第十七話 金銭の確保、要するに仕事を探すということ
「弥勒サンがいてくれてホント助かったアル」
「あれくらいは大した手間ではないから、気にしないでいいぞ」
弥勒がニポンに逃亡、もとい転移してから早一月が経とうとしていた。その日弥勒は翌月分の生活支援の申請をするため、愛車の青龍号――結局名付けた――に乗って瑞子町役場まで来ていた。
そこで偶然菜豊荘の住人である留学生の鈴麗と遭遇、魔法を使って彼女と役場の人間の通訳をしてやったのである。
「ふう。日常会話なら問題ないアルけど、書類とかの難しい言葉はもっと丁寧に説明して欲しいアルヨ。今日は意地悪な人に当たってしまったアル。ついてなかったけど、そのお陰で弥勒サンに会えたから結果オーライだったアル」
そう言ってリィはにっこりと笑いかけてくる。
「威厳を出したいのか、書類には格式ばった言葉を使いたがるのはどこの国でも同じというわけだな」
と返しながらも、弥勒はその担当者は意地悪ではなく単に焦っていただけ、もしくは少しでも長く一緒にいようと必死だっただけだろうと思っていた。付近にいた人たちが彼女の笑顔を見て一斉に心を奪われていたので、その予想でまず間違いないだろう。
「それにしても、その喋り方は一体何なのだ?」
ふと、出会った当初から気になっていたことを尋ねてみる。
「これアルか?これは一昔前まで漫画やアニメでよく使われていたチューカ弁ある」
「チューカ弁?」
「そうアル。ワタシの故郷であるチューカコクの関係者が出てくると、この喋り方をしていたアルよ」
「つまり、現実で使われている訳ではないということか」
「もちろんアル。リアルでそんな話し方をしていたらドン引きアル」
そのドン引きの喋り方をしている人間が目の前にいるのだが、という突っ込みをかろうじて抑える弥勒。
「ワタシの場合、小さい頃に見たニポンのアニメのヒロインに憧れて、いつの間にか癖なってしまっていたアルな」
何のことはない、ゴッコ遊びの延長であったという訳だ。しかしそれによって他国語を覚えて、留学までしてしまったのだから、その熱意には敬意を表するべきだろう。
弥勒は彼女に異郷の者という共通点を見出し、なんとなく親近感を覚えていた。
『ところで弥勒さんはチューカコク語もすごく上手ね。他の国の言葉も操れるのかしら?』
『ん?話すだけならどこの国の言葉でも問題ない、が……』
しまった!と感じた時にはもう遅かった。リィは今まで以上に楽しそうな笑みを浮かべていて、更に多くの人を惹き付けていた。
『はあ。全くイロハといい祥子といい、菜豊荘に住んでいる女性陣は油断も隙もないな』
『ふふふ。そんなにいじけないで。さっき助けてくれた恩もあるし、無暗に触れて回るようなことはしないから、安心して』
『俺としては元よりその言葉を信じるより他はないのだがな。それで、わざわざ鎌を掛けてまで確かめた理由はなんだ?』
弥勒の問いにリィは居住まいを正して話し始める。
『故郷の私の家系は信心深くて、幼い頃から色々と不思議な話を聞かされていたの。仙人とか仙術とかね。まあ、実際に使えたのは何代も前の御先祖様くらいで私も実物を見たことはないのだけれど、何というか気のようなものの動きは感じられるのよ。さっき弥勒さんが助けてくれた時に、気が大きく動いたから、何があったのか気になっていたの』
『つまりは単なる知的好奇心、ということか?』
『簡単言うとそうなるわ。何が起きたのか知りたい、できることなら使えるようにもなってみたいけれどね』
リィの答えを聞いて弥勒は考え込む。彼女の言う気とはおそらく魔力のことだろう。それを感じ取れるということは弥勒が教えずともいずれは魔法――リィの言い方に合わせるならば仙術――を使えるようになる可能性は高い。
しかし、この世界では魔法が使えることによってどのような影響が出るかは分からない。魔女狩りの歴史を知らなくとも、元の世界では人間との長い戦いの歴史の中でそうした迫害を幾度となく目にしてきた。安易に教えてやるとは言えないのである。
が、瞳をキラキラと輝かせて、楽しみにしていることを全身で表している目前の女性に、そのある種残酷な真実をどうやって伝えればよいのだろうか?
老若男女を問わず、弥勒はこうした期待に満ちた目というものが苦手だった。いや、苦手というには語弊がある。正確にはそうした期待に応えてやりたくなるのである。
『その内いずれ、な』
結局、弥勒にできたのは問題を先送りすることだけであった。そしてそんな優柔不断な態度にも、リィは『その時を楽しみにしているわ』と嬉しそうな笑顔を見せるのであった。
「鈴木弥勒さん!」
そんなやり取りをしている間に弥勒の順番が回ってきたようだ。
何やらその呼び出しの声に険が籠っていたようだが、それはきっと気のせいであり、応対してくれることになった者のみならず、周囲の男性職員たちの視線が鋭いのもまた気のせいなのだ。
まるで針の筵の上にいるような更新手続きが終わると、弥勒はぐったりと疲れ果ててしまっていた。担当者が仕事に私情を持ち込むようなことはしなかったため、余計な時間を使うことはなかったのが唯一の救いである。
「そういえば弥勒サンは生活支援を受けていたアルね。仕事はしないアルか?」
「早く仕事を見つけた方がいいのは分かっているが、何をすればいいのか迷っている、という所だ」
「そうなのアルか?それならあれなんてどうアル?」
と、リィが指差したのは役場の掲示板で、そこにはアルバイト急募の文字が躍っていた。
「なになに……。「複数の言語を話せる通訳を募集しています。詳しくは総合受付まで」か」
「最近は瑞子町にもたくさんの外国人が来るようになったのはいいアルが、言葉の違いからいろいろと揉め事が起きているアルよ。どうアル?弥勒さんにぴったりじゃないアルか?」
「確かにその通りだな。よし、詳しい話を聞いてみるとするか」
その後、書類審査や簡単な面接などを経て、弥勒は瑞子町の通訳のアルバイトを始めることとなった。
一方、弥勒がリィと話している間に青龍号の前籠に乗っていたジョニーが、役場を訪れた人たちの間でアイドルになっていたのだが、それはまた別の話である。
ついに菜豊荘住人の最後の一人の登場です。
ん?二〇二号室?知らない子ですね。(注:空き部屋になっています。役場から男性だと聞いていたので、弥勒には一〇三号室をあてがった、という設定を今思いつきました)
そういえば、当初はアラブ系かラテンアメリカ系の男性だったはず……?
はい、チューカ弁を入れたくなってこんなキャラになりました。リィちゃんはイロハや祥子さん以上のトンデモ美少女という設定です。
ジョニー以外の登場人物の外見設定は特に決めてはいませんので、お好きなイメージでお楽しみください。
でもジョニーはダメです。奴は真ん丸っす!これは譲れないっす!
『』の会話部分は魔法を介したものです。今回の場合チューカコク語ですね。え?どうして弥勒はニポン語を喋れるのかって?
……よ、世の中は不思議に満ちていますね……。
でわまた次回!