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いち、に、の姉妹論。  作者: 陽向夏月
保護者の章
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ニコ編 前③ この世界に来てしまった原因が判明しました (改訂版)

「あの、モルガさまって?」


 私の声にアンヌさんがハッとして慌てて頭を下げてくる。


「申し訳ございませんでした。……モルガさまというお方は半年ほど前にお亡くなりになられたベリルさまのお母上さまでございます」

「ベリルくんのお母さん……」


 ……亡くなっていたのかぁ。

 領主さまが留守だからベリルくんのお母さんも一緒に出掛けているんだと思っていたんですが、こっちの理由でしたか。

 申し訳なさそうな視線で私の隣に座るベリルくんを見つめるアンヌさん。

 ……うん、ここは元気と明るいことが取り柄のニコちゃんがフォローを入れなきゃね!


「ベリルく、」

「……う?」


 当の本人は大人が何を話していたのか全く聞いていなかったようで、キョトンとした可愛らしいお顔で首を傾げてくれました。

 ……大丈夫、でもないのかな? いやそんなまさか。もしかしたら小さ過ぎてお母さんが亡くなったことをちゃんと理解し切れてないのかも。


「シャロン」

「はい、アンヌさま。――ベリルさま、ニコさま。お飲みものは何がよろしいですか?」


 ナイスです、お二人とも! 喜んで私も乗っかります!

 

「私は冷たいものでお願いします! ベリルくんはどうする?」

「…………ベルも、ニコといっしょ」

「かしこまりました」


 クッ……! 小さい子にマネされると妙にテンションが上がるんですけど、私だけでしょうか? 萌えです。……もしもここに誰もいなかったらベリルくんのぷにぷにスベスベの頬っぺたに頬擦りして奇声を上げていたかもしれないですね。


「お待たせ致しました。ハチミツ入りのアイスミントティーでございます」

「ありがとうございます! いただきます!」


 ゴク。

 こ、これはっ!!


「美味しいっ!! ミントの爽やかな香りとハチミツのまろやかな甘さが絶妙ですね! これは是非とも作り方を教わりたいですッ!」

「それはようございました。このミントティーは料理長の拘りのものでしたので、ニコさまの一言はとても喜ばれると思いますよ」


 おやおや?

 なにやらアンヌさん、とても嬉しそうなお顔をしていらっしゃいますね。まるで自分が褒められたときのような。


「……料理長はアンヌさまの旦那さまでございます」

「ああ、なるほど」


 シャロンさんがこっそり耳打ちしてくれました。

 可愛らしい眼差しでミントティーを眺めているアンヌさんをシャロンさんとニマニマしながら見つめていたら、こっちに気付いたアンヌさんが誤魔化すようにコホンと咳払いをした。照れる知的美人さん、ごちそうさまです。


「ニコさま。今後でございますが、そのことについて領主さまより言伝をお預かり致しておりますのでお耳に入れて頂けると幸いです」

「領主さまが私にですか?」

「はい」


 なんだろう。まさか、さっさと出て行けとかじゃないよね……?

 アンヌさんの雰囲気は悪いお知らせっぽいものじゃないけど、とにかく聞いてみよう。

 私が黙って頷くとアンヌさんも小さく頷いてから話し始めてくれた。


「まず、領主さまがお帰りになるまでの間、ニコさまには賓客ひんきゃくとしてスピネル領にご滞在頂きたいと仰っています。もちろん、この領主邸で衣食住すべての保障を致しますので是非にとのことでございます。それからこの世界についても説明致しますが、如何でございましょうか?」


 領主さまが私に滞在して欲しいってどういうこと?

 厚意って受け取っていいのかな。

 うーん……お姉ちゃんを探すにしても食事と睡眠を摂らなきゃ身体が持たないし、ここを出て制服でうろついたら不審者だし、そもそもこの世界の地理も分かってないんだから歩けないよね?

 お姉ちゃんならそういうのを全部整えてから動き出すと思う。

 だけど、たとえば私がお姉ちゃんと同じように準備出来たとしても、必ずどこかでミスをやらかすから、欲を言えば一人で行動しないで誰かと一緒に動くか、アドバイスしてくる人を見つけるのがベストなはず。


 そういう点を抑えて今の領主さまのお誘いを考えてみようかな。

 ……ううん、ソレじゃダメだ。私はお姉ちゃんじゃないんだから何個も同時に考える作業は向いてない。なら一番妥協できないもので考えなきゃ。

 私が妥協したくないのは……人かな。だってやっぱり一人は怖い。


 アンヌさんたちが素性の分からない私をよくしてくれるのを見ても、嫌な顔をした人は今のところいないし、ベリルくんの件だけでも私はここの人たちを信頼できる。

 うん。十分だよね。


「あの、ご迷惑でなければ是非お世話になりたいです」

「…………ニコ、いっしょ?」

「ええ、ベリルさま。ニコさまとご一緒でございます」


 なんだこの天使たち! 二人で見つめ合って微笑み合うなんてっ! 癒しだ! 鼻血出そう! 




 その後、アンヌさんからこの世界について大まかな説明を受けました。

 でも半分以上が難しい言葉で、途中何度もタイムを入れたニコちゃん……。そのたびにシャロンさんの易しい解説でカバーしてもらい、なんとか理解しました!



 要約しますと、こんな感じです。



 想像通り、ここは異世界とのこと。

 この世界には三つの大きな大陸と四つの小さな大陸、あとは不規則に点在する無数の小島があって、私が今いるのは三つの大きな大陸の一つ『ドリット大陸』で、そこを統一している『大国セレンデ』の『北の領地スピネル』だそうです。

 文化や文明はアンヌさんたちの服装や領主邸の内部のデザインから思うに、中世ヨーロッパ系なんじゃないかと。

 そして、アンヌさんたちが異世界人である私を普通に受け入れているのは、あらかじめ私のような人間がこの世界に来ることを知らされていたからなんだって。その理由は追々、どこかで挟みます。


 私の世界との大きな違いをあげるならやっぱり魔物と魔法が存在していることでしょう。これにはビックリですよねー。

 まだ魔物には遭遇していませんが、魔法は体験してしまいましたし、信じるしかないです。

 魔物の説明を聞いて完全にビビる私にアンヌさんは、全ての魔物が人に害を与えるわけではないと教えてくれました。

 その代表格が『ドラゴン』とも。

 なんでもこの世界にはドラゴンさんと一緒に戦う『竜騎士』なる職業があるのはそういった理由があるからだそうで。

 ドラゴン族は比較的、人間と良好な関係を築いてくれることが多くて、この世界の長い歴史の中でもそれはずっと続いているようです。


 ふぅ、疲れた。でもここからが本番だ。

 ……えーとですねー、この後の説明が衝撃的だったんですよー。


 ぶっちゃけてもいいなら、ニコちゃんは軽く殺意が湧きましたよ?


 だって、私と愛するお姉さまのどちらかが、世界を救う『竜狩りの歌姫』とかいう超超超重要人物の生まれ変わりらしく、世界中の国が捕獲ゲッフン! ……もとい保護を目論んでいる真っ最中で、下手な国に捕まったら一生自由に生きられないと真顔で脅されましたから……。

 そもそも竜狩りの姫ってなに!? て首を傾げたい状況なのに、捕獲されたら一生自由がないとかどれだけ私たちに不利な世界なんですか。神さまのバカタレ。ハゲろ。爆発しろ。


 ……気を取り直して。問題の『竜狩りの歌姫』というのは、こちらの世界に古くからある伝承の主人公さんです。

 世界で一人だけ『神の声』を持っていて、歌うだけで色んなことが出来たからその特別な力を使って、世界の半分以上を破壊した『黒竜』を倒した唯一の人間だそうです。


 歌でドラゴンが倒せるのか? と素朴な疑問が湧きましたが、竜騎士と同じ花形職に魔声士ませいしという特殊な職業があって、その力の原型だから可能とかなんとか。いやもう全然意味分かりませんからね?

 ……魔声士さんの説明は特に難しかったので飛ばしますねー。


 それでですねー。実はこの昔話は終わってないんです。過去に何度も『黒竜』は生き返って、その度に『竜狩りの歌姫』も転生してずっと戦い続けているからと。

 で、大昔から色んな占い師さんが、次に『黒竜』が復活するだろう時代を予言し続けて、そのときに備えているそうなんですが、次っていうのが今でありましてー。現代の占い師さん、それこそ世界中のその道のプロが「黒竜の魂はすでに現世に存在している」って宣言するものだから、自分の国を滅ぼされたくない王さまたちが焦って『竜狩りの歌姫』の生まれ変わりを捜索しているんですって。


 にしても、神の声って……。

 ……えっと、お姉さまの前では口が裂けても言えませんが、まずお姉さまだけは絶対にありえないです。絶対です。きっと本人も「ユー、歌姫だよ☆」とか言われたらブチ切れます。

 そんでニコちゃんですが、あくまで自称美声なんで。下手ではないけど、歌姫レベルじゃないことくらいはお馬鹿なニコちゃんでもちゃんと弁えてるよ?

 なので、そっこうで私とお姉ちゃんの無実を訴えたんですけど、各国で一番力のある先視の占い師さんたちが口を揃えて「この時期、異界の装束を着てこの世界に降り立った少女が当代竜狩りの歌姫である」と断言してくれやがったんだってー。だから私かお姉ちゃんでほぼ確定。……チッ、余計なこと言いやがってからに。


 そして始末に負えないのが、どの占い師さんも肝心の場所と時間を特定できないせいで、その生まれ変わりさんを最初に見つけて独占したい王さまたちが、他の国の人間が自分の領地に勝手に偵察に入るな! て怒って戦争にまで発展していることだよねー。

 ……ここでニコちゃん、気付かなくていい可能性に気付いちゃったよ。


 ――私とお姉ちゃんが最初に目を覚ました場所ってまさにその戦争中だったんじゃね?

 ――生かして利用したいくせに、一歩間違えば私たちが流れ弾とかで死んじゃう可能性にも気付けないアホな王さまに殺されかけてたんじゃ?


 あー、ホントないわー……。

 私だけじゃなくてマイシスターの命も危うかったなんて……。マジ殺。

 そんなくだらない理由で命の危機にあっていたとか。通りであの兵士さんたちがしつこく追い掛けてくるわけだ。捕まらなくてホントによかった。

 独占したいからって戦争しちゃう国に保護されるとかイヤだもの。


 あとですねー。アンヌさんだけじゃなくて他の方々も熱弁してくれたことがあるんですよ。

 現セレンデ王はあまり余所の王さまと変わらない性格らしくて、王さま派の人にも保護を頼むのは止めた方がいいと。

 その点、ここスピネルの領主さまは王さまの考え方には否定的で、私とお姉ちゃんを保護しても戦争の道具に使ったり、他の国に利用されたりしないように守っていくって町の人たちと決めるくらいにスゴイ人だって。

 その領主さまは私たちを確実に保護するために、ドラゴンの中でも特に高位の古代竜エンシェントドラゴンさんという方に頼んでもっと確実な未来透視をしてもらって、教えられた今日のあの時間にあそこに探しに行ってくれたらしい。


 めっちゃ良い人ですね、領主さま。

 でも会えなかったのは何故でしょうか? ……あ、私が原因不明のワープしたからか。

 アンヌさんたちが言うように本当にあの場所に探しに来てくれていたのなら、今までずっと探してくれていたかもしれません。

 あとでちゃんとお礼を伝えないといけませんね。


「アンヌさん、領主さまはいつ頃お帰りになるんですか?」

「今日中にはスピネルにお戻りにな――」



 ――ピイィィィッ!!

 ――ピイィ、ピイイィィィッ!!



 アンヌさんが話しを遮った高い笛の音。

 私は何を知らせるものか分からなくてキョロキョロばかりしていた。

 そして数秒も空かないで。


「誰だッ!?」



 ――ガシャンッ!!



 ……シャロンさんが離れた位置にあったティーワゴンからガラス製のソーサーを掴んで窓の方へブン投げました。忍者ですか? あ、武闘派メイドさんでしたね。

 そしてシャロンさんが睨みつける方向から出るわ、出るわ、怪しい人たちが。

 え、ちょっ。武器持ってる人もいるんですけど!?

 私もスタンガン装備した方が……。

 …………やってしまった。カバンと一緒に預けちゃったんだ!

 これはマズイです……。真面目にダメなパターンをやらかしました。

 ええい、過ぎたことより次を考えなきゃ。せめてベリルくんだけでも守ろう!


「ベリルくんおいでッ!」

「ニコさまこちらへ!」






 シャロンさんの指示で部屋から脱出し、大分走り回った今は中庭の物陰で息を潜めています。

 ここを抜ければ竜騎士さんたちの鍛錬場があって、そこに行けば一先ず安全を確保できるそうです。


「申し訳ありません。本来ならば最短でここまで来たかったのですが、屋敷中に敵がいたので遠回りをするしか……」

「ハァッハァ……いえ、だいじょうぶ、ですっ」


 何回も曲がっていたのはそのためだったのか。

 探っている素振りなんてなかったからどうしてかなって思っていたんですが、きっと一瞬で察知して回避してくれたんでしょう。

 ということは本当にたまに聞こえてきた小さな小さな物音は敵が出していたものだったのかもしれない……。

 私も注意して音を聞いてみよう。少しでもシャロンさんの負担を減らしてあげたいんです。


「ニコさま、ベリルさま。申し訳ありませんが、そろそろ出発の準備を……」


 シャロンさんの指差した領主邸よりも小高い丘を見上げて、走り切る気持ちを固め一歩踏み出したとき――。



 ――ガサ……。



 それは風で木の葉が揺れる音ととてもよく似ていたけれど、ほんの僅か鈍い音に感じて、それを疑問に思ったときにはいくつもの黒い影となって私たちを取り囲んでいた。


「命が惜しくばその娘を渡せ」

「お断り致します」


 即座に私とベリルくんの前に出ていったシャロンさんの拒絶の言葉。

 毅然とした彼女の声に周囲の気配がピリッとしたものに変化して、背中を冷たい汗が流れていく。

 ――怖い。

 戦場のモノよりも明確な殺意が、恐怖が、手足から力を奪っていく気がした。


「ニコさま、どうかご安心下さい。私の命に代えてもニコさまとベリルさまには指一本、いいえ、髪の毛一本たりとも触れさせません」

「シャロン、さん……っ」


 振り返ったりしたら危ないことなんて私でも分かっているのに、シャロンさんは怖がるばっかりの私を落ち着かせようと笑顔を見せてくれる。


 ……ああ。今、彼女を危険な目に遭わせているのは紛れもなく臆病な自分なんだ。

 ついさっき、シャロンさんの助けになれればとか思ったくせに私は何も出来てない。

 それじゃダメ、だよッ! ニコッ!!


「……命なんてかけないで下さい。一緒に生きて、またあの美味しいミントティーを今度は一緒に飲みましょうッ!!」

「ニコさま……」


 自分でも気づかない内に、シャロンさんの手を掴んでそう叫んでいた。


「別れの挨拶は済んだようだな」

「あの娘と子供だけは生かして捕らえろ。ただし、そのメイドの生死は問わない」

「やれ」


 最期の言葉に、正面側の数人が武器を光らせて走り出そうとしたとき。



「――悪いが、オマエたちに渡せる人間は一人もいない」



 よく通る凛とした低い声に誰もがハッとしたけど、声の主が話終えるのと同時に私たちの周りの影たちが次々と乾いた大地に伏せっていた。


「……え?」


 何が起こったのか全く分かりませんでした。

 脳が認識を再開してくれたときには私たち三人を残して皆倒れていたんです。

 いえ、正確には影を倒したであろう二人の男性とその彼らの間に声に主が立っていました。


「お、ベル! ちゃんと泣いてねぇな? それでこそ男だぞ!」


 ベリルくんへ無邪気に笑い掛ける右に立つ短髪の男の子。


「やれやれ。シャロンちゃんも中々の無茶をするね」


 言葉は呆れているはずなのにどこか楽しそうに話す左の銀髪の男性。


「……三人とも怪我はなさそうだな」


 そして真ん中の男の人が無表情に私たちを振り返った。


「……にーにっ!」

「お帰りなさいませ、カルセドニさま。ジェードさま、ロードさま」


 ベリルくんとシャロンさんが中央の人に声をかけているけど、私だけ何かそれどころじゃなかったです……。

 や、だってさぁ……。

 お三方とも目が眩むくらいにイケメンなんだもんッ!! 死ぬ! 眩しくて溶ける!

 さっきまでの緊張感なんて一気に宇宙の彼方へすっ飛んで行って爆発したよ。

 こういう切り替えの速さが私的には特技なんですが、愛しのマイシスター的にはこれこそがニコちゃんがアホの子扱いされる原因だと前に仰っていましたので、諦めましょう。

 スイッチングの速さはきっと武器になるもん! たとえアホの子と呼ばれようとニコちゃんは自分のテンションに忠実に従うよ!

 そして私の気持ちが自動修復されたのを察知出来たらしいシャロンさん。

 すかさず、真ん中の方と私が対面するように数歩後ろに下がって言いました。


「ニコさま。こちらがスピネル領の領主カルセドニさまにございます」


 命の恩人さま! やっと会えましたね!

 ……なんだけど、眼つきがお姉さま並みに悪い人初めて見た。こわ。




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