第三十六話 おおぞらはおまえのもの
いつの間にかユニークユーザ-が千超えていました。
読んでくれた方、ありがとうございます。
とびはねおばけのはなし。
真夜中の真っ暗闇の中で、跳びはねている者が見えても決して近寄ってはいけない。なぜならそれは跳びはねお化けだから。
真夜中の真っ暗闇の中で「クケケケケ」とおかしな声が聞こえても、決して近寄ってはいけない。なぜならそれは跳びはねお化けだから。
跳びはねお化けは子どもが大好き。なぜなら子どもは柔らかくておいしいから。
跳びはねお化けは石が大嫌い。なぜなら石は硬くて跳びはねないから。
もしもあなたが跳びはねお化けに出会ってしまったら、体を丸めて「石になった」と言いなさい。そうすれば跳びはねお化けは嫌がって逃げてしまうから。だけど跳びはねお化けがいなくなるまでは決して動いてはいけない。なぜなら跳びはねお化けは石が動かないことを知っていて、動いた途端にあなたを食べてしまうから。
跳びはねお化けは真夜中のお化け。怖がりな子どもは夜に出歩かないように……。
と、こんなお話ができそうなほど弥勒は毎夜毎夜跳びはねていた。実際には消身と防音の複合魔法によって誰にも気付かれていないので、跳びはねお化けは生まれることすらなかったのではあるが、毎回付き合わされていたジョニーはうんざりした顔で、視線の上下運動を繰り返していたそうだ。
ちなみに「クケケケケ」とかは言っていない。
『それで、今日も跳びはねるっすか?』
眠い目をこすりながらジョニーが尋ねる。しっかりとお昼寝をしているはずなのに眠たいようだ。寝る子は育つというが、既にジョニーはオトナ、成鳥であるためこれ以上は大きくならないはずである。食べ過ぎでおデブ雀ちゃんになる可能性はあるが。
『いや、昨日危うく宇宙とやらに出るところだったから、もうやらん。十分に検証もできたから、今日からは本格的に飛行魔法を使っていく』
さらりととんでもない事実を口にする弥勒。こちらの世界で大国と呼ばれる国々が膨大な時間と金を費やして、更に数多の人々の悲喜こもごもの末にやっと到達した場所へ、わずか数日で手が届くところまできていたらしい。規格外ここに極まりけりである。
しかし、ジョニーは『へー、そーっすか』と気のない返事をしている。まさにこの主にしてこの僕だ。弥勒に付き合っていく内に、順調に常識というものが欠如していっていた。
「その前に、だ。ムゲツよ、出てくるがいい」
弥勒が菜豊荘の屋根の上に向かって呼びかけると、何もなかったはずの空間から浮かび上がってくるように一羽の梟が姿を現した。
『うおっ!?ムゲツのおっさんじゃないっすか!?いつからいたっすか!?』
「何だ気が付いていなかったのか?ムゲツなら初日からいたぞ。それにしても見事な消身の魔法だ。しっかりと使いこなせているようだな」
ムゲツはジョニーの驚きの声に応えるように片方の翼を上げ「ホッホー」と鳴いた後、今度は弥勒の称賛に礼をするように体の前へと動かしていた。喋れるのならば「お褒め頂き光栄です」とでも言っていただろうか。
その様に弥勒とジョニーは熟練の執事長の姿を重ねていた。何とも賢く芸達者な梟だ。少年魔法使いのペット役くらいであれば難なくこなしそうな勢いである。だが残念なことに白くないのでダメかもしれない。
ムゲツは正確には弥勒から魔法の指導を受けている訳ではない。弥勒の部屋の外からジョニーに指導している様子を見ていただけである。門前の小僧ならぬ、窓の外の梟だった。覚えたのは経ではなく魔法であり、ムゲツがいることに気付いた弥勒が窓を開け放っていたということを差し引いても、並外れた才能を持つ逸材だといえるだろう。
「それで、重力制御の魔法は役に立ちそうか?」
「ホー」
「そうか……。まあ、今は特に思いつかなくてもいずれ役に立つ時もあるかもしれないからな」
「ホーホー」
「うむ。聞いていたと思うが、今日から本格的に飛行魔法の訓練に入る。ジョニーにも手伝わせるつもりだが、時間があるようならお前も手伝ってくれ」
「ホッホッホ」
『オレもっすか!?』
さて、ここまで弥勒は鳥語ではなく、ニポン語つまりは人語で話している。出会った当初からもしかすると、という予感があったので試してみたのだが、やはりムゲツは人語を理解できているようである。流石に話すことは無理だが、それでもある程度は鳴き方を変えて意見を伝えることができるらしい。
そしてなぜかジョニーは弥勒の言葉に驚いていた。あらかじめきちんと説明していたのにもかかわらず、である。お説教決定。
「それでは始める」
いつものように消身と防音の複合魔法を掛けてから、魔法のイメージ作りに入る。よだんだが、二羽は魔力の動きで弥勒のいる場所を察知している。
「重力ゼロ」
魔法を発動させた途端、それまで以上の浮遊感が体を包んだ。試しに両足を曲げてみる。浮いていた。片足だけを曲げた時と同じように視点は変わらないままなのに、両足とも曲げられているのである。次に曲げた足を勢いよく地面へと叩きつける。
次の瞬間には地面からの反発力を受けた体が、はるか上空へと舞い上がっていた。
「このまままでは危険だな」
空気抵抗を受けてはいるものの速度の減少はごく軽微であり、このままでは昨日の二の舞になりかねない。弥勒は両腕を掲げて突風を起こす。風の魔法を使ってブレーキをかけたのである。一回、二回、三回……。結局十数回使ってようやく空中に停止することができた。
「上昇時に限るが、重力制御を一旦解除して風の魔法と併用して急停止するのもありかもしれないな」
そう、弥勒はずっと重力制御の魔法を維持したままで風の魔法を使っていたのである。魔法発動の三ステップを意識する練習を繰り返す内に、魔法限定ではあるが並列思考を取ることができるようになり、今では二種類の魔法を同時に使いこなせるようにまでなっていた。
しかし、肝心のコツのようなものは発見できていない。
弥勒本人はすっかり忘れているが、もしも今元の世界の勇者たちと戦うことになれば圧勝間違いないほどのレベルアップである。
『旦那ー!大丈夫っすかー?』
見るとジョニーとムゲツがこちらに向かって飛んできている。考え事をしている内に風で流されていたのか、ジョニーたちの上昇角度は緩やかなものだった。
『ああ、問題ない。だが、急停止する手段を考えておく必要はあるな』
『そうっすねー。とりあえずもう少し下まで降りないっすか?』
弥勒たちがいるのは上空数千メートルの場所であり、話している最中にもすぐ近くをジャンボジェット機が通り過ぎていた。衝突されたり、目撃されたりする危険もあるし、何より寒い。じっくり話し合うには不向きな環境だ。
「少し降りるか」
ジョニーの進言に従って弥勒は体の向きを入れ替える。しかし、ふとそのまま降りるのもつまらないと思い、重力制御を解除する。
『旦那!?』
驚くジョニーの声を後ろに残して、弥勒は急落下を開始していた。そして頭を下にした状態から一気に両手両足を広げて空気抵抗を最大にする。
「ぐはっ!?」
想像していた以上の衝撃に驚くが、魔族の体であればどうということはない。しばらく落下を楽しんだ後再び重力制御を開始する。が、一向に速度が緩まる気配がない。
「どういうことだ?」
と疑問に思っている間にもどんどん地上が近づいてくる。重力をなくしても既に加速していた速度は落ちることがないのだと思い至ったのは、これまた風の魔法で急ブレーキをかけた後のことだった。
『いい加減にするっす!』
と怒ったジョニーと若干疲れたムゲツが追い付いてきたのは数分後のことだ。
「はっはっは。すまんな、ついはしゃいでしまった。それでは訓練を始めるとするか」
その後、訓練と称した空中鬼ごっこは夜が明けるまで続けられ、終わった頃には二羽とも体力を使い果たしてぐったりとしていた。
『次からは、絶対に付き合わないっす……』
ゼイゼイと荒い息を吐きながら呟いたジョニーに、ムゲツも首を縦に振り続けたのであった。
飛び跳ねお化け、怖いですねー(棒)。
それと当り前ですが、某神鳥とは関係ありません。
次回更新は12月6日のお昼12時です。