第九話 一〇三号室住人、鈴木弥勒+居候、雀のジョニー
祝 連載10部目(プロローグ込)! と自分で言ってみたり。
『いやっす!幽霊は怖いっす!』
織江が去り際に投下した爆弾に、錯乱したジョニーが部屋中を飛び回っていた。弥勒は一応『少しは落ち着け』と声をかけていたのだが、それがあまり意味のない行為だということも分かっていた。
幸か不幸か多少の分別が残っていたようで、設置された家具に激突するということはなかったため、とりあえずは放置することにした。
そして織江について考える。幽霊、お化け云々は一旦置いておくとして、彼女の態度それ自体がどこかおかしかった。一瞬自分を追って来た元の世界の関係者かという考えが思い浮かぶが、それにしてはアプローチの仕方が腑に落ちない。
それにどちらかというと弥勒よりもジョニーの方に執着していたように思われる。例えるなら新しいおもちゃを見つけた子どものようだった。
『お前の種族の雀というのは珍しいのか?』
『全然っす。レア度一のノーマル種族っすよ。ここら辺も最近は住みにくくはなっているっすけど、瑞子町
近辺なら仲間の誰かがどこかにはいるっす。引き籠りでない限りは、一日に一度は目にしているはずっす』
というのはジョニーを僕にした直後の会話である。つまり菜豊荘の住人である織江にとっても雀は身近な生き物であり、珍しいものではないはずである。
そのことから考えると、やはり彼女が気にしていたのはジョニー自身であるといえる。
ここで問題になってくるのが、肩の上に乗る人懐っこい雀として見ているのか、それとも念話による意思疎通を行う雀として見ているのか、という点だ。
はっきり言って前者であれば、真似をして「肩に乗せてみたい」等の要望があった時にそれを叶えてやればいいので、対策は簡単である。しかし後者であれば、彼女が納得できるような何かしらの説明――もちろん本当のことではなく、嘘やはったりである――をする必要がある。
しかも厄介なことに現代階においては後者である可能性の方が高いのである。加えて、この場合は織江が何を要求してくるのかが分からないことも頭が痛い点だ。これについては臨機応変な対応ができるように、大まかな予想に留めておくべきだろう。
何にせよ情報が不足し過ぎている。面倒ではあるが、向こうの世界の関係者ということも含めて、様々な可能性を考慮に入れながら慎重に行動するより他はないだろう。本当に面倒なことである。
「ああ、面倒くさい」
と思わず口を吐いてしまう程だった。で、その頃になるとジョニーは飛び疲れてテーブルの上に突っ伏していた。
その後、体力が回復してくると同時に再び錯乱しそうになるジョニーを説得――『元魔王であるこの俺に幽霊がどうこうできる訳がない』と言っても効果がなく、最終的に『言うことを聞かないと焼き鳥にするぞ』と言っていたので、恫喝ともいう――した結果、夜間は近くの神社に撤退するということで折り合いが付いた。
そしてその日の夜、外には野生動物という危険があぶない存在がいるということをど忘れしていたジョニーは泣いて帰ってくるはめになるのだが、それはまた別のお話。
そして翌日、まずはジョニーの錯乱騒動によって後回しにされていた部屋の備品の確認を行う。
まずは寝室、一番目に付くのはやはりベッドである。布団は昨日役場から連絡があった後に急いで織江が用意したらしいのだが、とても寝心地がよく、弥勒はとても気に入っていた。
他には衣装箪笥と書棚が置かれていたが、どちらも中身は空で、更に耐震予防のために天井までの隙間に突っ張り棒が張られていた。
次にダイニングキッチン――つまりは台所を見て回る。部屋の一辺には流し台にガス式のレンジが並んでいる。また、昨日織江が言っていた通り、冷蔵庫は既に稼働していていつでも使用可能な状態になっていたが、中身は入っておらず、空っぽの状態である。
『何だか寒々しい光景っすね、冷蔵庫だけに』
とジョニーが軽口を叩いて焼き鳥にされかけていた。
その他、電化製品としては電子レンジやオーブントースターなどが置かれていた。家具類は食器棚等が置かれていて、こちらも寝室のものと同様に地震対策済みで何も入っていない所まで同じである。
トイレは水洗式の洋式トイレだが、特に特別な機能は付いてはいなかった。脱衣所も兼ねた洗面室は少し広めに取られていて、洗濯機はここに置かれていた。浴室もトイレと同じく特別な機能は付いていないごく一般的なものだった。
ちなみにエアコンは寝室にのみ取り付けられていた。
さて、ここまで簡単に紹介してきたが、当然そう簡単にことは進まなかった。
まず電化製品についての説明を――ジョニーが――したり、動かしてみる度に、弥勒が驚いたり感動したりビビったり――決して認めようとはしなかったが――していたので、普通に説明する場合の数倍の時間がかかってしまった。台所のシンクや風呂にトイレなどの水回りについても同様で、これまた相当な時間がかかったのだった。
そしてトドメとなったのが、
「こんにちわー。弥勒さんいらっしゃいますかー?」
織江の乱入である。表向きは管理人代理として新参者である弥勒の世話を焼きに来たということだったが、喜色を浮かべたその表情を見ればジョニー目当てだということはバレバレだった。
『旦那、オレは外に出ていないことにして欲しいっす!念話にも出ないのであしからずっす!』
その気配を察して、ジョニーは一足――一翼?一飛び?――早くベッドの下に隠れていた。お目当ての真ん丸雀がいないことを知った織江は明らかに落胆していたが、弥勒が用向きを尋ねると、
「これを持って来たんです」
数枚のタオルや布類を差し出した。
「これも元々この部屋に住んでいた人の持ち物で、これまではアパート全体の備品扱いをしていたんです。足りなければ残りが一〇五号室にまとめて置いてあるので取りに行って下さいね」
織江によると一〇五号室は随分昔から住人共用の物置として使われているとのことで、防災用の物品代わりに置いておいたのだそうだ。
「基本的にアパートの住人であれば日中は出入り自由です。鍵は部屋のものとセットになっていますので、後で確認してみて下さい。あ、今から行くのであればご一緒しますよ」
同行していればジョニーに会えるかもしれないと考えたのだろうが、わざわざ相手の思い通りになる必要もないので、断わっておくことにした。
「せっかくの申し出だが、まだ部屋の整理も終わっていないのでな。後で行くことにさせてもらおう」
「そうですか……」
すると織江はこれまた思いっきり落胆する。肩を落とすその姿を見ていると、なんだかこちらが悪いことをしているような気にすらなってしまう。もしも狙ってやっているのだとしたら相当の策士である。なので思いっきり話題を換えることにする。
「そういえば、昨日言っていた隣の部屋の幽霊というのは一体何なのだ?」
「あー!いけない、私急用を思い出しちゃったー!」
と素晴らしい棒読みでそう言うと「分からないことがあれば気楽に声をかけて下さいね」と残して、やって来た時と同じくあっという間に去って行ったのだった。
『なんなんすか?あの人?』
呆れるようなジョニーの問い掛けに、同じく呆然とその姿を見送っていた弥勒は答える言葉を持っていなかったのだった。
現実世界でも雀のレア度が上がらないといいですね。
そして織江さん、ジョニーに続くお騒がせキャラになりつつあります。