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いち、に、の姉妹論。  作者: 陽向夏月
保護者の章
8/119

壱一編 前① 悪くなかった (改訂版)

 ――よかった……ちゃんと生きているッ。


 ……ああ、またこの夢か。

 物心ついた頃から何度も見ている。おそらく見なかった回数を数えた方が格段に早い。

 


 ――この世界は君にとってとても生き難くなるだろう……。


 毎回同じ内容を延々と繰り返すこの夢がどんな意味を持っているのか分からない。二十年近く見てきてもだ。

 分かることと言えばココが暗闇だけの空間であること。他のモノは何も見えない。自分の身体でさえ。

 そもそもこの夢の主人公がオレであるかさえ怪しいとこの数年疑問に感じているが、やはりコレもハッキリしない。

 意識はたしかにオレなのだが、何か遠くの話をどこかでボーっとしながら聴かされているようにも思えた。録画した番組を意味もなくただ流して眺めているような、そんな感覚が近いかもしれん。


 ――これが正解なのかは分からない。だが、ここに居続けるよりは良い選択だと願う。


 誰かが誰かに語りかける。ほとんどコイツが話しているのだが、その口調がまるで懺悔に聴こえて、あまり聴き心地は良くないし、誰だって何も見えなく音声しか情報元がない空間に長居したくはない。


 ――こちらのことはワタシに任せるんだ。君はあっちで何も知らずに健やかに生きてくれ。二度とヤツらと関わらない人生を、君の本当の人生を謳歌するんだ。


 最初の頃は本当の人生ってなんだよってイラついた。最近そこまで目くじらを立てて気にはしなくなったのは、どうせ何についての夢か分からなく、自分が確実に出来るのはやく終われよと願うだけだと諦めが付いたのもある。

 それに今はこの夢に構っている場合じゃない。これを見ているということは、現実のオレが眠っているとういう証明であり、一秒でも早く目を覚まさねぇと今度はどんなクソみてぇな状況に晒されているか分かったものじゃないのだ。


 早くしろ、早くしろ。


 そう念じている内に夢の内容が佳境に入った。


 ――……すまない。こんな形でアナタに頼ること、再びアナタと彼を引き裂く事態になってしまったこと、ケジメの付けようがないのは分かっている。だがっ、ワタシとアイツにとってこの子は……ッ! いや……ワタシたちにはもうそんなことを言う資格もないな。善人を演じてアナタの心をより傷つけるのはよそう。愚かな人間らしく、最後までアナタを利用させてもらう。今後ヤツらの関心は全てワタシが引き受ける。この子の存在を知っている人間もアイツが消している。あとはアナタがこの子を安全な場所に移してくれるだけでこの子の命もー……彼の尊厳も守れる。だから頼む、協力してくれ……古代竜エンシェントドラゴン


 ……古代竜。何故かこの単語だけは本で意味を調べる前から覚えがあった。

 まぁ、今はどうでもいいだろう。

 そろそろ目も覚めるはず、


 “――だれか――”


 ん?


 “――だれ、か……っ!――”


 この夢に初めてもう一つの声が参加した。

 が、オレの意識はすでに浮上に向かっていて声の主について詳しい情報はとくに得られなかった。



 ――パチリ。


「……」


 瞼が上がった瞬間に全神経を耳と周囲の探りに向ける。

 結論は不審な音や気配なし。もちろん上手く気配を殺して物陰に潜んでいる可能性も考えて慎重に起き上がった。

 ……背中がいてぇし、空気も粉っぽいな。それにわずかだが血臭がする。


 そう感じた理由はすぐに判明した。

 起きる際に掌が掴んだ感触だ。固く冷たい石のものとその上に積もる埃、さらにその下の液体が乾いたときのザラつき……おそらく血だろう。

 粉っぽさに混じっても臭うくらいだ。一人二人程度の量じゃない。そりゃ寝心地も悪いわな。

 がしかし。悪いが、ここで血生臭い何かがあったかなんてオレにはどうでもいい。それくらいで悲鳴を上げてやれるほどカワイイ性格をしてねぇし、スプラッタ映画とか食べ物喰いながら鑑賞する人間なんで曰くつきの場所も平気だ。

 遠慮なく起きるとしよう。

 立ち上がっただけでも埃が煙のように舞い散って、鼻と口を手で守る。

 視界は元々夜目も利くし、視力も抜群に良い方なのでこの程度の遮りは問題なかった。


「……」


 ふむ。

 何かが動く気配はしない。オレ以外は誰もいない、か。あるいはこの鬱陶しい埃ン中でも身動ぎ一つしない根性の持ち主か。

 まぁ、何にせよ、反撃する態勢は整えてある。

 しばらく好きなように探索しよう。


「きったねぇな……」


 ざっと見渡してみたが、場所自体は広くもなければ狭くもないといった半端さだ。積りに積もった埃の高さが軽く十センチ近くあるし、半端な面積の原因は扉や通路、天井を突き抜けて塞いでいた土砂だった。

 崩れた壁の隙間から風が流れ込んでくるため呼吸は問題なく出来たし、おかげで外へ繋がる可能性も見えた。


「にしても、デカいな」


 中央付近で大人一人が余裕で入るサイズの試験管に似たモノを見つけた。

 おびただしい量のくだに繋がれたソレはガラスが割れてほとんど壊れている。何が入っていたのかは分からないが、今でも吐き気を催すほどの血の臭いを濃厚に残しているのはコレの周辺だった。

 ……何故か見ているだけでも不快だな。

 ただでさえ広くない場所にいて不愉快だというのに、試験管もどきにこんだけイラつかされるとは。理由は知らんが、とにかく腹が立つし胸くそ悪い。もう視界に入れるのは止そう。


 それから埃まみれになりながら適当に歩き回って何か武器になるモノはないか探したが、めぼしいモノはなかった。……ニコのカバンにだったらスタンガンと鉄扇があったかが、ないものは仕方ない。

 見つけたモノといえば、試験管、くだ、やたら太いパイプ類、ビーカーに似たガラス製の器、大中小と種類豊富な骨、あとは手術台のようなベッドだな。どれも埃と土砂に埋もれていて、試験管と同様で壊れていた。

 まぁ取り敢えず、散らばっている物から此処が研究所のような役割を担っていたと予想できる。

 何の研究をしていたかは興味がない。どうせロクなことじゃねぇだろ。あんなサイズの試験管とこびりついた血の臭いだけでも人体実験あるいは生物実験あたりに手を出していたと考えるのが妥当だ。

 もう他には何も出てこなさそうだな。

 ちょうど切りが良いと思い散策する足を止めたが失敗した。


「…………」


 ……けして狭くはないと言い聞かせても脳が勝手に閉じられたと認識した瞬間、せり上がってくる吐き気の不快さに顔を顰めた。

 アー……クソ。ぶっちゃければ閉所が大嫌いだ。拘束されたり、押し込まれたり、圧迫感を伴う場所や行為が大嫌いなのだ。

 コレはさっき見た夢と同じで原因不明のまま長年腐れ縁を続けている。

 ……そんなことはどうでもいいか。


「……出口」


 無理矢理でも思考を切り替え、外に出ることを優先した。

 目を向けたのは唯一発見できた損傷の少ない扉だ。改めて周囲に気を配りながら足を進めて取っ手に付いた埃を払落し何度か適当に動かすと。


 ――ギィィィィ……。


 鉄が錆びきった、耳に優しくない音を立てながら扉は口を開き、その先には上へと続く石造りの階段が待っていた。

 例の如く埃と土砂がセットになっているが昇れないことはない。時間も惜しい。行くか。



 滑りやすい埃と泥の混ざった砂利に気をつけながらこれまでの出来事を整理しつつ先を進む。


 まずここ。頭がイカレでもしていなければ異世界。

 何故異世界にいるのかは知らん。

 数日連続の徹夜明けだっつーのに、家に転がり込んで来た愚妹が実は補習があると抜かしたから追い出そうと玄関の扉を開けたらクソ眩しい光で視界が遮られて、気付いたら異世界コンチワだ。

 当然、最初に目を覚ました場所もこの地下研究所にも見覚えがない。

 いきなり襲いかかってきやがった兵士たちの鎧のデザインも然りだ。

 まぁ、鎧や武器だけならギリギリ中世ヨーロッパとも思えなくもないが、戦場だろうあの場でそこかしこから鼓膜をツン抜けていく音の中に何かを唱える声があった。

 そしてその詠唱のあとに必ず爆音やら轟音、絶叫が聞こえたし、一度砂塵の隙間から氷の塊が矢のように飛んでいくのを目撃してしまい、思わず舌打ちしてしまった。

 よって片隅で考えていた過去にタイムスリップ説も否定され、異世界説、それも魔法が存在するところに落ち着いた。


「そういやぁ、ニコのヤツもいきなり消えたな」


 クッソ弱い兵士ども殴っている最中、ニコの歌声にノイズが入ったから急いで振り返ったんだが、手を掴む前に目をつぶって歌うアイツの姿が一瞬でなくなった。

 兵士に構っている僅かな隙を突かれて魔法を使われたのか。

 もしそうなら怪しいのは遠くからオレとニコをずっと監視していた連中か。

 最初、近づいてきたから思いっきり威嚇してやったら距離を置いて様子見に入った。だからチャンスと兵士共々撒きに行ったのにアイツらは撒けなかった。ムカつく。

 そンでもってだ。ニコが消えた直後からのオレの記憶もねぇ。

 気付いたらあの夢で、目を覚ましたらここだ。意味分かんねぇよ。

 いや、あの兵士どもとストーカーどもがいないだけマシか。

 ニコのところに行っているンならアイツが消えた瞬間に兵士も消えているはずだが、オレの意識が途切れるまで確かに視界に入っていたから、あっちも大丈夫だろう。

 ー……目下の不安はニコだ。

 頼むからよく頭を使って行動してくれよ。危なくなったらゲスの造ったクスリとスタンガン使って乗り切れ。最悪、鉄扇で殴って逃げろ。

 間違っても怪しい連中の口車に乗せられて利用されたり、軽はずみな行動したり、厄介事に首を突っ込むなよ。諸々の手間が増える。……ニコだからおそらく無理だろうが。


 まぁ、当面の一番の問題はうちの阿呆ニコをどうやって探し出すかなんだが。

 どうやら出口に着いたようだ。

 一見行き止まりの天井に見えるが、その外側から葉の揺れる音が聞こえるから間違いないだろう。

 取り敢えず外に出て必要最低限の情報を集めてからニコをどうするか考えるとしよう。


 真上に開閉するらしい扉を叩いて押し開ける。

 暗い場所から明るい場所に出たときに起こる明順応に一瞬だけ目を細めたが、いつもより短い反応時間で済んだ。そういえば夜目も兵士を蹴り飛ばしたときの速さと力がいつもより強かった気がする。異世界特典というヤツで身体能力が上がったのだろうか。


 目を覚ましたときと同様に周囲に注意を払いながら穴蔵を抜け出る。

 そうして視界に映ったのはココを囲むように並ぶ巨木たち。

 滅多にお目にかかれないだろう特大サイズがそこら中に根を張って立っていて、あの穴蔵の入り口も一際大きい巨木の根本に上手い具合に隠してあった。


「……」


 動物らしき気配はするが、人間の気配はしない。

 というか、最初の場所と百八十度違う場所だな。森の奥の奥って感じに静かで厳かな雰囲気がある。

 こういう場所でのんびり暮らしてみたいもんだ。まあ、オレには無理な話だが。

 さてどうすっかな。

 十分に警戒しながら一歩踏み出しかけたときだった――。


「――思ったよりも早く出てきたな」

『心配で聞き耳を立てていたクセに、素直ではないな』


 ――ッ!?


 二人分の声――一人は妙な感じに聴こえたが――に即座に振り返りって臨戦態勢をとったが、悲しいかな。オレも一応普通の人間だから驚きまではどうともできなかった。


「――ッ!?」


 穴蔵の入り口をちょうどよく見下ろせる位置で、巨木に寄り掛かりながらこっちを眺める黒髪の男とその後ろで影のように佇む濃い琥珀色の生き物……ファンタジー物でおなじみのドラゴンという存在の姿に息を呑んだ。

 ……気配も匂いも、呼吸音も分からなかった。


「……」


 背筋に走る僅かな震えが、恐怖からなのか未知の存在に対する歓喜からくるのか自分でも区別できない。ただ不思議と不快感はなかった。

 こちらが黙って出方を窺っていると黒髪の男が明るい鳶色の鋭い双眸を僅かに和らげて先に言う。


「体勢を整えるのが早いのは良いことだ。気配の探り方と消し方もよく出来ている」

「……」

「警戒心の高さも十分に及第点だ。が、上には上がいる。慢心せずに鍛錬に励め」

「…………は?」

『すまんな。こやつは生粋の武術馬鹿なのだ』

「武術馬鹿……」

「む? よく分かったな」


 いやいや、アンタの後ろのドラゴンが言ったんだろ。

 むしろなんでそこまで不思議そうな表情できるかオレの方が驚きだわ。

 警戒心は緩めずに黒髪の男に呆れると、当の本人はやる気があるのかないのかハッキリしない表情、俗に言うすっ呆けた顔で「あ」と短くもらす。


「すまない。順番を間違えたな」

「は?」

「オマエを待っていたぞ、異世界人」

「……」


 オレを異世界人だと知っている?

 あの戦場にいたヤツか? ……いや、オレもニコもそのことは口にしていない。

 なら服装から予想してカマをかけているのか。何にしろ、油断できない。口はもちろん、顔からも何も拾えないよう表情を消す。


「……」

「オマエたち姉妹が置かれている状況を説明しよう」


 ……。

 何故オレとニコが姉妹だと断言できるんだ?

 オレの姿はどう見ても男だ。今までも一発で見破るヤツなんていなかった。

 本当に何か知っているのか? だとしたらどうするべきか。

 こんな場所で異世界人を待ち伏せしていて、なおかつ姉妹だと言い切る理由には正直、興味がある。

 ……今は真実か否か考えず得られる情報を確実に取った方がいい。こっちの世界に疎いままじゃ、この先どんな事態になっても不利だし、どうせなら他のことも引っ張りだしてやろう。

 聞き出せるだけ聞いて、信じたと見せかけ人が住んでいる場所まで案内させてから逃げるのも手だ。その手段も移動中に考えればいい。

 最悪、一戦交えるハメになるが、そのときは隙をつくることを第一にして動けば逃げ出せる可能性が出てくるだろう。

 だが、念には念をだ。今度はこっちから本当にオレとニコしか知らない情報を持っているかどうか試す。


「……オレたちの名前は?」

「名前までは知らんが、オマエの年齢は分かる。二十二になっているはずだ」


 この見た目――悔しいがかなりの童顔だ――を見ていてもドンピシャか。


「ー……分かった。話しを聞こう」

「ああ。まずは――」





 話が終わったのは、陽も落ち、森の様子も昼より一段と静まり返った時間帯だった。

 やっと、やっと終わったぜ……。クソ長かった。

 ぶっちゃけ全く関係ない異世界人を巻き込むなって話だよな。何だよ『竜狩りの歌姫』って。『黒竜』も何回復活すれば気が済むんだよ。迷惑だっつーの。

 寒気がしたのはオレかニコがその歌姫だって可能性だ。誰が世界の家畜になるか。オレは人助けなんてゴメンだ。手がかかる存在はニコだけで間に合っている。

 そう拒否したら「おそらく歌姫なのは妹の方だ」と言われた。あと『ドラゴンと魔声士の魔力は反発し合う性質を持っている。オマエからそれは感じられない』だとよ。

 ニコのヤツ、終わったな。

 まぁ、それについては追々対策を考えるとしてだ。

 メンドクセーのが、今も昔も世界中で『黒竜』の力を利用したり、歌姫の捕獲如きに戦争までやらかしている王さまが大半って事実だ。

 いくら人間にとってドラゴンの素材が貴重で、歌姫の力が世界平定の一翼を担うからって短絡的だろ。


「何なんスか? この世界の権力者はアホばっかなんスか?」


 溜息を吐くオレに黒髪の男――飛鳥アスカさん――が淡々とした調子で続ける。


「安全な位置に座る人間は大抵強欲に走る。愚王には誰でもなれるが、賢王になる人間は稀だ。この二百年間、たまたま賢王になる人間がいなかっただけのことだ」

「先代の歌姫が『黒竜』の力の危険性を遺言で残してるのに武器化して戦争するとか理解できねぇンすけど」

「ドラゴンの持つ高い魔力は死んだ後もその身体に残り効果を発揮する。それはつい先ほどまで憎いと挑み倒した『黒竜』の力であっても例外ではなかった。最大の脅威が去った世界は、各国が領土拡大の戦争を再開した。自国が勝利するための道具として古代竜エンシェントドラゴンと同等の力を持つと謳われる『黒竜』の身体を欲したんだろう」

『人間に対して深い憎悪を抱く『黒竜』は、たとえ鱗一枚であっても人間へ害をもたらすとういうのに、愚かな者たちは競って亡骸を利用した。先代の歌姫が残した忠告を当時の人間たちは聞き入れず、『黒竜』が存在しない状態で『黒竜』の力による死者を続出させる結果になったのだ。二百年経った現在でも裏世界には何食わぬ顔で取引されている』


 飛鳥さんのドラゴン――聖岩ヒジリさん――が苦々しく付け足す。

 ああ、彼らをさん付けしてる理由は、長過ぎて腹が減ったオレに飛鳥さんが狩りたての肉をご馳走してくれたからだ。聖岩ヒジリさん曰く、滅多に獲れない絶品の肉らしい。とろける肉質で美味かった。

 一応、調理過程は監視させてもらった。毒や薬を使った素振りはない。何より飛鳥さんも聖岩ヒジリさんもガッツリ食っていたし、そのあと解毒剤の類いを飲んでいたりもしない。大丈夫だろう。

 そもそも飛鳥さんがオレを待っていたのは大きな恩がある古い知人に頼まれたからで、その知人てのが一昔前まで存在が伝説とされていた古代竜なんだと。

 事はその古代竜がこの世界の占い師たちとは別に未来を透視した結果オレたちの存在を知ってアホなヤツらに利用されないよう保護を頼んだことが始まりで、疑り深いオレの性格も見越していくつか証拠能力のある情報を飛鳥さんに持たせて迎えに行かせたと。

 オレがこの話と飛鳥さんを信用したのは古代竜が関わっていることが主な理由だ。

 どうも引っ掛かるんだよな。

 夢の中の古代竜と関係あるかは知らんが、一度会って話をしてみても損はないはずだ。

 もっと詳しいことを知りたければ直接、古代竜に訊いてみろって言われたしな。

 よし、もう一応の一区切りはついただろ。

 何故か今日はやたら小腹が空いたし、狩りの仕方を教わって夜食を喰いたい。


 ――て、思ったんだがなぁ。


「今後のことだが、一先ず明日は大きな町に出て妹の情報を探る」

「へーい」


 真面目ッスねー。

 ニコのことなんかすっかり忘れてたわー。

 生返事をするオレの頭に聖岩ヒジリさんの尻尾がズシリと置かれ厳しい声が響く。


『シャキッとしろ』

「ういッス」


 一瞬、飛鳥さんの目が訝しげに細められたが、すぐに元通りの鋭さになる。

 てか、目付き悪いよな。他人のこと言えねぇけどよ。


「町に行くことで一つ提案がある」

「なんスか」

「徹底して正体を隠せ。オマエの正体が知られると厄介なのは説明した通りだ。せめて妹と合流するまでは隠した方が動きやすい。オマエもわざわざ追われたくないだろう」

「まぁ。で、具体的にどう隠すんスか?」

「性別を男にし名前も偽名を使う。その見た目と口調、身体さばきなら男と言っても疑われない。服も途中で着替えてもらうぞ。俺の子供の頃のだが着れるよう直しておいた」


 おー。オレ的にはむしろ好都合な展開だ。

 どうせ男の恰好する気だったしな。服も貸してもらえるなら遠慮しない。


「名前はどうするんスか?」


 飛鳥さんが漢字を使っているから日本に近い文化なのかと思ったが、飛鳥さんの一族だけが例外らしい。ためしに世界の主流を訊いたら洋風だった。

 ニコは問題ないとしてオレの名前は普通に使ったらアウトだな。

 偽名かー。馬鹿みたいな響きじゃなければ何でもいい。だんだん面倒になってきたオレとは違い、隣に座る飛鳥さんは真剣に考えていたようで。


「ー……リュカ、では嫌か? 俺の一族が使う『龍』と『翔』という字を合わせて龍翔リュカだ。オレの一族としても通用し、主流からも大幅に外れない」

「リュカ……」


 龍がかける、か。


「喜んで使わせてもらいますよ」

「そうか……」


 飛鳥さんがホッとしたように力を抜く。

 そんなに一生懸命考えてもらったんだ、大事にしますよ。

 リュカ、龍翔。うん、普通にすっげー気に入った。


『そやつの武術と命名の才は保障するぞ。我の名も飛鳥がつけた。長く生きる中、多くの名で呼ばれたが一等気に入っている』

「聖なる岩か。聖岩ヒジリさんに似合ってる」


 聖岩ヒジリさんは地竜アースドラゴンという種類のドラゴンで深みのある綺麗な琥珀色の身体をしている。

 残念なことに特性から目が退化してほとんど見えないらしいが、聴力がズバ抜けて優れているおかげで視力がなくとも空間把握ができるから特に問題ないって教えてもらった。ドラゴン、スゲー!


『そなたの龍翔の名も中々であるな』

「おう。本名より好きだ」


 あ、つーか。オレ自己紹介してねーわ。忘れた。

 ……まぁ、今さらいいだろ。あの名前は元々好きじゃねぇしな。

 そうやって聖岩ヒジリさんと話していると飛鳥さんがあの訝しげな視線をぶつけてきた。


「先程も思ったが、オマエは一人で何を言っているんだ」

「何って聖岩ヒジリさんと話してるだけっスけど」

聖岩ヒジリは人語を話さないぞ」

「いやいやいや。さっきからメッチャ喋ってるじゃないスか」

「俺にはオマエが一人で話しているようにしか見えない。たしかにドラゴン同士で使っている言葉はあるが、人間には理解できない」


 ……は?

 や、だって割りとハッキリ話して――。


『我はそなたの頭に直接話しかけているだけだ』

「ハアァアッ!?」

『飛鳥の声と我の声とでは聴こえ方が異なるだろう?』

「アー……まぁ?」

『ドラゴンは基本的に念で会話を行う。そしてその念は人間には感じられないものだ。だから大抵の人間は表情や雰囲気からドラゴンの気持ちを推測する』

「じゃあオレはなに?」

『知らん。古代竜に訊け』

「これもかよッ!!」

「?」


 いや、ドラゴンと話せるのは嬉しいが人外っぽくて納得いかねぇ!

 オレは人間だ!


 このあと飛鳥さんに今のを全部説明したら……。


「それは便利だな。羨ましい。食い物を獲ってくるから詳しく説明しろ。夜は長い」


 やたら食いつかれたぜ。オレも絶品の肉にカブリついたが。

 結局、飛鳥さんから解放されたのは陽が昇ってからで、眠気より食い気が勝ったオレたちは朝飯を捕獲しに出掛けた。


 何やかんやで異世界初日は予想外に悪くないものだったな。



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