第三十四話 滝に打たれるだけが修行ではない
ニンニン♪
技術や技能と言うものは習得した後も使い続けていないと錆びついてくるものである。そのため日頃の練習や訓練でその精度を維持していく必要がある。これは魔法にも当てはまることであり、こちらの世界に来てからまともな訓練をしていなかった弥勒は、魔法の精度を著しく低下させていた。
「ううむ、これはいかんな」
発火の魔法で生みだした火に、これまた水作成で作りだした水を掛けて消し、その際に生まれた水蒸気を集めて超小型の雷雲を作りだしたところで弥勒は呟いた。
「えっと、何か問題でもありましたか?」
その一部始終を見ていたイロハが声をかける。夕食後、魔力感知の訓練のために色々な魔法を使っている最中であった。今集まっているのはイロハと四谷夫妻の三人である。いや、もう一人智由もいる。ベビーベッドに寝かされながらもしっかりとこちらを見ているので、彼女の参加者だといえるのかもしれない。
「ああ。ところで以前説明したと思うが、体内に取り込める魔力の量は増やすることができるのを覚えているか?」
「鍛えることで増幅することが可能、という話でしたね」
「そうだ。そして体内の魔力は魔法を使う時の核となるもので、その核が大きければ簡単に魔法の威力を高めることができる訳だ。この自体は人間も俺のような魔族も変わりがない。そして鍛えることで増幅させられるということは、鍛えていないと――」
「逆に減少してしまう、ということでしょうか?」
「その通りだ。更に俺の場合は魔法の精度も落ちてしまっている。床を見てくれ」
弥勒の指示に従って床へと視線を移動させると、それなりの量の水が飛び散っていた。
「カーペットだと乾かすのが面倒ですから、フローリングで良かったですね」
イロハの言葉に全員が頷く。大などは濡れたカーペットの上を歩いてしまった時のことを思い出したのか、微妙な顔をしていた。
「全くもってその通りだな。まあ、床の方は俺が後で乾かしておくから安心してくれ。おっと、今問題なのはそちらではなく、この水自体だ。俺は火を消せるだけの量の水しか出していないつもりだった。にもかかわらず実際にはそれよりも多くの水が生成されていた訳だ。勿体ぶっても仕方がないので答えを言ってしまうと、魔法の精度、とりわけ規模の制御が甘くなってしまっている」
途端に青ざめる三人。よく見るとベビーベッドの智由も怖がっているように見える。むずかっているだけかもしれないが。
「それって、うっかり大惨事のパターンですよね!?」
「うむ。子どもたちから借りた漫画でもよくある、ある意味王道パターンだな」
「そんな迷惑な王道はお話の中だけにして下さい!」
弥勒が元魔王であり、元の世界でも他に類を見ないほど強大な魔力の持ち主であることは既に周知されているので、イロハたちの反応も当然のことである。
例えば一般的な魔法使いであれば先程のミスは誤差の範囲で済むもので、火を消す以上の水が作られることはなかった。鍛錬不足で多少減少しようともその魔力量は規格外であり、ゆえに魔力規模の制御ができないというのは致命的な欠陥となってしまうのである。
敵味方問わないどころか、周囲一帯を薙ぎ払ってしまうのでは使い物にならない。そうはならなかったとしても、いざという時に魔法を使うことを躊躇してしまうかもしれない。
「これは俺も本格的に魔法の訓練を再開させる必要があるな」
「弥勒さんの訓練……。環境破壊だけはしないで下さいね」
「誰がそんなことをするか!そもそも放出系の魔法でなくても構わない。むしろ細かい制御を必要とする魔法の方がいいのだ」
「細かい制御ですか。……そうだ!空を飛ぶとかどうですか?」
「飛行魔法か……」
大が出した案に弥勒は考え込む。元の世界において飛行魔法、フライトの魔法は一部の魔族の者たちに伝わる門外不出の超極秘魔法だった。そのため元魔王であった弥勒でも使うことはできない。しかしこちらの世界に来て様々な科学的知識を――主にテレビから――得た今、似通った魔法を使うことはできるかもしれない。
それにしても普段から子どもと接しているせいか、大は時折こうした夢とロマンに満ちた提案をしてくることがあるので油断ならない。
「試す価値はあるかもしれない」
「上手くいったらコツを教えて下さいね」
やたらと楽しそうな男二人に対して、女性陣は半ば呆れた視線を向けるのであった。
さて善は急げ、思い立ったが吉日である。イロハたちの魔力感知訓練を終えた弥勒は早速飛行魔法に挑戦することにした。しかしすぐに魔法を使うのは無謀である。特に今回は空という未知の領域に挑む訳であり、途中で制御ができなくなって墜落でもしたら命にかかわってくるので入念な準備が必要だ。
「まず対処しなくてはならないのはやはり重力か。重力を消す、または無効化する必要がありそうだな。次は空気抵抗だが……。これは風魔法の応用で何とかなるか?」
『なんかブツブツ言ってるっす……。旦那がついに壊れたっす』
考え込んでいる内に声に出してしまっていたようだ。聞きつけてやって来たジョニーが怪訝そうな顔?をしていた。
『ジョニーか、丁度いい。魔法の訓練も兼ねて飛行魔法を開発することにしたのだが、お前は飛ぶ時に何を考えている?』
『ふえ?飛ぶ時に考えていることっすか?』
『そうだ。参考になる話ならば、さっきの暴言は聞かなかったことにしてやる』
『ゲッ!?き、聞こえていたっすか?』
『当たり前だ。さあ、早く言え』
『も、もしもっすよ、もしも参考にならなかった時にはどうなるっすか?』
『聞きたいのか?本当に聞きたいのか?』
『い、言わなくていいっす!ちょっと考える時間が……じゃなくて色々考えて飛んでいるからまとめる時間が欲しいっす!』
そう言ってジョニーは弥勒から逃げるように距離を取った。あれだけ脅しをかけたのだから真面目に考えるだろう。弥勒としては特に有用な話が聞けるかと期待していた訳ではない。
元々ジョニーは鳥としての本能で飛んでいるのだから、飛ぶための理屈など考えたことはないだろう。そうした考えたこともない部分に思いを巡らせることによってジョニーの意識改革を促そうとしたのであり、それは今後魔法を用いていく時にも役に立つはずだ。
まあ、余計なことを言ったジョニーに対するお仕置きの側面も多分にあるのだが。
「騒がしいと思ったら戻ってきていたのか」
「義則か。どうだ、訓練は順調か?」
風呂場のある部屋から義則が顔を出す。比喩ではなく本当に壁から顔だけを出していた。幽霊である彼は壁をすり抜けることができるのだ。もしもジョニーが見ていたら大声を上げて気絶しているところである。運良く?弥勒の出した難題について考え込んでいたお陰で九死に一生を得たのであった。
「残念ながら芳しくない。何をどうすればいいのかさっぱりだよ」
壁を抜けながら義則が答える。
「ふうむ……。まあ、焦った所で上手くいくものでもないからな。気長にやっていくしかないだろう」
「それしかないだろうな。それで、弥勒さんの方は何を考え込んでいたんだい?」
先程イロハたちと話していた内容を伝える。
「飛行魔法か。いいじゃないか!夢が膨らむね」
義則もまた夢とロマンが大好物であったようだ。幽霊であっても男だということなのだろう。せっかくなので魔法開発を手伝ってもらうことになった。この時点で魔法の訓練であるということは二の次になっていたのだが、誰も気が付いていない。
そしてすっかり忘れ去られていたジョニーは部屋の隅で、考え過ぎて頭から煙をふいていたのだった。
ニンニン♪
滝で修行といえば忍者ですよね(偏見)。
次回更新は12月3日のお昼12時です。




