第十話 一〇五号室は物置である
部屋の鍵とほとんど変わらない――スペアキーと言われれば信じてしまいそうである――もう一つの鍵を使って一〇五号室の扉を開ける。
『やっぱり物置にしているだけあって、ちょっと埃っぽいっすね』
ジョニーの言う通り日差しが遮られて薄暗い部屋の中は独特の匂いがしていた。廊下を抜けてダイニングに入ると雑多に物が置かれていた。とはいえ一応の決まりがあるようで、それぞれの部屋ごとに割り振られた範囲の中に置かれていた。そして間違われないようになのか、荷物の上に被せられた大きめのビニールには各部屋の番号が書かれていた。
『二〇五、二〇四、二〇三……こっちにあるのは二〇二と二〇一。旦那、この部屋には二階の住人の荷物しか置いていないみたいっす』
『そうすると一階の割り当ては奥の部屋か』
そう見当づけて奥の部屋、ほとんどの場合は寝室になっている部屋へと足を向ける。ちなみに物置代わりとなっていても、居住空間として作られている所なので土足厳禁であり、弥勒は今備え付けのスリッパを履いていた。
予想通り、そこには一階の住人用のスペースが広がっていた。特に多くの荷物が置かれていたのが、弥勒が入ることになった一〇三号室分と、幽霊が住むという件の一〇四号室分である。
『……本ばかりか。随分と読書家の幽霊のようだな』
埃避けにかけられたビニールを透かして見たところ、平積みした本ばかりが置かれているようだった。
『うちの部屋の分は生活用品ばかりみたいっす。ゲホッゲホッ!』
一方、無理矢理ビニールを引きはがしたジョニーは舞上がった埃の餌食になっていた。
『先程織江が持ってきた布類の残りに……こちらは食器類か』
『大方、売れ残ったものをまとめて置いてあるんじゃないっすかね。ゲホゲホ』
『ふむ。どの程度持っていくべきか……』
『ケホッ。食器の方は三人分もあれば十分だと思うっす。布類、というかタオルはもう何枚かは欲しいっすね。主にオレの寝床の関係で』
と、こっそり自分の分も要求するしたたかなジョニーである。
『旦那は新参者なので、あんまりがめついと思われない方がいいっす。残りの必要な物は生活支援で貰ったお金で買えば良いっす』
ついでに説明しておくと、この部屋は災害時におけるこの付近の物資保管場所にもなっていて、洗面所や浴室には水や食料も保管してある。もしも使う者がいないときには、食器類やタオル類も同様の使われ方をすることになっていた――防災グッズの準備は大切です――。
『それではこのくらい持っていけばいいか』
ジョニーのアドバイスに従って、適当な量の食器とタオルを取り出す。
『普通の量っすね……。つまらないっす』
『お前が何を考えていたのかは知らんが、魔族といえども食べる量は人間とそれほど変わらんぞ。それに魔族領は土地がやせていたから、食事も質素倹約が基本だったのだ』
農地改革や先進技術による製品の流出によって得た富を使って、やっと食料事情が改善したのは勇者襲来のわずか十数年前であった。
『そうなんすか?てっきり高級料理を食いまくっていたと思っていたっす。後は豚の丸焼とか、牛の丸焼きとか、鳥の丸焼きとか……!!焼き鳥は勘弁っす!』
自分の言葉に驚いて逃げ回るジョニー。そうなると当然床に積った埃が舞い上がり、
『ぶはっ!コラ落ち着け!取りだした食器やタオルに埃が付く!』
『いーやー!焼き鳥はいやっす!』
結局、弥勒がジョニーを捕まえた頃には一人と一羽共に全身埃まみれになっていた。
「全く酷い目にあった……」
自室に戻り、シャワーで埃を洗い流した弥勒はタオルで体を拭きつつ台所へと出てきた。
『うう、酷いっす。鬼っす悪魔っす。こんなのいたいけな雀にやらせる仕事じゃないっすよ……』
そして流し台では先程の罰として、取ってきた食器を――全身を使って――洗わされているジョニーがいた。
『やかましい!丸焼きにされなかっただけでもありがたいと思え!』
『ひーん!』
と泣きごとを言いながらもテキパキと洗っていく。こっそりと有能である。
『さっさと終わらせろ。飯を買いに行く時間が遅くなる』
『飯!?頑張るっす!そして飯を食うっす!』
ご飯と言われて途端にはりきるジョニー。それもそのはず、昨日克也にたこ焼きを奢ってもらってから何も食べていないのである。弥勒も同じで、かれこれ十八時間も飲み食いせずにいたので、胃の中は空っぽで気を抜くと今にも腹から不平の声が聞こえてきそうなほどだった。
そうこうしている間にジョニーは最後のコップに飛び込みくるくる回って高速で洗うと、蛇口の下に移動させてすすぐ。内側をすすぎ終えると器用にも横倒しにして外側も洗っていた。
『完了っす!』
食器籠へと移動させて自慢げに宣言する。
『うむ、よくやった』
元々は罰だったのだが、与えられた仕事を完了させたことは確かなので、そのことについてはきちんと評価する。厳しく当たるばかりでは配下の者は育たない、魔王業をしていた時に何度も痛感したことである。
魔族であっても人であっても、はたまた鳥であっても褒められて伸びる者は結構多い、のだがジョニーのような性格の場合は、
『ふっふっふ。さすがオレっす。もっと褒めるといいっすよ!』
と図に乗って再度怒られることになるのであった。
はい、ジョニーが騒ぐと話が進まなくなるという典型的な回でした。物置て……。
そして新キャラを登場させるとか言っておいて、未だ織江一人とかもうね、何をやっているんだって感じです。
が、そもそもノリと勢いで書いているので、まあいっか(笑)!