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魔王様のご近所征服大作戦  作者: 京 高
第二章 菜豊荘だよ魔王様
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第十二話 一〇四号室住人兼オーナー、一宮将

 ピンポーン。呼び鈴の音に導かれて玄関へと向かう。数日間でこの行動にもすっかり慣れてしまった。どこから聞きつけたのか新聞の勧誘に始まり、宗教!?の勧誘にネットのプロバイダ契約案内、はては内装・外装のリフォーム――アパートなのに――の紹介まで多種多様な業種の人々が訪れていたからだ。

 無視しても良かったのだが、これもこちらの世界の文化に慣れるためと応対を繰り返す弥勒の姿に、ジョニーが『旦那も律義っすね』と感想を漏らしていた。

 閑話休題。「はいよ」と外に聞こえるように声を出しながら扉を開けると、そこには数日前に知り合いになったばかりの後藤孝ともう一人、おそらく初見であろう男が立っていた。


「こんにちは弥勒さん。こっちは僕の友人で隣の一〇四号室の一宮将いちのみやしょうです。あの話をするのに相応しい人間を連れてきましたよ」



 ぼんやりしている間にうつらうつらとしていたようで、気が付くと二人の座るベンチは木陰から出て強烈な日差しを浴びていた。


「うぅ、あっちぃ……」


 同じく孝も太陽に炙られて目覚めたようだ。その額には玉のような汗が浮かんでいた。

 一方ジョニーはというと直感的に涼しい場所が分かるのか、ベンチの下に潜り込んで砂地の地面にぐたーっと広がって寝ていた。パンをほぼ一個平らげて腹も膨れたのか、幸せそうな顔で寝ている。『ぐふふ。もう食べられないっすー』というお約束な寝言にイラッときた弥勒は放置することにした。結果、夕暮れまで寝こけたジョニーは


『ここどこ?どこっすか!?旦那!だんなー!?』


と泣き叫びながら帰ってくることになるのであるが、それはまた別のお話。


「いくら気持ちがよくても、夏のこの時間に外で眠るのは危険だな」

「同感です。風が心地よかったのでつい油断してしまいました。そろそろ戻りましょうか?」

「ああ。そうしよう」


 孝の提案を了承したものの、このまま一直線に菜豊荘に帰るとなると、日差しに負けたような気分になってしまう。なので、付近にある目印になりそうな建物を教えてもらいながら帰ることにする。蛇行したり回り道をしたりしながら菜豊荘に二人が辿り着いたのはそれから一時間近くが経った後のことだった。


「長々と付き合わせてすまなかったな」

「いえいえ、久しぶりにこの辺り一帯を散策できて僕も楽しかったですから、気にしないで下さい」

「そう言ってもらえると助かる」


 その時弥勒の眼に、ふと一〇四号室の扉が写り込んできた。


「迷惑ついでにもう一つだけ聞いてもいいだろうか?」

「??何ですか?」


 わざわざ前置きしたことが気になったのか、孝は続きを促した。


「隣の一〇四号室に幽霊が住んでいるというのは本当なのか?」

「ぶっ!?」


 完全に予想の範囲外だったのか、孝は盛大に吹き出していた。咳き込むその姿に弥勒は申し訳なさを感じると同時に、何か事情を知っていると確信を持つのだった。


「ケホッ、ケホッ。……あの、その話、誰に聞いたん、ですか?」

「織江からだ」


 隠すのは得策ではないと素直に話す。何かしらの秘密があり、それをバラしたと怒られるのは自分ではなく織江だと理解していたということもある。事実孝は怒りと呆れを含んだ口調で


「イロハさん……。何やってるんだよあの人は……」


 と呟いていたので、彼女には近い未来お説教が待ち構えているといえた。


「それで、えっと……一〇四号室の話でしたか」

「ああ。一〇四号室の幽霊の話だ」


 誤魔化されないように、問題となっている部分を明確にして繰り返す。すると孝は頭をかきながら大きな溜め息を吐いた。


「確かに僕はその件についてある程度の事情を知っています。でも、申し訳ありませんが僕の一存だけでそれをお教えすることはできません」

「そうか。別に無理矢理聞き出そうとかいう訳ではないから安心してくれ。俺としては織江、イロハがそんなことを口走っていたから何となく気になっている、という程度だからな」


 それを聞いた孝の顔にあからさまに安堵の表情が浮かぶ。


「そうですか。……うーん、それなら他の連中にも話してみます。確約はできませんが僕よりも相応しい人間から説明を聞くことができるかもしれません」

「それは助かる。俺自身は純粋に興味深いと思っているだけなのだが、あいつが怯えてしまっているのでな」

「あの雀君ですか?確かにあの子なら幽霊を怖がったりもしそうですね。分かりました、あの子の羽がストレスで抜けてしまわない内に説明できるように話を進めてみます」



 そして数日後、その間も夜になる度にジョニーは怯えていたが、幸いにも羽は一本も抜ける気配を感じさせることはなかった。


「狭い部屋だが、上がってくれ」


 と、いうこれはニポン的な謙遜ではなく本心である。仮にも弥勒は元魔王、向こうの世界ではとんでもない広さの自室を持っていた。それに比べると八畳程度の部屋など狭いという他なかった。


「おじゃまします」


 苦笑いではあるが笑顔の孝と対照的に、将と呼ばれた男はどことなく憮然とした表情を浮かべていた。それも台所に入るまでで、今度は二人揃って懐かしそうな顔をしていた。


「寒川さん、もういないんだな」

「うん。分かってはいたことだけどやっぱり寂しいな」


 小物はともかく家具などの大物は以前のままだ。つまり彼らは以前住んでいた寒川なる人物と交流があり、この部屋に出入りしていたということになる。


「菜豊荘を建てたのは将のお祖父さんで、ここに住んでいた寒川さんは管理人をしてくれていたんです。それで僕らは子どものころから世話になっていたんですよ」


 孝の言葉に、それまでの二人――というより将の――表情の移り変わりに納得がいく。いくら菜豊荘が単身向けのアパートだからといって、身内の持ち物であり、面と向かって「狭い」と言われてカチンときたのだろう。


「さて、いつまでもこうしている訳にはいかないし、話を始めようか」


 孝の提案を受けて、食卓を兼ねたテーブルに二人に席を勧める。弥勒は新参者なので控えめにしていたのだが、そのこと以上に孝は場を取り仕切るのが上手い。実は小、中学校それに高校とほとんどの学年で学級委員をしていた――押し付けられていたともいう――経験から来るものなのだが、異世界出身の弥勒には知る由もないことである。


「改めて自己紹介をしよう。数日前からここで厄介になっている鈴木弥勒だ」

「……僕は一宮将。一〇四号室に住んでいます。後、この菜豊荘の所有者です」


 これは予想外だった。悪気はなかったのだがあんな言い方をしてしまった手前、少々居心地が悪い。そんな弥勒を将は観察するようにじっと見つめていた。

 しばらく経って大きく息を吐くと、


「単刀直入に言います。イロハおね……イロハさんの言った通り僕の部屋には幽霊が住んでいます」

「将!?」

「いいんだ、タカ。この人、弥勒さんには何か不思議な力を感じる。隠そうとしてもいずれバレるよ」


 孝はあっさり真実を告げたことに驚いていたようだが、弥勒は別の部分、すなわちイロハの呼び方が気になっていた。彼女とも付き合いが長いのか、おそらくは〈イロハお姉ちゃん〉とでも呼びそうになったのだろう。言い直していたが将の顔は赤くなっていた。


「ですが、弥勒さん!彼には手出し無用でお願いします」


 そんなことを考えている内に話し合いは終わったのか、将はそう口にした。


「そちらが先に手を出してこない限りは何もせんよ。元々イロハの一言が気になったというだけだからな」


 弥勒にとって幽霊などは脅威でも何でもない。強いていえばジョニーがうるさいので、何もしてこないという確約が欲しい所ではある。とはいえ、どういう理屈かは分からないが将は弥勒の力をある程度見抜いており、相応に危機感も持っているので、下手なことはしないだろう。


「それでは基本的にお互い不干渉ということで」


 口約束に過ぎない物ではあるが、余り無理を言って馴染み始めた住み家を追い出されては元も子もない。やはりこの辺りが落とし所か。将もそれが分かっているのか、不機嫌そうな表情を隠そうともしないでいる。

 しかしその方がいい。なにせこちらの世界にきてからというもの、親切で気の良い者ばかりであったため、逆に人間不信に陥りそうだったのだ。それに多少は不信感や敵対心を持つ人間もいないと面白くない。


「構わない。が、「基本的に」というのはどういうことだ?」


 なので、賛同の意を示すが、疑問点は追及しておく。口約束とはいえ契約は契約なので、理解できないことを放置するのは危険である。


「別に難しいことではないです。災害とか緊急時には不干渉だの何だのといっている暇はないですから。見捨てられたとか言われても困りますので」

「それなら納得だ。ただ、そんなことが起きる前に仲良くなっておきたいものだな」


 弥勒がニヤリと笑いながらそう告げると、将は渋い顔で一言「そうですね」と答えたのだった。

弥勒が織江のことをイロハと呼び始めたので、途中からですがナレーションの表記もイロハに変更します。以降はイロハで統一していく予定です。


前回書き忘れていましたが、孝も別作品のゴトウ君とは別人です。

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