチのようなものに腰かけて、橙香作本日のチャレンジパンを半分ちぎってやる。
『いただきっす!』
置いた途端にものすごい勢いで食べ始めるジョニーを観察する。しばらく経っても悲鳴を上げたり、呻き声を上げたりしないので、今回は問題なく食べ物のカテゴリーに入っているようだ。
次に会った時に必ず感想を求められるので食べない訳にはいかないのだが、できるだけ安全は確保しておきたい。わさび唐辛子パンの時のような悲劇は繰り返したくはなのである。
「いただきます」
すっかり慣れてしまった食前の挨拶をしてから、半分になったチャレンジパンを恐るおそる口に運ぶ。
「うぐっ!」
一口噛んだだけで強烈な甘みの奔流が弥勒を襲う。甘い。ひたすらに甘い。驚いてパンの断面を見てみると、そこにはイチゴジャムとチョコレートとはちみつがこれでもか!というほどぎっしりと詰め込まれていた。
普通ならジョニーに分け与えた時に匂いで分かりそうなものなのだが、以前くさや風味納豆パン――ここまでくるとどうやって材料を確保しているのか謎である――で鼻をやられて以来、無意識に嗅覚を止めるようになってしまっていたのが裏目に出てしまった。
甘みも度が過ぎると一種の暴力であると悟った弥勒だった。
『……ジョニーよ、まだ足りないようならこれも食べるか?』
『もちろん食べるっす!』
既に分け与えた半分を食べつくしていたジョニーにそう言って残りを押し付け、もとい譲ると、もったいないとは思いながらも店長の作った正真正銘の売り物であるウインナーパンで、甘味を喉の奥へと押し込んでいく。
その後、持参していたお茶――魔法瓶は偉大です――を飲んでようやく落ち着いた。
「まだ口の中が甘い気がするな……」
また一つトラウマが増えてしまった。チャレンジパン恐るべし!
それでもトオマルに行かないという選択肢が出ないのは、チャレンジパンのマイナス分を補って余りあるほど店長のパンを気に入ってしまっていたからだ。
更に極、極まれにではあるが、橙香のチャレンジパンがもの凄く美味しいということもあったりするというギャンブル性にも、どっぷりとはまり込んでいたのであった。
さて、そんな弥勒のコントのような一部始終を物陰から見ていた少女がいた。
「ちょっと何よ。あれじゃあ「美味しそうな物を食べているわね」って爽やかに話しかけるはずの私の計画が台無しじゃないのよ……」
爽やかに、などと言いながらその眼はパンの入った袋をロックオンしていたのは気のせいだろう。そしてそのお腹が可愛らしくクークー鳴っているのもまた気のせいなのである。
これ以上は家計が崩壊し、スポーツタイプの自転車が購入できなくなってしまう。既にジョニーがいる以上、くいしんぼキャラ――腹ペコキャラや大食いキャラも同様――は必要ないのである。
「腹が減っているのならこちらに来い。一つ分けてやる」
分かっていながらも少女のお腹が一際大きく鳴ったところで、弥勒はそう口にしていた。気付かれていないと思っていたのか、少女はビクッと大きく体を震わせた。
「い、いいの?」
物陰からひょっこり顔を出すと期待と不安の入り混じった顔で尋ねる彼女に、弥勒は首肯して返す。
「すずめ君も、もらってもいい?」
『仕方がないっすねえ。オレは寛大だから今日の所は分けてやるっす』
そもそも弥勒の金で買ったものなのであるが、お前の物は俺の物というジャイでアンな思考である。
その遥か上空からの目線での少女への物言いに、流石の弥勒も呆れてしまったのだが、当の少女は気にしていないどころか許可が貰えたことに、満面の笑顔を浮かべていた。
そしてジョニーは雀である自分と会話していたことに何の疑問も持っていなかった。
トテテテと走り寄ってきてジョニーを挟んで弥勒の隣に座る。そして今度は期待一色で満ち満ちた表情を向けてくる。
その様子に彼女のお尻付近に高速で振られている犬の尻尾のようなものが見えた気がした。
ふと、辛みの強いカリーパンを渡してみようかという悪戯心が湧いてしまうのは、魔王であった名残か、それとも弥勒の生来のものなのか。
「私、甘いのが欲しい」
そんな弥勒の心の内の葛藤――というほど大したものではないが――を透かして見たような絶妙のタイミングで少女が言った。
だが、その程度で反応していては魔王など務まらない。内心の驚きを見せずに「そうか」と答えるとホイップメロンパン――くど過ぎない甘さのホイップ生クリームはこちらの世界に来てはまった食べ物の一つだ――を差し出した。
「ありがとう。いただきまーす!」
と大きな声で言うと、声に負けないくらい大きく口を開けてメロンパンにかぶりつく。ほっぺにクリームを付けながら嬉しそうに食べている姿は、見ていて和むものだ。
ちなみにジョニーはお腹が膨れて眠くなったのでうつらうつらと舟を漕いでいた。先ほどの二人のやり取りにも気が付いていないようだ。よく言えば大物、悪く言えば鈍感な真ん丸雀であった。
手にしたパンが全て少女の小さな口に消えてしまうのにさほど時間はかからなかった。ケプッとこれまた可愛く息を吐いた少女は満足げにお腹をさすっていた。
大食いキャラではなくて良かったとホッとする弥勒である。
水魔法で濡らしたハンカチでほっぺに付いたクリームを拭ってやると、くすぐったそうにしている。
「それで、人ならぬ者が何の用だ?」
その隙をつくように弥勒は尋ねるのだった。
彼女は一体何者なんだー(棒)。
とんでもなチャレンジパンを創造している橙香ちゃんですが、別に味音痴だったり、料理ができないキャラではありません。
ただ、探究心が強く、現在その方向が意外な組み合わせへと向いているだけです。
弥勒達に食べさせているのも客観的な意見が欲しいからで、当然自分でも試食はしています。
次回更新は12月12日のお昼12時です。