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いち、に、の姉妹論。  作者: 陽向夏月
保護者の章
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壱一編 前② 過保護か (改訂版)

 着替えの調達をし大きな町へ出発したんだが、五日経ってもオレたちがいる位置は飛んでいる聖岩ヒジリさんの背中、つまり上空だった。


「おかしいな。あの場所からリーゼンまでは一日もかからないんだが」

「おかしいのはアンタの方向感覚だよ」

「む?」


 む? じゃねぇよ。厳つい顔のクセにすっ呆けた首の傾げ方すんな。ちっとも可愛げなんてねぇよ。


「ハァ、たっく……」


 この五日の間で何度目か数えるのも面倒になった溜息をこれ見よがしに吐きながら問題の人間を睨む。余談だが、空の旅三日目あたりでオレの口調から目上の人間に対する礼儀だの何だのを踏まえた丁寧さは消え失せた。

 遠慮してたらオレは一生ニコを見つけられんし、悪くすれば情報一つ得られないままかもしれないと悟ったら一瞬で素になれたぜ。


 敬語? 尊重? 尊敬? 欲しけりゃ、それなりの行動しろっての。


 それもこれも、一日未満で着けるはずの町に全く到着できない飛鳥さんの絶望的過ぎる方向感覚のせいだ。

 オレも他人のこと言えん人間だが、そのオレにでさえヒデェと思わせる強者ぶりだっつーのに、本人は自分が方向音痴であることを頑として認めない性質の悪さを最悪の方向で遺憾なく発揮しているのも迷惑千万。

 オレはここまで酷くねぇぞ。他人の道案内なんざ悪意があるとき以外やらんし、基本的にはちゃんと目的地に着く。ただ道中の安全と時間を保障しないだけだ。


「大人しく聖岩ヒジリさんに任せろっての」

「俺では不満だと言うのか」

「ああ、大いに不満で不安だ。もういい。聖岩ヒジリさん、リーゼンに向かってくれ」

『分かった』

「待て。龍翔リュカ、ひじ、」


 トラブル源が言い訳する前に、聖岩ヒジリさんは今まで進んでいた方向から百八十度身体の向きを直しスピードも上げて移動を始めた。やっぱ方向違ってたじゃねぇかよ。

 飛鳥さん? うるせぇから聖岩さんに尻尾で引っ叩かれて大人しくなったぞ。


『この調子ならば昼頃には着く。それまで昨日の復習でもしておくといい』

「おう」


 空の旅初日から飛鳥さんに頼んで読み書きと金のこと、一般的な常識などを教わっていた。

 勝手の知らない異世界だ。ゼロからじゃなくマイナスからのスタートだと考えて行動しなければいつ足元をすくわれるか分かったもんじゃない。

 特に金関連は重要だからと最初に覚えたら何故か二人に微妙な顔で見られたが気にしない。金は大事だろ。文句あんのか。

 しかしやはりと言うべきか。文字は厄介だったな。一般人レベルの読み書きはほぼマスターしたが、小難しい言い回しはまだだ。

 ただ、ファンタジー系トリップ特有の脳内変換機能が付いているらしく会話する分には問題ない。一人で歩き回れるくらいには一般常識を習得できた。どっかの誰かのおかげで時間だけはあったからな。


「……勉学に関しては龍翔から教え甲斐を感じん」

「こっちはむしろ優秀な生徒だって感心してもらいてぇよ」


 もっとも飛鳥さんの教え方が上手いのも飲み込みが早まった要因でもあるが、メンドーだから黙っておこう。教え上手+スパルタ教育の人をおだてれば課題が増えるのは目に見えているからな。





 リーゼンの町に着いたのはちょうど昼時で。

 大きな港町であるそこはたくさんの人間で賑わっていた。


「この大陸で一番デカい港、だったか」

「そうだ。多種多様な職種の人間が行き交い交流を広げている。他国の情報を得るなら港町か王都が理想だ」


 ならここは最適か。リーゼンは第四フィーアト大陸に君臨する二大大国の片側、ミルゼル国の領地だった。

 活気ある声と一緒に涼しい潮風が街中を縦横無尽に通り抜ける。

 港なだけあって停泊している船の数も多いうえに、大きさや豪華さもそれぞれの特徴が際立っていて眺めているだけでも十二分に面白かった。


「捕れたての魚はいかがですかー!?」

「そこの奥さん! リーゼンの織物は第四大陸一だぜ!」

「傭兵ギルドの者でーす! 登録者募集中でーす!」


 そして飛鳥さんの言う通り、本当に色んな人間がいる。町人、商人、貴族、船乗り、旅人、傭兵その他諸々と数こそ少ないが聖岩さん以外のドラゴンも見かけた。

 ああ、そのことで結構驚いていることがある。


「聖岩さんを見ても誰も驚かないんだな」

『我ら以外にもドラゴンを連れている者たちがいるからだろう』

「たしか竜騎士だったか?」


 ドラゴンと行動を共にして信頼関係を築き共闘する騎士職の一つ。就きたい職業トップスリーにランクインしているとかいないとか。

 イヤイヤイヤ、人間より遥かにデカい、それこそ他のドラゴンたちよりも二回り以上大きい聖岩さんが堂々と町を闊歩しているんだぞ? 普通は気になるだろ? オレは気になる! 竜騎士の奴らだって気になるだろ!? いや、むしろ気にしろ!


「聖岩は地竜の魔力特性を使ってわざと他のドラゴンよりも目立たないようにしているぞ」

「魔力特性?」

「地竜の主食は鉱石や鉱物だが、ただ食べるだけではなく食べたモノの特徴や影響力を自身に投影することができる。ただし好みのモノであること、種類は多くて三種などの制限がある。聖岩にはないが」


 ん? 最後何か言ったぞ? 聖岩さんにはない?


「聖岩は他の地竜と違い何でも食べられる。そしてその全てを自分へ投影できるんだ。今は石を食べているからソレ程度の存在感しか周りに認識させていない」

「オレたちもってことですか?」

「俺や龍翔リュカは除外されているはずだ。聖岩は影響を与える対象も自由に選ぶこともできるからな」


 聖岩さんはとんでもないチートドラゴンだった。


『節操がなさ過ぎて地竜の中では悪食で通っている』

「ドヤ顔で言うことじゃないッスよ。飛鳥さんも竜騎士なら竜騎士らしく自分のドラゴンの不名誉な通り名を放置してないで――」

「俺は竜騎士ではなし、聖岩も野良フリーのドラゴンだぞ?」


 んん? 何だって? 竜騎士じゃない?


「ドラゴン連れてるだろ」

「俺の職業は無所属フリーの傭兵だ」

『我も生まれてこの方、ただの一度も協定契約を結んだことがない』


 マズイ。頭痛がしてきやがった。肝心なところをおっとりすっ呆けるのは飛鳥さんだけと高を括っていたのは大きな間違いだったようだ。


「……じゃあ、二人の関係は何なんスか」

「『友。連れ立っているのは気が合って楽しいからだ』」

「…………有りなのか、それ?」

「普通はないな」

『世界広しと言えどもこんな珍妙な関係性を築いているのは我らしかおらんな』

「聖岩とは物心付いた時から一緒に生活している。言葉は通じずともその辺の竜騎士たちより余程気持ちを分かり合っていると思うぞ」

『うむ。飛鳥は古代竜エンシェントドラゴンお墨付きの変わり種ゆえ、言葉を介さずとも退屈のない楽しい日々を送らせてくれるぞ』

「あ、もういいッス」

 

 もうこの人らに関する細かいあれこれを気にするのはやめる。理性がいくらあっても足りないからだ。




 一先ず町を歩き回って情報を集めた。結果だけを述べるなら、収穫はあった。

 屋台でたまたま隣り合った船乗りから訊いた情報は――。


 ニコがいるのはエプシ海を挟んだ向こう側の国のスピネル領と、性別、多少の容姿だけでそれ以外の情報は出ていない。名前が漏れていないのも不幸中の幸いだった。

 真っ先に漏れそうなのにな。意図的なのか、複数の思惑が絡まっての偶然か。


 次にもう一人の異世界人(オレ)の情報。

 初期に発見された場所から忽然と姿を消したっきり、まだどの国も見つけておらず血眼になって探し回っているらしいがどうにも見つからないと。そりゃあそうだ。本人、ここにいるしな。

 つーか、途中で姿を暗ました情報はあそこで監視していたヤツにしか知りえない事で、それが一般人も知っているとなると察知していた以上にあの場に隠れて見ていたヤツが多かったってことか。クソ。

 だがニコよりも流れている情報は格段に少ない。これも不幸中の幸いだな。


 あとはオレというより飛鳥さんの情報網の補填的なモノだ。

 この二、三日の間にこの国は陸空海すべてで人の出入りを厳しくし始めたとか。

 外から来る者には厳重な身体検査と身分の確認、目的の詳細を聞き、不適切と判断されると入国不可。無理矢理突破しようとすればその場で御用となり投獄、悪ければ処刑。

 中から外に出ようとする者にも同様の検査確認、プラスαで発行されている手形を購入させて帰って来た際に回収と本人確認をする、少しでも怪しければ以下同文。

 厳しく取り締まる表向きの理由は長引く戦争がスパイの出入りによるものだからソレを阻止するためで、本当は財政難の改善とあわよくば行方不明の異世界人を確保できるかもしれないという安易な発想によるものらしい。

 手形の料金が一般人の給料の三倍って、馬鹿なのかこの国の王族は。一般人舐めんなよ? ストライキ起こして物流止められたら国家生命に係わるぞ。


「厄介なのは手形の入手だな。発行は王都限定」

「無駄に高いしなー」  

「手形の発行だけに王都へ行くのか……」

「その嫌そうな口ぶりは遠いからなのか? それとも面倒だからなのか?」

「両方だ」


 両方かよ。

 いや、オレが飛鳥さんの立場でもきっと同じ台詞を言ったな。この件は黙っておこう。


「……すんなりと発行してもらえるとは思えん」

「なんでだよ」

「簡潔に言えばこの国の上層部と仲が悪いからだ」

「アンタこの国で何やらかしたんだよ」

「む?」


 あ、自覚ねぇなこの顔。もしくは綺麗サッパリ忘れてるかだ。

 国の上層部に疎まれるほどの悪行をやらかす人には見えんが、変なとこ抜けてるからしょうもねぇ事で逆恨みでもされてるんだろ。この五日間で嫌ってほどソレを理解したからすんなり納得できるぜ。


「全く当てがないわけでもないが」

「ないが?」

「相手に迷惑をかけるやもしれん」

「難しい立場の人間なのか?」

「この国の第八王子だ」


 第八王子?

 ……王子!?


「……王子と知り合いなのか」

「昔、仕事の依頼を受けた。そのときに大袈裟に感謝されて以来、今でも密かに交流を続けている。この国の王族の中でも数少ない信頼のおける人物であり、まともな感性も持ち合わせている貴重な人間だ」

「……」


 飛鳥さんがこの国の政治家を快く思ってないのがありありと分かる言い方だったな。

 それに上の連中と仲が悪いなら必然的にその第八王子に頼るしか手形を手に入れる手段がない。


「頼ってばっかで悪いが、連絡を取ってもらえるか? こんなことで無駄に時間を削られたくない」

「悪いなどと思う必要はない。俺とこの国の相性が悪いのも原因だ。気にするな」

『龍翔。遠慮などせずに飛鳥を頼ってやれ。そなたが思っている以上に飛鳥はそなたを気に入っている。世話をやかせてやれ』

「……」


 言われ慣れないこと真っ向から言われるとこんなに居心地悪いんだな。……背中がむず痒すぎる。

 適当に視線を逸らしてソレを返事の代わりをすれば、前を歩く飛鳥さんとオレの後ろにいる聖岩さんに同時に笑われた。

 ……なんだよ、文句あんのか。言われなくても可愛げのなさと天邪鬼な性格は自覚しとるわ。





「では行ってくるが、本当に一人で大丈夫か?」

「しつけぇ。問題ねぇっての」

「……ハァ、問題ある。オマエは絡まれやすい顔立ちをしている。売られた喧嘩も買う性格だろう。ウロウロするなとは言わんが、人が少ない場所には」

「アーアーアー。その小言はもう三回目だ。それにオレよりも自分の心配しろよ。聖岩さんがいなきゃ知り合いの家に辿り着けねぇクセに」

「む……」


 あからさまに顔を顰める飛鳥さんを無視し、鬱陶しさと一緒に背中を押して聖岩さんへ預ければやっと諦めたらしい。


「……陽が落ちる前には戻ってくる」

「アー」

「何かあったら俺の名を出せ」

「アー」

「喧嘩を売るのも買うのもなしだぞ」

「アー」

「……ハァ」

『……ハァ』


 面倒臭さ全開で答えてたら溜息吐かれた。しかもダブルで。

 むしろオレがその過保護っぷりに溜息吐きてぇよ。

 早く出発しろって。

 見送る気が失せる前にさっさと行けと脅してようやく、オレは久しぶりの一人の時間を獲得した。


 ――と喜んだのも束の間だった。

 突然オレの足元の地面が消えやがった。何なんだよコレ。



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