第二十一話 更に知識の確保、要するに端末を得るというこ、と?
今日も今日とて通訳のアルバイトに精を出す。と言いたいところだが、先日の説明会のようなことがない限りは役場内に設けられた席での待機が基本となる。今日弥勒の通訳を必要としたのはわずか二人だけで、時間にして約三十分であった。
さすがにこれで金を貰うのには気が引けて、最近ではその待ち時間にエー語やチューカコク語の読み書きの勉強をするようにしていた。
「鈴木さん、お疲れ様です」
「うん?もうそんな時間か」
同僚に当たるバイト仲間の挨拶に時計を見ると、午後二時になる五分前を示していた。
弥勒のアルバイトは基本平日の週五日で、二日は前半の午前九時から午後二時まで、残る三日は後半の午後二時から午後六時までとなっている。役場の終業時間自体は五時なのだが、駆け込みでやって来る人もいるので、その応対もあって一時間延長となっていた。ちなみに前半の方が長いのはお昼休みを含むからである。
「それでは先に失礼する」
「あ、そういえば主任が話があるから寄って欲しいと言っていましたよ」
「主任が?」
「鈴木さん、何かやったんじゃないですか?」
ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべる同僚に、弥勒は困惑するばかりである。何カ国語も話すことのできる弥勒は既に役場内では有名になっていた。更にリィとの一件もあって、困ったことに敵愾心を持つ男性職員が少なくないのが現状である。
直属の上司に当たる主任からは、そうしたやっかみからのトラブルや嫌がらせに気を付けるようにと常日頃から言われていた。なので、もしかすると自分の知らない所で何かしらの事件――というと少々大袈裟になるだろうが――が起きていたのかもしれない。
「よく分からんがとにかく行ってみることにする。それではまたな」
とりあえず悩んでみたところでどうなるものでもないと結論付けると、奥まった場所にある――「窓際族みたい」とは先程の同僚の弁だ――彼ら用に臨時で造られた席から立ち上がる。すると、至る所から鋭い視線が突き刺さってくるのが分かる。やれやれと内心ため息を吐きながら主任がいる入り口近くの総合受付へと向かう。
「あ、鈴木さん、わざわざ来てもらってごめんね」
昼一番でやって来る人々を捌き終えて一息ついていた主任が声を掛けてくる。相変わらず目ざといなと思いながら上司を見る。若い頃は大手民間企業の本社で受付をしていたという彼女は、明るく淡い青色のシャツを着ており、見る者に涼しげな印象を抱かせていた。
「用がある、と聞いたのだが?」
「そうなのよ。鈴木さん、端末は持っていなかったわよね?」
「ああ。持っていない」
「この前の会議で、アルバイトの人もすぐに連絡が取れるようにするべきだって話が出てね。という訳で、買わない?」
「何がという訳、なのかがいまいちよく分からんが、買えるのもならば既に買っている。以前店に行った時には生活支援者には売ることはできないと言われたぞ」
何を隠そう菜豊荘に入居して数日後には端末の販売店へと足を運んでいたのだ。その際、貧困ビジネスがどうの、犯罪がどうのと言われて断念していたのである。
既に役場の人間に大規模な精神操作魔法をかけて生活支援を受けることにしていたので、魔法を使った力技で解決する方法は取れなかった。
どこにいようとも様々な情報を入手することができ、相手も持っていることが前提になるが、どんなに離れていてもほとんどタイムラグなしで連絡が取り合える。異世界の為政者であった弥勒からしてみれば、喉から手が出るほど欲しいものであるはずなのに、持っていないのにはそういう理由があった。
「そんなあなたに朗報です!他所では身分証も兼ねて端末を無償提供している地方があるのよ。うちの町もそれを導入しようか検討することになったのだけど、そのテストケースを探しているの。
町からの提供だから型は一つ前の物で選択肢は少ないし、身分証明と兼用だから常に身につけて置いて貰う必要があるわ。それでもいいなら、この話のってみない?」
ここまで聞く限り大きなデメリットはなさそうである。
「回答期限はいつまでだ?」
だからこそ即答は避けることにした。
「ダメなら次の人を探さなくてはいけないから、できるだけ早くしてくれるとありがたいわね」
「ふむ、ならば明日までには決めておくことにしよう」
「分かったわ。それじゃあこれ、パンフレット。そんなに種類はないけれど、どれにするかもついでに決めておいて」
手を振る主任に「それではまた明日」と告げて、荷物を取りにロッカールームへと向かう。役場の建物から出るには、主任のいる総合受付の前を通らなくてはいけないことに弥勒が気付いたのはそれからすぐのことであり、なんとなく気まずい思いをするのだった。
今日の夕食は四谷家で取ることになっていたので、昼間の話をして意見を聞いてみることにした。
「うーん、その提案だけだとメリットの方が大きいですね。というか、メリットばかり?」
「だけど、ちょっと話が上手過ぎはしませんか?」
イロハの感想に、祥子が懐疑的な目を向ける。タダより高いものはないという言葉もある、家計を預かる者としては無償提供という部分に胡散臭さを感じてしまうのかもしれない。
「実際に提供されている物の使われ方としては、まずは弥勒さんが主任さんから聞いた身分証としてが一番多いようだな。次いで、現在地の確認か……。建前上は災害時に限られているみたいだ」
と、大が自身の端末から調べた情報を口にする。
「それ民間の企業で、支給された物を使って常に居場所を調べられていて問題になったやつですよね」
「後、問題点としては誰に連絡を取ったかとか、何を調べていたのかが全て筒抜けになってしまう可能性があることかな。端末自体の設定をどこまでカスタマイズできるのかにもよるけれど、その表示自体が偽物で実は情報を収集していた、ということにもなりかねない。結局のところ、運用する側のモラルに頼る部分が大きいな」
「ううむ……。町という組織、そしてその構成員の職員たちにどれだけ信頼が置けるか、ということか」
はっきり言って現段階では弥勒に好意的ではない職員も多い。粗探し程度で済めばいいが、それ以上の精神操作魔法による矛盾点に気付かれて解除されてしまう危険性もある。それはとてもまずい。
「この町だけではなく、地方公共組織は少数を切り捨てて、多数の益を守ろうとする傾向がありますからね。過信は禁物だと思います」
多くの人間を所管するが故の弱点を、祥子は冷静に指摘する。
「弥勒さん、今回は見送った方がいいんじゃないですか?端末は確かに便利ですけれど、必須の物という訳ではありませんし……。それにアルバイトも始めたんですから、近い内には生活支援を受けずにすむようになるはずです」
「……そうだな。惜しい気はするが、どうにもテストケースということで都合のいいように利用されてしまいそうだ。端末は自力で買うことにしよう」
イロハの進言に従う形で、端末の提供には遠慮することにしたのだった。その後、むずかりだした智由を全員でなだめる一方で、弥勒の部屋では
『腹減ったっすー。弥勒さんや、飯はまだかいのー』
と、ジョニーが一羽で寂しくボケを連発していた。
便利アイテムゲットだぜ!だったはずなのに蓋を開いてみれば――書きあげてみれば――ゲットせずに終わってしまいました……。
作中でいろいろ言っていますがすべてフィクションです。他意はありません。
そして三章でのジョニーはオチ係でした(笑)。
というわけで今回で三章は終わります。四章は続きものなので、毎日投稿する予定です。詳しくは活動報告で。
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