第二十四話 勝手に祖父の名前をベットしてはいけない
翌日、日が昇ると共に菜豊荘を飛び立ったジョニーは一日中探し回ったのだが、犯人らしき人物の姿は見当たらなかった。
そしてその夜、弥勒とジョニーは一〇四号室の扉の前に立っていた。
『旦那、本当に行くっすか?幽霊がいるっすよ?』
『招待されたんだ、行かない訳にはいかん。それに怖いのであれば俺一人で行くと言っているだろう』
『それはダメっす!オレ一人になった所に幽霊がやってきたらおしっこちびってしまうっす!』
昨夜、ジョニーが凶器を見つけている一方で、夜間は一人では出歩かない、近所の子どもが遊んでいたら周りに気を配る、といった細々とした打ち合わせをして菜豊荘の面々は自室に戻った。その際、将から今日の夜、部屋に来て欲しいという誘いを受けたのだった。
『まさかびーでえるな腐った展開にはならないっすよね……』
『何のことかよく分からんが、将には惚れた相手がいるぞ』
『マジッすか!?誰っすか!?』
『それを俺の口から言うのはマナー違反だ。自分で考えろ』
与太話をしている内にジョニーの気も紛れたようなので、呼び鈴を鳴らすとすぐに将が現れた。
「弥勒さん……。お待ちしてました。どうぞ中へ」
案内に従って奥へと進むと、そこにはイロハと見知らぬ男が立っていた。
「先に紹介をしてしまいます。彼がこの一〇四号室の本当の住人であり、幽霊の二条おじさんです」
「お初にお目に掛る。二条義則という」
将の紹介を受けて挨拶をした義則は、幽霊である証拠を見せるように片手を持ちあげた。その腕は微かに透けており、影も見えなかった。
「確かに幽霊のようだな。既に知っているだろうが、一月ほど前から隣室に住んでいる鈴木弥勒だ。敵対の意思はないのでよろしくお願いする」
『………………』
騒ぎたてるかと思っていたジョニーは、器用にも肩に止まったまま気絶していた。起こした所で面倒にしかならない予感がしたので、とりあえず放置する。
「それで、このタイミングで顔合わせをしたということは、今回の一件に関しては共闘するつもりだ、という理解でいいのか?」
「その前に一つ聞きたい。弥勒さん、あんた一体何者だ?」
「……質問の意図が分かりかねるな」
正面切ってぶつけられる敵意を軽くいなしながらも、弥勒は精々生前の記憶が多少残る程度だと予想していたので驚いていた。ここまではっきりした自我を持ち、生者に干渉できる幽霊となると元の世界でも数えるほどしか目にしたことがなかった。
「それなら質問を変えよう。怪しげな術を使って、その雀たちを使役するお前の目的は何だ!?」
敵意が一層大きくなって弥勒へと殺到する。その余波に当てられたのか将とイロハが苦しそうな顔をしていた。義則も普段使わない大きな力を操っているのか消耗が激しいようだ。みるみる内にその体から色彩が抜けて行く。
(このままではまずい)
そう思った弥勒は右手を前に出して、ぶつけられる敵意、つまりは力を受け止める。更に拡散しないように魔力で包み込んでいく。切り札である捨て身の大技を無力化され、義則は苦い顔をしていた。
「こちらからも一つ聞きたい。何故この菜豊荘と住人たちに固執する?」
右手の上に集められた力の塊の中には将たちを気遣う想いが詰まっていた。結局のところ、敵意に変えて誰かを害するには彼の力――もしくは彼そのものとも言える――は優し過ぎたのだ。弥勒はその理由が知りたくなった。
「将が私の前に現れたあの日、私を受け入れてくれたあの時、誓ったのだ。逝ってしまった将の祖父の分までこの子を見守っていこうと。ただ、それだけのことだ」
「おじさん……」
「そうか。そして将を通じて他の者たちと知り合い、その対象が増えてしまったという所か」
それ以上の答えは聞かずに弥勒は力を義則へと返す。
「「「えっ!?」」」
弥勒以外の三人の驚きの声が重なる。力を受取った途端その姿は以前よりも濃い色彩を伴っていたからだ。
「今までもかなり無茶をしてきたんだろう、魔力で細かな傷を治しておいた。どうだ、これで敵対する気はないと認めてもらえるか?」
将とイロハは呆然としてコクコクと頷くことしかできなかった。
「敵対する気はないということは理解できた。だが、信頼できるかどうかは別問題だな」
義則はそれでも弥勒の身の上に不信感を持っているようだが、その口調は打って変わって穏やかなものになっていた。
「確かに素性も分からない者を信用しろと言っても無理があるか。そちらも姿を見せてくれたことだし、いい機会だ。俺のことも話しておこう」
と、これまでの出来事を話し始めた。
話し終わってもしばらくは誰もなにも言わなかった。
「まさか、異世界に魔法、そして魔王と来るとは思わなかったよ」
最も早く立ち直ったのは年の功――既に死んでいる身ではあるが――か義則だった。
「俺自身突拍子もない話だとは思っている。やはり信じられんか?」
「いや、信じるよ。嘘を吐く理由も見当たらないし、何よりも嘘だったとしても不利になることがないからな」
「こちらも信じてもらえるというのなら文句はない。で、いつまでそこの二人は呆けているつもりだ?」
「そ、そんなこと言われても全く予想もしていなかったんですから、仕方ないじゃないですか」
突然水を向けられて将が慌てて答えた。
「何を情けないことを。若いんだからもっと柔軟な思考を持っていないと、とてもじゃないが社長業なんて務まらないぞ」
自分でも理解していた部分があるのだろう、義則の苦言に将は憮然として黙り込んでしまった。
「それじゃあ、弥勒さんと雀さんの話しているのが私にも聞こえたのは、魔法を使っていたからですか?」
そろそろ本題にと思っていると、イロハから質問が飛んできた。というか、さらりと重大な秘密を暴露していた。会話ができる雀など前代未聞だ、通りでで彼女がジョニーに執着するはずである。
「そうだ。しかしあれは念話であり、本人同士にしか聞こえないものだ。どうしてイロハがそれを聞くことができているのかは分からない」
今更の説明になるが、弥勒とジョニーは念話を使って鳥語で会話している。イロハ以外誰にも不審がられないのはそのためであり、もしも念話でなければ、鳥に話しかける変態か、鳥に「チッチ、チチチ」と話しかける大変態に見えただろう。
説明をした弥勒にイロハが楽しそうな顔を向けている。それに気付いて残る二人を見回すと、似たような顔をしていた。弥勒の苦手なワクワクが詰まった表情だ。この時点で菜豊荘の面々を相手取って魔法講座を開くことになることになるだろうと感じていた。後は、その人数ができるだけ少なくなることを祈るのみだ。
「さて、そろそろ本題に進もうか。俺を呼んだのはどういう要件だ?」
「おお!そういえばその話がまだだった。なに、弥勒さんが犯人捜しをやってくれているようなので、私もそれに混ぜてもらえないかと思ってな」
「俺としては問題ないどころか願ってもない話だ。よろしく頼む」
意識すればしっかりと握手を交わせる――相手が膨大な魔力を操る弥勒であるためにできることだ――ほどまで、義則の力は回復していた。
「あらら、あっさり決まっちゃいましたね」
「魔法のことからその素性まで教えてくれたのだ、信用しないのは逆に失礼だろう。将もそれでいいだろう?」
「僕はおじさんがいいなら構わないよ。怪我を治してもらった恩もあるし、色々話してくれたし、これ以上弥勒さんに含む所はないよ」
と三人ともどこか晴れ晴れとした表情をしていた。やはり心のどこかで弥勒のことを警戒していたのだろう。それにしても元魔王であると宣言したはずなのに、そんな自分を信用してしまっていいのだろうか?とも思う弥勒であった。
とにもかくにも、こうして菜豊荘の最古参であり幽霊でもある二条義則を味方につけることに成功した弥勒は、犯人捕縛――殺っちまう気はない――に向けて、また一歩大きく前進したのであった。
そしてジョニーは部屋に戻るまで気絶していた。
あっさり正体ばらしちゃった!?
それと将君の惚れた相手って誰でしょうね?
次回更新は11月18日のお昼12時です。