プロローグ (改訂版)
ただいま私、九重ニコと姉の壱一お姉ちゃんは仲良く全力疾走中です。
どこを? そんなの私が訊きたいですよ!
「ゲホッ!? うえー……口に入ったぁ……。ジャリジャリする……」
四方八方で巻き上がっている砂埃がもろにお口へダイブしてきました。当然ですが美味しくないです。うう……不可抗力とはいえ美味しくないモノが口に入ってしまいました。
まったく、私がいったい何をしたっていうんですか! どこをどう間違ったらこんな不可思議な現象に巻き込まれるんですか?
意味不明なのは夢の中だけでいいんですってば。現実世界でまで求めてないですよ。
それとも、あれですか? 今朝のご飯の件? 起きてこないお姉ちゃんのおかずを全部食べたこと? そのおかずがお姉ちゃんの好きなチーズウインナーだったから? だったらこれってマイシスターの呪……ゲフンッ! えーと、報復ですか?
「なんでオマエへの報復なのにオレまで襲われにゃいかんのだ」
「違うの? マジで? やったァァァアッ!! 怒ってない!」
「ハ? あとでボコに決まってんだろ」
マジですか。ボコ決定です……。
でもさ、目の前に美味しいものがあれば食べたくなるのが普通ですよね? お腹も減っていればなおさら仕方ないと思うんですよ。それに作ったのは私だし、文句を言われる筋合いはない、はず! よって、ボコ、断固反対!
うんうん、そうだよ。いつまでも起きてこないお姉ちゃんが悪いんだ。
さらに言わせてもらえるなら私は現在成長期! たとえ自分の分は食べ終わっていてもこの時期に我慢なんてできない。いや、しちゃいけないんだ! うん、私は正常。
「こんな状況でンなこと考えられるオマエは立派に異常だよ」
「あ、口に出てた?」
「断固反対あたりからハッキリとな」
私同様、口に侵入した砂をペッと吐き出しながら、お姉ちゃんは一度だけチラリと振り向いてくれたけどすぐに前へ向き直ってしまった。
……そんな冷たい目で見なくたっていいじゃないか。私だって一生懸命に全力疾走しているんだよ。全身に蓄えた脂肪が容赦なく揺れて痛みがでるくらいに!
それにきっと十七年生きてきた中で今が最速です。オリンピックだって夢じゃない気がしないでもないけどそれは絶対無理ですね。
あ……やっぱり駄目だ。もう肺が痛い。脇腹痛い。背中のカバンが地味に揺れて肩と腰が痛い。痛い尽くしだ。お姉ちゃん助けて。ニコちゃんもう駄目だよ。
「ムリ」
「そんな簡単に諦めないでッ!」
超キュートな妹が如何にも死にそうな視線を送っているのに、うちのお姉さまときたらもうチラ見さえもしてくれないで一言で、一秒で、切り捨てたよ! ヒドイ! 泣いちゃうよ!? いいの? 泣くよ? マジだよ?
「ぐすん」
顔を両手で覆って泣いちゃう素振りをしながら、わざと空けた指の隙間を駆使して斜め前を走り続ける姉の後ろ姿を見てみましたが……。
「……」
ええー……。ホントにチラ見の『チ』の字もないんですね。マジで涙目になるんですけど。
ううん、ここで負けちゃダメだ! 私のお姉ちゃんへの溢れまくる愛情はこの程度のシカトでヘコむほど薄っぺらくなんかないもん!
熱く、あつーく、想い続ければ必ず届く! いざ見つめん!
「……」
「……」
無言で疾走する姉と奇妙な走り方で追いかける妹の珍妙な図が出来上がりましたが。
「……お姉ちゃん、ここってやっぱり戦場かな?」
「なんだ、ニコ。珍しく現実を見てるじゃねぇか」
だって他にやることなくなっちゃったんだもん……。
走っている場所と否応なしに耳に入り込んでくる喧騒が、ただでさえ狭いニコちゃんの脳内をあっという間に『異常』の単語で埋め尽くしたせいで、結果的に現実を見るしかなくなった。
べ、別にお姉ちゃんに振り向いてもらえない寂しさを誤魔化しているわけじゃありませんよ!?
というか、異常以外の言葉が思いつかないんです!
ここ、あきらかに映画とかマンガで登場する戦場っぽい場所なんだもん。
ぽいって曖昧な表現は全貌がちゃんと掴めてないからです。決してそれらに該当するシーンを詳しく思い出せないからとかじゃないです!
「無理すんなよ」
「お姉ちゃんッ!」
嬉しい! あの冷血お姉ちゃんが私を気遣ってくれた! そうだよね! 可愛い妹に残酷なシーンを思い出してもらいたくなんて――。
「どうせ思い出せねぇンだし、前見て走れノロマ」
「ちょっとは妹の心配をして!?」
「心配したところで現実は変わらん。二人そろって同じ夢を視てるってならまた話は別だが、走れば疲れるうえに砂で眼がイテェし、ニコはウザいし、眠い、ニコうるせぇ、ここクセェしでどう頑張っても今は起きてる状態だろ。駄妹の心配する前にこの先どうするかを考える方のが優先事項だ。違うか」
「うう……」
「分かったらそっちの方向にその小さい脳ミソを働かせろ」
「はい……」
ちょっと厳しめの口調だったので若干涙目になってしまいましたが、スパッと気持ちを切り替えていきます。でないときっと置いて行かれるので……。
私が周囲の状況を確認できたのはほんの短い時間だった。
頭が追いつく前に走り出したから最初に持っていた正確な情報は、鼻を摘まみたくなる火薬の臭いと鉄サビ臭さ、口だけじゃなくて視界まで邪魔するジャリジャリの砂埃と、手を伸ばせば触れられる距離で走っているお姉ちゃんの後ろ姿。最後に関してはニコちゃん的に大変嬉しい。
今は遠くからも近くからも絶え間なく鼓膜を攻撃してくる、金属同士のぶつかり合う甲高い音が聞こえる。耳の奥がキーンてなって反射で奥歯まで痛む気がしてきた。
あとは地震に似たドドドドっていう地鳴りもしていて、金属音と地響きが身体の中で反響している感じで目眩がしそう。
「……チッ」
おおう……。心底忌々しげな舌打ちですね、お姉さま。その地を這うような低音が一層恐怖心を煽るので、もう少しソフトでお願いします。めっちゃ怖いです……。
まぁ、そんなこと口が裂けても今のお姉さまには言えませんけどねー。背中だけでも分かる不機嫌っぷり。
きっと顔面は逆八の字の眉に半眼、真一文の口で構成されてる。機嫌が底辺突き抜けて奈落の底の底、ドン底まで行ってからの空から戻ってきて落雷に変化しそうです。
耳障りな金属音も非常に不快なんですが、それに負けない勢いでたくさんの人の雄叫びやらが……。とにかく馴染みのないとてもイヤな音に囲まれて笑顔でいれますか。
出来れば知りたくなかった現状ばっかりですが、頭を整理しただけでも不思議と腹が据わった気もしなくもな――。
――ッギャアア、アァアァァア、アァーー………………。
「……ッ!?」
い、今の近かったよね……?
砂が舞っててどの方向から聞こえてきたのかは分からないけど、遠くないのは確実……。
お姉ちゃんが砂埃なんて問題なしに人が密集しているだろう場所を上手に避けて走っている――だって今まで誰とも鉢合わせていない――から決定的な場面にはまだ遭遇していないけど、やっぱり気持ちの良いことではない。
地響きと雄叫びに混じって、人が地面に倒れていく独特の重たい響きは耳の奥にドンドンこびり付いていってお姉ちゃんじゃなくても眉を顰めてしまう。
……うう。ホントは考えたくないけど、つい想像しちゃうのはいつか見たドラマや映画の惨殺シーンで、頭を振って映像を消しても充満するリアルな血の臭いのせいで気持ち悪さマックス。朝ご飯を戻しそうだけど、もったいないから我慢。
けど、せめて耳だけも塞ぎたい。
あとお姉さま、もうちょっとだけゆっくり走って下さい……。ニコちゃん、持久力はあっても決して速くはないんです。体型からして短距離走は不向きなんですから。
俊足のお姉ちゃんを見失ったら探せないです。はぐれた瞬間に心がポッキリ根本から折れます。
こんなアビキョーカン地獄絵図の最中で離れ離れになったら色んな意味で死ぬ。
ああ、考えただけでもイヤだ。涙出る。お姉ちゃんいなくなったら生きていけない。お姉ちゃん、お姉さま、マイシスター。ニコちゃんはそろそろ精神も体力も限界です。
はぐれたくもないし、死ぬのもイヤだからこの状況だけでも乗り切れる心の支えを下さい。もう不機嫌なお顔でもいいからお姉ちゃんが見たいです。イライラした超低音ボイスでいいのでお声が聴きたいんです。愛しのお姉ちゃんで安心したいんです。
だからいきますよ。毎日学校帰りにカラオケで鍛えている美声を披露しましょう。届け! 私の全身全霊の魂の叫び!
「お願いだからもうそろそろかまってぇーーーーーーッッ!! いつも通りのやり取りしてないと心が折れるッ!! サランラップのハートが現実という刃でズッタズタにされちゃうっ! お姉ちゃんがかまってくれないと寂しくて死んじゃうーーーーッ!!」
どうですかコノヤロー! 流石に振り向いて下さいますよね!?
「……相変わらずのウザさ」
重い溜め息と憎まれ口とともにお姉ちゃんのお顔が振り返ってくれた! やった! 生きていける!
だけど私の叫びはお姉ちゃんだけに届いたわけじゃなかった。
そりゃ、全身全霊ですからね。あれでも反応してもらえなかったら死んでいましたよ。精神的に。
あ。えぇと、そうではなくて、結果だけをお伝えしますと、囲まれました。武器を持った兵士多数に。
「オマエが余計なフラグ立てるからだ。クソが」
「安定の口の悪さに涙が出るよ……。どうしよう、もう本当に走れない」
「これに懲りたら戦場のド真ん中で後先考えずに叫ぶっつー愚行はするな。せっかく撒いたのに最初より状況が悪化したじゃねぇか」
……や、あの、本当にごめんなさい。
実はこの場所で気が付いたときにはすでに剣とかを装備した人たちに囲まれていて、お姉さまが隙を作って脱出させてくれたんだけど、相手もしつこく追いかけてくるからずっと逃げ回っていたんです。
あ、うちのお姉ちゃんは人混みでも他人にぶつからないで進むスキルが発達しているのでそれで上手く逃げ切れていたんだけど。
…………はい、全身全霊の叫びは今度から自重します……。
しかも状況悪化の事態に涙じゃなくて乾いた笑いしか出てこないよ。なんで皆さん、すでに臨戦態勢なのでしょうか。ウサギを狩るのにも全力なライオンですか。私の価値はウサギよりも低いと思うので是非手加減していただけると嬉しいです。
「もう一回くらい何とかならない?」
「何とかさせないための臨戦態勢なんだろ。そんなに痛いのか?」
「私に聞かれても困るんですけど」
股間を全力で蹴り上げられるダメージなんて分かんないよ。だって女の子だもん。
というか、逃げるためとはいえ、投降するフリをして近づいて、男の人の股間蹴る姉ってどうなの。確かに急所だけどさ。おかげで兵士の皆さんは前傾姿勢なうえに、武器を構えている手が股間まで守ってるよ。攻めるとこ皆無じゃん。他は全部鉄の鎧だもん。唯一薄手の場所がそこだったのに!
あ、心なしかお姉ちゃんに一番近い兵士の人がプルプル震えて見える。見間違いですよね? こんな血生臭い戦場にいる人間が股間を蹴られるのを恐れて震えてるって。
でもまぁ、お姉ちゃんに与えられた痛みのおかげでいきなり襲いかかってくる気配はしないから助かったと言えば助かったのかな?
「おい」
「いっ!?」
同情と情けなさを感じながらその兵士を注視していた私の髪が前置きなしにおもいっきり引っ張られた。
痛い! そんな力で引っ張ったら抜けちゃう! 毛根の女神が拗ねて家出したらどうしてくれるんですか! というかめっちゃ痛いッ!
「ちょ、おねえ、」
「黙って聞け」
おおう。お姉さまがお顔を近づけて話しかけてくれたyo!
でもなんで小声? 野太いオッサンたちの雄叫びと獣らしき遠吠えのような音に掻き消されそうなくらいに聞こえにくんですが。でも聞かなきゃ! もしかしたら大好きだよって言ってもらえ、
「今度はオマエが蹴ってこい。最低でも三回はヒットさせろよ。潰す気で捻じり蹴れ。ンでその隙にオレは逃げるわ。ちょうど目の前にいるヤツが一番ビビってるからソイツを狙え。失敗したらボコな」
「待ってお姉さま。副音声で逝ってこいって聞こえる」
「変態で妄想癖のある変態は変態らしく使うって決めてんだ」
「変態って三回も言った!? でも私は変態じゃない! これは有り余るシスコンパワーであって神聖かつ強力なパワーで、どんなモノよりも、」
「真正かつ凶力なパワー? ただの変態じゃねぇか」
「もう変態でいいよっ! だから見捨てないで! 一緒に切り抜けて!!」
この人ならば本当に実行しかねないので素早くお姉ちゃんの腕に縋りつく。じゃないと絶対に逃げられます。そんなの死んでもイヤだ。いえ、冗談抜きで死んでしまいます!
だからお願いです! お姉ちゃんなしでこんな局面切り抜けられない! そんな頭脳も体力もない! お姉ちゃんしか何とかできないんだよ!? 私のお馬鹿加減はお姉ちゃんが一番分かってるでしょ!? この間だって数学で三点しかとれなかった。
おかげで夏休み初日から補習でお姉ちゃんのところに遊びに行くのが遅れちゃったんだから! せっかくのお泊り初日が補習ですよ? 計画していた素敵プランが全部台無しで、久しぶりに自分のお馬鹿さ加減に泣きました。まぁ、今日も補習だったんですけどね。
「ハァ」
必死にお姉ちゃんの腕を引っ張りまくって訴えたのが良かったのか、常時やる気無しの方がやっとやる気になってくれたようで指をポキポキ鳴らし始めた。……私、この人の実妹だけど怖い。命の危機に晒されてるのに、なんでそんなにあくどい笑顔を作れるのさ。ちょっと兵士の皆さんに同情しちゃうんだけど。
「おねえ、」
「下がってろ」
そう言って私を小さな背中に隠すお姉ちゃん。
視界から兵士の姿が消えて、代わりに見慣れた後ろ姿と微かにお姉ちゃんのシャンプーの香りがしただけで、当たり前に心が落ち着いた。
身長は私の方が大きいから物理的じゃなくて精神的に大きな背中だと思う。
ああ、こんな異常事態でもやっぱりこの人はちゃんと私のお姉ちゃんでいてくれるのだ。怖くて厳しいけど、それ以上に自分にも厳しい壱一お姉ちゃんだからこそどんなときでも抜群に頼りになる。私は黙ってお姉ちゃんについていけば大丈夫なんだよ。
いくらか余裕が戻った私は、さらにいつもの調子を取り戻すかのように要らんことまで考え始める。
これで身長があれば文句なくカッコイイのになぁ。
お顔だって童顔ですが、明るい鳶色の鋭い瞳がアシメントリーの前髪から見えて艶の良い黒の長い後ろ髪をワイルドに縛った姿はホントに素敵です。性格も男前で服装も男物、口調も男。全然、女の子に見えないです。ホントに男の人だったらド真ん中ドストライクですね。
でもやっぱり身長がなぁ。何も知らない人が見ればショタに守られる女子高生の図だよ。え、お姉ちゃんがショタなら私だって小学生に見える?
そりゃあ、私も童顔ですよ。おまけに天パで毎朝のセットが大変だし、体型もころころして顔も丸いし、私服だと小学生に間違われますけど、残念ながら今の私は補習のせいで制服を着ているのです。私服なお姉ちゃんと違って立派な女子高生だ! 制服万歳!
「……」
「ウソですごめんなさいちゃんと守ってほしいです」
無言の圧力とはこのことか。お姉ちゃんの背中から言い知れない冷気と圧迫感が押し寄せてきました。無条件降伏です。白旗ブンブンです。……なんで口に出してないのにバレているんだろうか。心の声ってプライバシーに入りますよね?
……でもさ、こんなアホなことでも思ってないと膝が笑ってまともに立っていられないんですよ。
全く動じてないお姉ちゃんがスゴ過ぎなんだ。普通の女の子ならまず泣くと思う。現に私は心の余裕を半分取り戻せても油断すれば泣きそうだ。逃避じゃなくて受け止めたうえでの涙。諦めと絶望です。でも泣かずに済んでいるのはまぎれもなくお姉ちゃんの存在のおかげなんですよ。
だって私がちょっと前までいた場所は、表向きは戦争のない平和な敗戦国。血生臭い出来事とは何十年以上前に縁が切れている(はず)、普通に平和で普通に笑って普通にご飯が食べられて普通に生きていけるそんな世界だった。
比べて目覚めた場所は戦場。戦いの真っただ中。火薬、砂埃に交じった咽かえる血の臭いと何かを切り裂く音、地面に倒れ込む音、命が終わる音と奪う音が平然と自己主張している。
おかしい。異常だ。狂っている。そんなありきたりの言葉がとても合っている世界。ニュースやお葬式でしか感じられない死がすぐ傍に転がっていて、逃げている最中だって何度も見ないフリ聞かないフリをして走り抜けてきた。それでも不幸中の幸いだったのが、立ち込めるザラザラの砂埃と咽る硝煙でよく見えないことだった。
だから決定的な瞬間だけは見ずに済んでいる。もしかしたらお姉ちゃんがわざとそういうのを避けて進んでくれたのかもしれない。有り難いことです。
私一人だったらとっくに気が狂っていてどうなっていたか分からない。でも幸運なことに私は一人きりじゃなかった。大好きなお姉ちゃんが一緒にいた。私の日常の一部が傍に存在している。これがどれだけ心強いことか。この点だけは神様に感謝しています。一人きりにしなでくれてありがとうございましたぁぁあっ!!
なので震えるのくらい我慢します。泣くことくらい我慢します。なるべくいつも通りにしてお姉ちゃんの足を引っ張らないようにしたいです。いざとなったら本当に蹴り上げてやる。潰れるまで攻撃してやろうじゃないか。
とにかく今私にできることはお姉ちゃんの邪魔をしない。おそらくないと思うんだけど、必要ならお姉ちゃんの後に続く。うん、決まり。
さあ、お姉ちゃん! ニコちゃんは準備オーケーなので、いまこそチートな身体能力を存分に発揮して下さい! 遠慮も情けもなくフルボッコでやっちゃって下さいね!
覚悟を決めた私の呼吸が徐々に落ち着いていくのを確認したお姉ちゃんは、最後に兵士たちを見据えたままちょっとダルそうな口調で。
「めんどくせぇが、ちゃんと無傷で切り抜けてやるから、まだ泣くなよ」
「……うん。約束だよ? 破ったら抱きついたうえに耳元で、大声で、泣くからね」
「へーへー」
「こんなときまで返事が適当って。まぁ、お姉ちゃんらしいけどさ。……気を付けてね」
「アー。どうせなら目ぇつむって何か歌って待ってろ。その間に片付ける」
でたよ、お姉ちゃんの暇つぶしモード。早くも膠着状態に厭きましたか。
その余裕満々の一言と態度が兵士たちを煽るって分かっててやるんだもんなぁ。いや、お姉ちゃんが負けるなんてこれっぽっちも思ってないけど、可愛い妹としてはやっぱりほんの少し心配してしまうわけで、ハラハラしながら一人観戦するのは心臓によろしくない。
サッとやって、バシュッと倒して欲しいものですね。もちろん、お姉ちゃんの無傷での勝利を前提に。
それにしても、歌かー。愛しのお姉さまのリクエストだから張り切って歌いたいんだけど、大声はさっきの二の前になるから鼻歌程度のものにしておこう。
鼻歌、鼻歌……。んー、こんな空気がピリピリした状態に合った曲なんてあるかなぁ?
うう、早く決めないとお姉ちゃんが飛び出して行っちゃう。てか、後ろ姿がかなりウズウズしてますよ? 髪の毛が微妙に揺れてます。そんなに暴れたいんですか。
よし、もう何でもいいや。最近よく見る夢で聞いたアレにしよう。
歌詞はいまだによく聞き取れないからメロディだけで。あと目をつむって。
「~~、――……」
視覚を休ませて、頭の中に残っている覚えたての旋律を口遊めば、前方からお姉ちゃんのシャンプーの香りがフワリと漂う。
――タッ。
あ、お姉ちゃん行った。たぶん得意の飛び蹴りが炸裂したな。
――ドゴォッ!!
…………うわぁ。メキャとかドキャ、バキボキってヒドイ音が聞こえるんですけど。絶対、ヘコんでるよ、鎧……。お姉ちゃん素手なのに……。
いやいや、他に気を取られてないで私は私の仕事をちゃんとしよう。というか、さっさと歌い終わってお姉ちゃんに終了の合図を送ろう。人体が破壊されていく音なんて長く聞いていたら私まで眠れなくなる。
「ーー、~~」
そんな感じで心に優しくないBGMから逃げるためにも、しばらく一心不乱に歌い続けていると。
だいぶ大人しくなったかな?
誰もドタバタしてる音はしないんだけど、いくらなんでも静か過ぎない?
まさかお姉ちゃん、ハッスルし過ぎて他の兵士まで倒しに行っちゃった!? 置いてかれた!?
「ちょっ! 待ってお姉ちゃん!! 置いてか、ない、で……? ……え?」
歌い終わりを待たずに目を開けた私は、置いてかれたかもしれないという焦りよりも、目の前に広がった新しい景色に度肝を抜かれ一瞬思考が停止。
……え? えっ? ええ!?
ここどこですか!?
なんで誰もいないのッ!?
お姉ちゃんはッ!?
なんで別な場所にいるの!?
「てかホントにここどこ!? 戦場はッ!? 兵士は!? お姉ちゃんはッ!?」
どうして私一人だけ変な場所にいるの!? ぼっち!? 森の中に置いてけぼりのぼっち!?
「お姉ちゃぁぁあぁああぁんッッ!! どこにいるのーーッ!!」
ちょっと前の教訓なんてクソ喰らえの勢いと音量でお姉ちゃんを呼んでみたけれど、木霊さえ聞こえないってどういうこと……?
ホントにホントのぼっち? 見知らぬ森に? そりゃないでしょ……。
もう何なんでしょうね……。厄日ですか? 戦場の次は森? しかもまさかのぼっちの刑とか。悪意しか感じない。
神さま。私、何か気に喰わないことでもやらかしましたか?
訳のわからない最低な状況下で、よりにもよって私からお姉ちゃんを奪いますか。そうですか、そうですかー。
…………。
「いつか絶対に報復してやるからなクソ神どもォォォオッ!!」