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魔王様のご近所征服大作戦  作者: 京 高
第三章 魔王様の異世界暮らし
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第十六話 移動手段の確保、要するに自転車を買うということ

 その日、弥勒は一日中悩んでいた。こちらの世界にきて日課になりつつある早朝散歩の時も、昼食のパンを〈ベーカリー・トオマル〉へ買いに行く時も、そしてイロハと一緒に夕食の買い物へ近くのスーパーに向かった時も悩み続けていた。


「弥勒さん、一体どうしたんですか?悩み事なら相談にのりますよ。住人の心のケアも管理人代理にとって大切な仕事ですからね」


 エッヘンと胸を反らすイロハ。ここ一月で彼女のこうしたおちゃらけた態度は話が深刻になり過ぎないようにするための配慮であることが分かっていた。しかしその裏には真ん丸雀――最近はダイエットで少し引き締まってきた――のジョニーと仲良くなりたいという欲求が潜んでいるので油断ならなかったりする。

 そうした思惑があったとしても、一人で考え込んでいては煮詰まるだけなのも確かである。弥勒は素直に悩みを打ち明けることにした。


「実は自転車を買おうと思っているのだが……」

「確かにあると便利ですよね」

「うむ。それでどんな種類のものにするか迷っているのだ」

「種類、ですか?」

「ああ。今まで自転車に乗る機会がなかったので、慣れるまでは転ぶことも多くなるだろうから丈夫さは必須条件だな」


 一般的に魔族は人間に比べて魔力だけでなく身体能力も高い。その王であった弥勒はオリンピック選手も真っ青な運動能力を持っているが、そこはそれ、自転車は感覚で乗るものでもあるので、転ばないという保証はないのである。


「ここまではいい、問題はその次だ。将来的には様々な場所に足をのばすつもりだから、今からすぽーつたいぷを買っておくべきだろうか?それとも最初だからしてぃたいぷの安物で我慢しておいて、実際に遠出するようになってから買い替えるべきだろうか?」

「うーん、なかなか難しい問題ですけれど、私なら後者を選ぶでしょうか」

「どうしてだ?」

「だって今のお話からすると、弥勒さんが欲しいと思っているスポーツタイプの物は結構なお値段がしますよね?だから金銭的な理由で却下です」

「なるほど」


 弥勒は現在、大絶賛無職中であり生活支援を受けている身でもある。例え必要であったとしても高価な買い物は控えるべきだろう。言われてみれば納得せざるを得ない選択だった。


「ではその方向で購入を検討するとしよう」

「あ、ちゃんと試乗して体にあった大きさの物を買うのがいいらしいですよ」


 その後も端末でいろいろ調べたイロハから自転車選びのアドバイス――実物を見て、触って確認は念入りに!――を受けたのであった。



 それから三日後、弥勒はまたしても悩んでいた。早朝ランニング――歩くのに飽きた――の時も昼食を買い出し――コンビニの日もある――に行く時も夕食の食材を確保――タイムセールは戦場です――する時ですら悩んでいた。そのため今日も同行していたイロハに、


「何やっているんですか!ここでぼんやりするなんて目玉商品にも他のお客さんにも失礼ですよ!」


 よく分からない理由で叱られてしまった。しかし、こうなった時の女性陣の恐ろしさはここ数日でいやというほど体験してきているので、逆らうような真似はせずに素直に謝っておいた。


「それで、今度は何を悩んでいるんですか?特に問題もなく自転車を買うことはできたと伺っていますけど?」


 戦利品の数々を抱えて、二人とも怪我をすることもなく無事にスーパーから出たところでイロハが尋ねてきた。


「ああ。イロハの助言のお陰で思っていた以上にスムーズに、しかもいい買い物をすることができた」


 あの日イロハは端末で調べた自転車選びのポイントについてアドバイスした後、どうせなら量販店ではなく、アフターサービスもしっかりしている専門店、つまり自転車屋で買うことを弥勒に勧めていたのである。

 それに従って最寄りの――町役場の近くなので、歩いて二十分くらいかかる――自転車屋である〈フタバサイクル〉へ足をのばし、店主からも様々なアドバイスを貰ってシティタイプの所謂ママチャリを購入したのが昨日のことだ。

 更に店主に自転車初心者であり、追々スポーツタイプのものに買い替えるつもりであることを告げると、値段の方もかなり勉強してくれた上、弥勒の体形に合わせた簡単なチューンアップまでしてくれるという、至れり尽くせりぶりだった。そして現在はそのチューンナップ待ちである。


「フタバのおじさんは相変わらずとっても親切ですね……。実はお店の近くに高校があるんですけれど、余所で買った自転車でもそこの生徒さんなら格安で修理しているそうですよ」

「それでやたらと若者たちが来ていたのか」


 弥勒が〈フタバサイクル〉を訪ねたのは夕方で、学校帰りの生徒たちが急な故障のために訪れていたのだった。


「将君たちも子どものころからお世話になっていますし、実は私の自転車もフタバのおじさんにメンテナンスをお願いしているんですよ」

「そうだったのか。それならば懇意にしておいて損はないな」

「職人気質で仕事も丁寧ですから、絶対仲良くなっておいた方がいいです。……と、話がズレてしまいましたね。それで、何を悩んでいたんですか?」


 徐々にズレて明後日の方向に進みそうだった話の流れをイロハが軌道修正する。


「そのことなのだが……、自転車の名前はやはり女性のものが定番なのか?」

「はい?」


 弥勒から発せられた質問の意味が分からず、イロハは目を丸くする。


「船なども女性名だというし、ここはそれに則って女性の名前でいくべきだと思うのだ。しかしそうなると、今度はニポン式の名前にするか、それとも横文字の名前の方がいいのか、ずっと頭を捻っているのだが、なかなか決まらないという訳だ」


 さて、弥勒がこんなことを言い出したのには当然理由がある。自転車購入の手続きが済み、意気揚々と菜豊荘へと帰る途中に、ジョニーから


『旦那!こっちの世界では乗り物にはみんな名前を付けるのが普通っすよ!元の世界でも馬には名前が付いていたっすよね?それと同じっす!』


 と言われたからである。


「えっと……その話誰から聞いたんですか?」

「ん?ちょっとした知り合いからだが?」


 既に気付かれている可能性もあるが、ジョニーからの情報であることは伏せて答える。


「言い難いんですけど……弥勒さん、その人に担がれてますよ」

「……どういうことだ?」

「中には愛着を持つために名前を付ける人もいるかもしれませんけれど、ニポンでは個人の乗り物に名前を付ける風習はありません」


 その言葉を聞いて弥勒の顔が真っ赤に染まっていく。そこに彩られていた感情は怒りか、それとも羞恥だったのか、イロハには判別が付かなかった。

 だから聞き届けられるかどうかは分からなかったが、


「あの、あんまり怒らないであげて下さいね……?」


 と哀れな誰かのために一言だけ添えておくことにしたのだった。



 その夜、何かが燃えるような音と、ジョニーの


『ちょっと小粋なバードジョークっすよーー!!』


 という悲鳴が付近の鳥たちの間に響き渡ったとか渡らなかったとか。ちゃんちゃん。

ジョニーは懲りません。なぜならそれがジョニーだから……。

第三章はオムニバスな短編集のようになっております。


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