第三十一話 れっつバーベキュー!の準備
結局、第一回の魔法教室は実技に移ることなく魔法理論口座だけで終わってしまった。そこでまずは魔力をしっかりと感知できるようになることが、全員――リィや正、義則も含む――の目標となった。当然、唯一魔法が使える弥勒は教師役として、週に数回は夕食後に魔法を披露してみせることが――いつの間にか――決定していた。
そうこうしている内に昼になった。そうなると騒がしくなるのがジョニーである。
『腹減ったっすよー!めーし!めーし!』
イロハが気にしていた理由も判明して追いかけ回すようなこともなくなったので、躊躇することなく大声で要求してくる。その姿は、TPO?何それ美味しいの?すぐに持ってくるっす!と言わんばかりである。
「一度本気でしつけ直す必要があるな……」
イロハから通訳をしてもらった一同は、青筋を立てて呟く弥勒を見て苦笑いを浮かべるしかなかったのだった。
「と、とにかく用意を始めましょうか」
イロハの掛け声に賛成と学生組が乗っかり、外へと向かう。なぜならその日のお昼は〈大バーベキュー大会〉が予定されていたのである。が、二階通路の外側に掲げられた横断幕を見て孝が突っ込む。
「みっち、(大)が被ってる」
「はい?……あ……。えーっと、い、いいんだよ!俺たちだけじゃなくて塾の生徒たちや親御さんも来るんだから、大、大会なのだ!」
実は菜豊荘のバーベキュー大会は定期的に行われていたのだが、今回は先の事件のこともあって、同じ地区の他の人たちとも交流を図ろうという名目の元、菜豊塾の子どもたちやその家族にも参加してもらうことになったのである。
「それ、今考え付いたよな。しかも無理過ぎ」
「うるせー!あんまり文句言うなら橙香を呼ぶぞ!」
更に将が追い打ちをかけると、充がついに切れる。何とも微妙な脅し文句だったが、二人にはばつぐんの効果で、
「「すんませんでした!」」
即謝っていた。
「なにを寸劇まがいのことをやっているんだ、あいつらは」
「いえ、将君たちの判断は適切ですよ。バーベキューという火の気がある所に、リア充なんていう爆発物を持ちこんだら大惨事になりますから……」
呆れて呟く弥勒にどこか遠い目をしているイロハが説明すると、リィと正は同様の顔で頷き、四谷夫妻は気まずそうに視線を逸らしていたのだった。余談だが後日充たち三人の元に、バーベキューに誘われなかった橙香から恨み節が届き、揃って彼女に土下座することになったとか。
菜豊荘住人全員で寸劇をしながらも、炭が熱せられ、テーブルと椅子が並べられて準備が整っていく。
「まだ他の人たちが来ていませんけれど、どうします?」
「先にいくつかは焼いておくべきアル。来てからだと間に合わなくなるアルよ」
「それなら俺が焼こう」
リィのアドバイスに従って、弥勒が先行分の焼き担当に名乗りを上げた。
「それじゃあお願いします」
最近は祥子たちと夕食を作る時に一品から二品を任されていたので、特に反対されることなく任命され、他の者たちはそれぞれ残る準備へと取りかかっていった。
『お、旦那が肉を焼くっすか?仕方がないっすねえ、オレが味見してやるっす!』
相変わらず上から目線というか、偉そうなジョニーの台詞である。
『そうか、そうか。よろしく頼むぞ』
にもかかわらず、弥勒は気にせずに答えた。この時、ジョニーは気付くべきだったのだ、普段であれば確実に小言の一つも言われたであろうことに。そして彼の顔に邪悪な笑みが浮かんでいたことに。
『せっかくの肉だ、しっかり腹を減らしておいた方がいいぞ。そうだな、五分もあれば焼けるだろうから、その間近くを全力で飛び回っていろ』
『旦那の言うことももっともっすね。それじゃあ早速行ってくるっす!』
言うや否や高速で飛び立っていく。風魔法の効果もあって、例え隼であっても追いつけないほどのスピードになっていた。ジェット雀である。なにかの観測装置に引っ掛からないことを祈るばかりだ。
そしてそれを見送る弥勒の顔は凶悪さが増しており〈真の魔王〉、〈ザ・魔王〉、〈キングオブ魔王〉と呼ぶに相応しい表情をかたどっていた。しかし皆自分の仕事をこなすのに忙しく、誰一人としてそのことに気付く者はいなかったのである。
そして、惨劇の宴の幕が上がる。
『只今戻ったっす!腹減ったっす!肉!肉を寄こせっす!』
相当気張って飛び回ってきたのだろう、そこにいたのは真ん丸雀の形をした獰猛な獣であった。
『おお、戻って来たな。さあ、腹がはち切れるほど食うといい』
と差し出された皿を見たジョニーが硬直する。そこにはナスにピーマンにゴーヤといった夏野菜が山のように盛り付けられていた。
『……旦那?これは一体何が起こっているっすか?』
ギギギと錆びついた音がしそうな動きでジョニーは弥勒を振り返った。なぜなら皿に盛られていたのは軒並み子どもが嫌いな野菜たちであり、ジョニーもまた苦手としていたからである。
『何でも野菜を食べてから肉を食うと、その旨みが口の中で凝縮されて、とてつもなく美味となるそうだ。さあ、早速試してみるといい』
嘘である、法螺である、口から出まかせである。が、腹が減り過ぎて正常な思考能力をなくしているジョニーは信じてしまった。
『そうなんすか!?食うっす!草食動物のように食い尽くしまくるっす!』
さながらキツツキのように野菜たちを啄ばんでいき、あっという間に皿に乗っていた野菜の半分――なんと驚きのジョニー二羽分の量だった――を胃の中に収めてしまった。
『ケプッ……。さ、さあ今度こそ肉を食べるっすよ……』
大量の野菜を食べても衰えないジョニーの肉への欲望恐るべしである。『よしよし、さあたんと食え』と、弥勒が差し出した新しい皿の上には今度こそ肉が置かれていた。のだが、それは一口大に切られたいくつかの肉を串に刺したもので、見る者にある料理を連想させた。
『あ、あの旦那?これはもしかして焼き鳥というものなのではなかろうかと考える次第でありまっすが……』
流石のジョニーも驚きと戸惑いで謎な口調になっていた。
『ん?肉を串に刺して焼いたものだが、それがどうした?ささ、冷めないうちに食べろ』
とわざと明言を避ける。勿論弥勒も本気でジョニーに鳥肉を食べさせるつもりはない。これは豚とか牛の肉をそれっぽく焼いたものである。当然そのまま焼けばバレてしまうので、わざわざ魔法を使って見た目や
香りを変化させているのである。何という魔法の無駄遣い!
しかし、そんなこととは知らず、ジョニーは空腹――つい先程食べた大量の野菜たちはどこに消え去ってしまったのだろうか?――と鳥としての倫理観に挟まれて困惑していた。
『腹減ったっす……。いやでもこれは問題っす。まだ鳥を辞めたくないっす。……あ、よく考えたらオレ雀だから鶏食っても問題ない……?いやいやいやいやいや!ダメダメダメダメダメっす!それだけはダメっすよー……』
そんなジョニーを見てニヤニヤ笑う弥勒であった。元々は最近ジョニーの我が儘が過ぎるので少し懲らしめてやるつもりだったのだが、そんなことはすっかり忘れていた。
『食べないのか?美味いぞー』
とジョニーの目の前で串肉を食べるほど浮かれている。
『うわーーん!旦那のいぢめっ子ー!!おたんこなすー!!』
そしてついに耐え切れなくなったジョニーは、泣きながら飛び去っていくのだった。
「わっはっはっは!これであいつも少しは懲りただろう。大人しくなること間違いなしだな」
と上機嫌だった弥勒だが、驕る平家は久しからず、大量の野菜をジョニーに食べさせたことが女性陣に露見して、罰として買い出しに行かされるのであった。
追記、買い出しから帰ってきた青龍号の前籠には、多少へそを曲げつつも弥勒と仲直りしたジョニーの姿があったという。
菜豊荘メンバー&ジョニーのドタバタ回でした。
次回更新は11月28日のお昼12時です。