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わたしの悪魔―――白茨スピンオフ作品(ヴァレリーと少年)

作者: 二号、B型

ヴァレリーと少年の、他愛も無い会話。

初めて人を殺したいと思ったのは5歳の時だった。


さして理由があったわけでもない。

恨みがあったわけでも、殺す正当な理由があったわけでもない。……相手の命を奪うのに正当も何も無いとは思うが。

憎んだわけでもない。むしろ数少ない、好いていた人間のほうに属する。



"彼"は変わり者と呼ばれ、町の者から避けられていた。

よその町から来た者は大体同じような扱いを受ける。その小さな閉鎖的な町がきらいだった。

"彼"はどこか大きい街から来た、何かの学者だった。あるいは医者だったのかもしれない。

茶色い髪、優面にまるい眼鏡をかけ、歳は自分の父親と同じか、少し若いくらい。一人身。あまり喋らない。そして大抵、いつも同じ服で町を歩いてまわる。

それは"彼"なりの研究や、ただの散歩に過ぎなかったのだろう。けれどめぼしい話題に飢えた町人からは格好のターゲットにされ、"彼"が歩くたびにヒソヒソと話す声がついて回った。

そんなところで、"彼"は自分によく似ていた。



はぐれ者同士、なにか気が合うことがあったのかもしれない。

いつしか自分は、気づけばよく"彼"の小屋で座っていた。

なにをするわけでもない。"彼"は"彼"なりの研究や読書をしていたし、自分は川原で拾ってきた石で"彼"の部屋の隅に絵を描いた。

会話はあまり無く、かといって、決して互いを疎んじてはいなかった。

居てもいい。居なくてもいい。そんな、差し障りの無い存在は自分には"彼"だけだった。


"彼"の研究に使われていた、小さな蜥蜴や鼠を殺した事もある。

そんなとき、ふと思うのだ。

"彼"の内臓の色は?

"彼"の骨を断つ音は?

……"彼"の血も、わたしと同じに赤いのだろうか。

















きれいな白髪が目の前で揺れる。

わたしはふとその髪に触れたくなり、彼の後ろ髪に指を絡める。

わたしの気紛れには慣れている彼は、振り向きもせず歩む速度も緩めない。

彼もまた、気紛れであるからわたしたちは色々なことを追従しない。

たとえば、今しがたまで語り続けていた思い出話も。


「あれ、流行ってんのか?」

ふと、彼が前方を指差す。

完成したばかりの駅ビルから、長い足を見せ付けるように若い女性がヒールの音を響かせて通りへと消えてゆく。

「…どれが?」

「短いスカート」

「…あぁ。そうね、たぶん」

「ふーん」

あまりすきじゃないな、と呟いて、彼は公園のほうへと進む方向を変えた。

「きらいなものは?」

「短いスカート。巻いた髪。……それから、子供と母親。口紅も。」

「残念だわ。そのうち3つはクリアしそうよ。」

「……銃を持てば口紅は取り下げる」

「何故?」

ちら、と彼がこちらを振り返る。

意図的な流し目は、相手を挑発する意味も含まれるがこの場合、少しわたしをからかっているのかもしれない。

「似合うからさ」


公園では、ある程度立派な身なりをした男たちが3人ほど、噴水の横で口論をしていた。

持論を押し付け合うさまは見ていて滑稽だが、それほどまでに己の価値を妄信できる姿はむしろ逆に微笑ましい。

わたしが言うと、彼は隣でこともなげに言った。

「あの中の一人が死ぬぜ。そういう感じがする。死臭?」

死臭というのでは意味合いが違うと指摘すると、実に楽しそうに彼は微笑んだ。

「じゃあ、腐り落ちる前の果実。ぐしゃってなる前の、もう終わりが見えてる感じ」

口論はますます白熱してゆく。



「"彼"が死んだのは、思っていたよりもずっと早かった」

脈絡なく話を再開したわたしを不審に思うこともなく、彼は「それで?」と続きを促す。

わたしたちは、切れ切れの時間を繋いでゆくのは得意だ。


「町人たちが彼を殺したの。…その頃町では流行り病で倒れる人が多かった、手っ取り早く責任を押し付ける人間が必要だった」

「ああ、ありがちな」

「貴方は、悪魔は存在し得ると思う?」

「いや」

「彼らは信じた。悪魔祓いと称して司祭が"彼"を殺した。……熟れた果実を叩き付けたように、潰れた内臓と黒ずんた血がわたしの顔と手に散った」

「いや、それ、信じたとかじゃないだろ多分。どうでもよかったんじゃないか、悪魔とか憑いてようと憑いてなかろうと」

「……そうね」

そうなのだろうとわたしも思う。

矮小で臆病な彼らの精神は、ひどく卑屈でもあり、抑圧された暴力の衝動を絶えず抱えている。

恐怖によって触発され増大されるそれは、発散できる絶好の機会を手に入れただけなのだろう。

「それに大義名分が加わればパーフェクトだな」

言葉に出さないわたしの思考を続けるように彼は言った。

「真偽のほどは彼らにとって些細なことだった。命を奪おうが、根拠の無い大儀を護れたなら、それで」


飛び散る血を眺めながら、彼の"血"は赤くないのだと知った。

町人たちは歓喜して、「黒い血だ、悪魔の血だ」と叫んだ。

喜びに打ち震える彼らは、"彼"の身体から内臓を引き摺り出し、教会の裏の木に吊るした。

わたしはそれをすべてみていた。


「まぁ、人間なんてそんなもんだろ」

その一言で全ては足る。欠伸を噛み殺したような彼の声。

事実退屈しているのかもしれない。彼にとって、わたしが見てきたことなど取るに足らない些細な経験であるのだから。


噴水の前の男たちは小突き合い、やがてつかみ合い、止めに入った男を噴水へ突き落とす。陳腐なクライマックスが訪れる。

一人が銃を抜き、凍りついたように残りの二人が手を上げる。

そして2発の発砲。

倒れる男。

2発目はもう一人には当たらず、危うく難を逃れた男が腰を抜かしたように逃げてゆく。取り落とした鞄から書類が溢れる。

どこかで悲鳴。

お粗末な終演。駆け寄る人々。


「あ、そういえばお前ね」

目の前の出来事から既に関心を無くしていた彼が、手持ち無沙汰に白髪の一筋をもてあそびながら見上げてきた。

「血が黒いのはね、野菜不足だよ。あと日光も足りてないかな。肉ばっか食ってると……、……ああ」

なにかを思いついたように彼は言葉を切る。

「なに?」

「なるほど、悪魔に似てるなと思った。野菜が嫌いで太陽の届かない場所にいて、肉ばっか食ってる奴。なるほどお粗末な悪魔論だ」

「そうね」

大したことを話したわけでもないのに、彼は満足げに笑う。

そしてまた、歩き出す。

前方に、この惨劇で店仕舞いを始めたハンバーガー屋を視認して彼は小さく肩を竦める。

恐らく前を通る時に欲しがるだろうと思い、そしてわたしは或る事に思い至って口を開く。


「ところでその悪魔論って、貴方によく似ているわ」


うるさいな、と不機嫌そうな目がわたしを見る。

肉が好きで野菜と日光が嫌いなわたしの悪魔は、無造作に屋台のハンバーガー屋へ近づき、店主を目で脅してカウンターにもたれかかった。


「ハンバーガー、レタス抜きで」

「1ドル22セントです」










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