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30のお題 02.完全犯罪

作者: rekimaru

お題 002. 完全犯罪



 それなりに賑わっている雑多な食堂。そのカウンター席に陣取った大男は、低価格且つ盛りも多く味も悪くない舌と腹と財布に優しい定食に何度目かの感嘆の声を上げた。

「すげ旨ッ!! こんな庶民の店までよく知ってんなァ、さっすが兄ちゃんんん!」

 たとえ気に食わない奴に連れて来られた店であろうとも、美味いもんは美味い。うん素直に認めよう、マジ美味い。

 しかし、

「……。」

 それに対する返事は無い。

 椅子ひとつ開けた隣の席に腰掛けた男はこちらをチラリと一瞥しただけで、黙々と食事を続けている。せっかく友好的にこの男お勧めの定食屋を褒めてやったというのに、相変わらずの仏頂面だ。

 大男は軽く肩をすくめつつ、彼の機嫌は無視することに決めた。

「まぁそれも含めて、俺としてはいろいろと解せねぇ訳だよ? こうなった経緯とかが……そんで、何でなんだよ、兄ちゃん?」

 隣へ身を乗り出すようにして話を切り出せば、相手は荒い音を立ててフォークをテーブルに置きこちらを鋭く見返してきた。

「……。いったい何の話だ?」

 彼の赤味の強い褐色の瞳は細く眇められ、発せられた低い声音は不機嫌丸出しである。

「それと、俺を兄ちゃんと呼ぶな。白々しい」

「なら、クソ兄貴とでも呼びゃいいのか?」

 自分がおどけた響きで「兄」と呼ぶ度に嫌そうな顔を向けてくる彼に、皮肉な笑顔を返してやる。もちろん自分とて、昨日初めて会ったばかりのこの男を本当の意味で兄と慕いたい訳では無く、むしろこんな無愛想が兄とか冗談じゃないと思うのだが、こっちにも事情があるのだ、仕方ない。

 しかし、呼ぶ者より呼ばれる者のほうがより神経を逆なでされるものらしく、相手の不機嫌はピークに達しているようだった。さっきからチラチラとカウンターの脇に立てかけられた大剣に目を走らせているあたり、彼は爆発寸前なのかもしれない。

 自分としてはこんな良い店での乱闘は避けたいので、穏便にいきたいと思う。さっさと本題に入ることにしよう。

「何の話って、アレだよ。侯爵様のおめぇが、なんでハンター稼業なんかやってやがるのですか? と質問したかった訳です、俺は」

 主に猛獣退治やモンスター退治を基本の仕事とする自由業者をハンターと呼ぶ。彼らは、その他、報酬次第で法に触れない限りの諸々の汚れ仕事や危険な仕事も請負う、言わば何でも屋である。別名を冒険者とも呼ばれ、一見ヒーローめいて魅惑的な印象はあるものの、実際のところ法律ギリギリを渡る荒れくれ者がその大半を占めている。

 一方、侯爵とは言わずもがなの貴族の階級の一つである。この無愛想男は本来、こんな安食堂で飯を食うような身分の人間ではなかった。

「……儲かるから」

「いや、そういう意味の質問じゃねぇし」

 我慢強く、少し真面目に兄を見返すと、彼は軽くため息を吐き諦めたように口を開いた。

「俺は侯爵ではない。父親が元侯爵というだけだ。侯爵家は俺が継ぐ前に没落した」

「そうソレだ!! 何で没落しちゃってんだよ?! 小遣いでもタカってやろうかと遥々訪ねてみりゃ館はもぬけのカラの廃墟だし。無駄足もいいところだったぜ!!」

 思わず非難を込めて、もと貴族野郎を勢いよく指差し立ち上がる。

「ああ? 説明しやがれ。どういう訳で没落してんだよ?!」

 兄は館で良い暮らしをしていたかもしれないが、弟の自分は小さな街で母親と慎ましやかに暮らしていた。誤解の無いように言っておくが、その生活が不幸だった訳では断じてない。けれど、それでも理不尽を感じてしまう。

「俺は別にいいんだよ。ただ俺の、母ちゃんに――」

「悪いが、父の妾にまで気を使ってやる余裕は無い。そもそも俺に妾腹の弟がいたなど初耳だ。正直、今も疑っている」

「証拠、見せただろーが? だいたいよぉ、宿ナシでフラフラしてるてめぇ探すのに、俺がどんだけ苦労したか分かってんのか?」

 各街にはハンターのギルドがあって、仕事はそこでも仲介される。たまたま兄が協会に登録していたから運良く居所を突き止められたが、それでも見つけるまでに半年はかかっている。気短かな自分としてはよく頑張ったほうだ。

「苦労して追って来たんだぜ。俺にも半分は家の権利あったはずだろ。それに没落したらしたで、お家再興とか何も考えなかったのかよ。え、クソ兄貴!」

 これまでを振り返れば、多少ながら怒りも湧いてこようというものだ。

 だが、こちらの勢いに対して意外にも兄はさほど熱くはならず、むしろ静かな声で自嘲気味に受け答えた。

「侯爵家は借金で没した。貴様なんぞに言われるまでもなく、家の再興も考えたさ。だが、世の中どうにもならない事もあるんだよ、クソ弟(仮)」

「んだよ、(仮)ってな」

「おいそれと莫大な借金を負ってしまうあたり、やはり甘かったのだな。父も……」

 こちらが熱くなれば反対に相手は冷静になるものなのだろうか。

 ようやくまともな話をする気になったらしい兄(仮)は、不承不承ながらもポツポツと語り始めた。



「……雨が全く降らない日照り続きの年だった。領民は凶作に喘ぎ、侯爵家もまた資金繰りに苦しんでいた。そんな折、侯爵である俺の父は、あろうことか、オレオレ詐欺に引っかかってしまった。……偽の手紙が届いたのだとか。瀕死の俺が至急医療費を振り込んでくれ、と送ってきたらしい」

「はぁぁぁ?! つか何? お前、家に居なかったの?」

「あいにく交戦中でな。ヘデラ公国軍に傭兵として従軍していた」

「なんで傭兵ぇぇ?! ってそれは置いとくとして。その詐欺のせいで大借金を?」

 いかんいかん、思わず大声が出てしまった。気がつけば周囲の連中が怪訝な視線をこちらに向けている。

 それにしても、なんてうっかり者の父侯爵と訳のわからん兄侯子なんだ。

「母の反対を押し切り、父は莫大な金額を振り込んでしまった。……そうして大金を欺し取られた父は、慌てて知人宅に頭を下げて回って彼らに多額の借金をした。だが、不幸にもその帰り道、父の乗った馬車は借りた金もろ共崖下の大河に転落。父は還らぬ人となり、金は水底へ消えた。酷い嵐の夜だったらしい。その知らせを聞いた母は狂乱して館に火を放ち自害した。連絡を受けて俺が家に帰った時には、既に領地は没収され、館は煤けた瓦礫の山だった」

「……それは。なんつーか……、その……」

 悲惨な出来事を淡々と語る兄に、何と返したものか言葉に詰まる。そんな自分には構わずに彼はまた淡々と続けた。

「瓦礫の家を再興しようにも、借金まみれで領土は召し上げられ、父の知人達にももう頼れない。頼るどころか、今度は息子の俺が借金の取り立てに追われる羽目になる。もちろん詐欺師はとっ捕まえ、半殺しにして牢屋に放り込んでやったが、だまし取った金は……あの野郎、豪遊した挙句、キャバクラの女にしこたま貢いだ後だった」

「……ありそうな話だぜ」

「仕方なく、今度はその女を掴まえて金を取り返そうとした、だが……。既にどこぞのイケメン教師に全額を貢いでしまったという」

 淡々と、というよりもはや辟易とした表情で語られていく兄の話に、漠然と嫌な予感がよぎった。

「で、その教師をとっ捕まえてみれば、今度は美人グラドルに貢いだ後、グラドルはグラドルで有名クラブのNO.1ホストに貢いだ後ときた。もういい加減うんざりしながら、件んのホスト野郎の首根っこを掴まえて詰問したら、その女から豪華な馬車を貰った、とか自慢しやがって……」

「なるほど。最終的に詐欺られた金は、跳ね馬の紋章の付いた派手な赤い馬車になっちまったと、そういう訳だな?」

 嫌な予感的中だ。日陰者の代償として多少の慰謝料くらい請求するつもりでいたが、そのささやかな夢も潰えた訳だ。

「まぁそういう事だ。……オマケに、落ち込んでいたら、今度はそのホストにスカウトされた。”なかなか儲かりますよ。一緒に働きませんか?”ってな。何でこの俺が?」

「はは、タチ悪ィ冗談だぜ」

 自らを揶揄る風情の兄へ虚ろに笑って返すと、大男は目の前に置かれたグラスに手を伸ばした。半ばやけ気味に冷えた液体を喉の奥へと流し込む。

「それで、ホスト稼業とやらを試してみたんだが」

「やったんかいィィ?!」

 うっかり大量に流れ込んだアルコールにゲホゴホ噎せながらも、思わず力一杯つっこんでしまう。再び周囲の怪訝な注目を浴びた事は言うまでもない。

「どうりで居場所が簡単に見つからねぇはずだ。ホストしてたりハンターしてたり意外性過ぎなんだよ。んなもん誰が気づくかァァ!」

 しかし、兄の言葉は相変わらず一本調子である。

「しかし、俺は気の利いた話術は苦手だからな、ホストは三ヶ月で辞めた」

「それ最初に気づこうぜ。お前みてぇな無愛想に女がなびくかよ」

 そりゃそうだ。こんな殺気立った凶悪ホストに接客されたら、皆が怖がって逃げてしまうに違いない。

「そうだな。NO.2までは登りつめたんだが、NO.1がどうにも手強くてな。そうこうするうちに、客のご機嫌取りが面倒になってきて」

「……。てめぇ、嫌味な奴だな」

 確かに、無愛想で目つきが鋭くいかにも凶悪そうだが、この男、見てくれだけはわりと整っているのだ。それなりの服装に整えて多少でもこの仏頂面を抑えたなら、そこそこ絵にはなるのだろう、なんか凄く悔しいが。

「んだよ、ちょっとツラがイイからって。どうせ、俺ぁデカ過ぎだよ。モテねぇよ」

「何をおっしゃる、お客様。素晴らしく美丈夫でらっしゃるのに?」

 ニヤリと笑って優雅に自分のグラスを上げる兄。やはり昔取った杵柄というか、やる気になれば貴公子らしくも振る舞えるらしい。

 が、希少な笑顔が端麗ではあっても、もはや彼のイメージは黒かった。

「……なーんて世辞に、心底疲れた」

 兄はグラスの中身を一気に呷ると、タンッとカウンターに置く。

「これで納得しただろう? そういう訳で、遺産分けしようにも借金以外何もない。これ以上俺に付き纏っても無駄だ。残念だったな? ……おい親父、勘定」

 二人分の支払いを済ましてさっさとカウンター席を立ち、どうやら兄はこの場を立ち去ろうとしているらしい。

「貴様との食事も最初で最後だろうから、ここは奢ってやる。……逢えて良かった、かどうかは微妙なところだが」

 彼は脇に立てかけていた大剣を背負うと、別れの挨拶らしき手を差し出した。

「せいぜい達者で暮らせ、クソ弟(仮)」

「……。ああ、クソ兄貴も」

 そう言いながら自分も席を立った弟はしばし悩んだ。

 さて、どうしたものか? 実は、本当の目的はまだ達されてはいない、が、それは自分にとっての必然という訳でもない。このまま無視してしまうこともできる。

 兄から差し出された握手の手。もしやこれを握ったら彼とは永遠の別れになるのだろうか? まぁ自分は別に、それで構わないっちゃ構わないのだが。

 逡巡していたら、唐突に身体の脇をなにか白くてピンク色の物体が猛烈な速さですり抜けていった。

 瞬間、花のような甘い匂いが鼻孔をくすぐる。それは、ふわふわで甘ったるい砂糖菓子のような塊であった。

 そして、その砂糖菓子が目の前にいた兄にぴょんと飛びついたのだった。

「サクラ!! そなた、サクラであろう!!」

「……は?!」

 自分の胸にしがみついてきた砂糖菓子を反射的に抱きとめて、兄は呆然とそれを見下ろす。

「……え?」

 白い花飾りの帽子からこぼれる長い髪はくるくる巻いたベビーピンク、フリルとレースがたっぷりの白いドレスを着た、それはそれは愛くるしい美少女だった。

「……。アマリリス?」

 兄が呆然と囁くと、彼の腕の中の少女は満足そうに笑った。

「そうだ、私だ。久しいな」

 場末の定食屋の、ここだけが世界が違う。まるで蕾が綻ぶように愛くるしく笑う美少女を前に、二人の男は茫然自失でつっ立つばかり。

 いったい何が起こっている?

 ついさっきまで目の前にいる兄の存在が酷くこの場にそぐわない気がしていたが、それとは比べ物にならないほど、どう考えても、この少女はここに似つかわしくない。違和感ありまくりにもほどがある。

「……貴女が何故、ここに?」

「それより3年ぶりだぞ? もっと再会を喜ばぬか。相変わらず無粋な男だな、サクラよ」

 兄の知り合いのようだが、幼いわりにはえらく尊大な口ぶりの少女である。かなり高貴な身分の少女なのだろうか? だが、だったら尚の事こんな場所にいるのは変だろう。

「おい、何なんだよ? そのフワフワした嬢ちゃんは?」

 ようやく砂糖菓子パニックから回復してきたので、とりあえず現状を理解しておきたい。さっきからチラチラ伺っていたギャラリー達も今や好奇心むき出しでこちらをガン見している。そりゃそうだろう。

「ん? ああ、とりあえず紹介しよう。アマリリス? このデカいのは俺の弟(仮)だ」

 兄に可愛らしく抱っこされたまま、少女は鷹揚にうなづいた。

「ふむ、デカいな。荷物運びに重宝しそうだ。して、名は何と申すのだ?」

「……ッ……。」

 なんだか少女の台詞に不穏なフレーズを聞いた気もする、が、それよりも、兄が何故だか唐突に言葉を詰まらせた。そっちのほうも不可解だ。

 どこか必死の表情であさっての方向を向き沈黙している兄。少女を腕に抱いたまま、じんわり、と冷や汗をかいているようにも見える。

「……。」

 ふとある不愉快な可能性にいきついて、弟は半眼で兄を見返した。

「オイ、まさか。俺の名前を忘れたとか言うんじゃねぇだろうな?」

 びくりと兄の肩が動き、彼方を向いていた視線がバツの悪そうな色を浮かべてこちらに戻ってくる。

「いや、初対面で一度しか名乗られて無いしな。今、思い出そうと努力してたんだが……」

 やっぱりかよォォ!! ちょっと傷付いたぞ!!

 相手の名前を覚えることって凄く凄く大切な事だ。必要最低限のマナーだよな? 

 (仮)とはいえ弟の名前を忘れるって有り得なくね? 酷くね?

 やっぱり、こんな男とはさっさと最後の握手を交わして永遠に別れるべきだった。いや、今からでも遅くない、とっとと見切りをつけて―――。

「うるさいぞ。お前の名などどーでもよいわ!! そも、どこがサクラの弟だ? ぜんぜん似ておらぬではないか」

「いやいや最初に名前聞いてきたの嬢ちゃんだろーが? つか何で、俺の心の声にまで文句つけてんだよ?!」

「顔で内容ダダ漏れだわ。鬱陶しい……おっと、話の途中であったな」

 愛くるしくも辛辣な少女は、相変わらず兄の腕にちょこんと抱っこされている。兄も兄でいたいけな弟を傷つけておいて、もうすまし顔でしれっと言った。

「ああ、紹介の途中だったか。貴様の名はとりあえず置いておくとして……この女性(ひと)はヒッペアストラム神家の末子で、アマリリス姫という。俺の」

「いや置くんじゃねぇよ。泣かすぞクソ兄――」

「……俺の婚約者だ」

 諸々に非常識な兄(仮)の話にはいろいろと驚かされたが。

 しかし、本日一番の驚愕は間違いなくコレだった。

「おいィィ!! それは犯罪だぞーーォォオッ!!」



すんません「完全犯罪」って、、、私には難し過ぎました><。

早くも書き難さにネを上げ登場人物に名前を付けることにします。


モノ書きさんに30のお題

1、星屑 2、完全犯罪 3、花に嵐 4、事後承諾 5、返り討ち 6、ヒステリー 7、灰色の街 8、魅力的な選択肢 9、+α 10、言葉の綾 11、etc 12、天使か悪魔 13、時効 14、きれい事 15、チェックメイト 16、秘密 17、紳士の条件 18、夜想曲 19、寝空言 20、non title 21、宣戦布告 22、君に幸あれ 23、不可抗力 24、レクイエム 25、螺旋階段 26、99.9% 27、惚れた弱み 28、禁断の果実 29、夢とか希望とか 30、願わくば


サイト名: Dream of Butterfly

URL:http://hatune.finito.fc2.com/x-kotyou-enter.html

↑↑こちらからお借りしました。ありがとうございます。


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