ぷろろーぐ
シェアワールドのとある場所にダンツェ、そう呼ばれる国があった。
ダンツェでは様々な企業を民間が興しており、魔道具生産・通常の道具生産・薬品製造など、主に生産を行っていた。
それらの企業を支えているのは掃除ギルドを中心とした、狩人達である。
掃除ギルドに属する者の仕事は、町の掃除から荷物運び、はたまた魔物退治にまで多岐にわたる。ようは体のいい便利屋である。ならば便利ギルドでよいではないかと云う意見もあった……が、そこは見栄であろうか、少しでも恰好が良い名前がいいというギルド長の意見により、“あらゆる物事を片付ける”者達が集う――掃除”ギルドが生まれた。そして掃除ギルドの仕事実行者のことを、人々は掃除屋と呼んだ。
そして、掃除屋たちが魔物狩りなどをして収集した媒体は、鍛冶屋や薬屋などが加工し、武器・防具、薬などを作る原材料になる。
しかし、収集した媒体はすぐさま加治屋など、生産者へ送られるわけではない。仲介を挟むのだ。
良質なものを自分で鑑定する過程を省き、より効率よく、迅速に生産するため、間に鑑定する者を置いた。
そしてその存在を人々は、鑑定士と呼んだ。
これはとある一人の掃除屋と、とある一人の鑑定士のお話。
○▼◇
掃除屋ギルドの依頼掲示板、そこに貼られた一つの依頼を見ている男がいた。
男の名前はアルト。齢21。ギルドランクはS〜EまであるうちのBで、ようは中の上程度の能力を持っている。故に、初心者が受けられないような危険のある依頼も受けることができる。
今回彼が目に止めた依頼は次のものだ。
【ツァリィの卵がほしい】
ツァリィとは、薄い青色の鱗を持った陸生の小型竜であり、山・海沿い・砂漠地帯などいたるところに生息する魔物だ。本来竜種とは強大であり、ツァリィのような小型の竜など存在しない。
竜種は大きく分けてワイバーン種とドラゴン種と分けることができる。ワイバーンは腕部と翼部が一体となっている竜種であり、ドラゴンは腕と翼が別個に存在する竜種である。もっとも、翼がない陸生の竜種もいるにはいるが、基本的に竜種と云えばこの二つに分けられる。
そんな竜種の中で、小さく、力も弱いツァリィは特殊な分類であり、“最弱”の名を冠している。
しかし最弱とは云っても強大な竜種、そこいらの爪熊と比べるとはるかに強い。といっても、ツァリィ一体と爪熊一体が争えば、おそらく爪熊へと軍配が上がる。
では何故ツァリィは強敵であるのか―――それはツァリィの特性にある。奴らは群れるのだ。
爪熊は基本単独で生活をするが、ツァリィは違う。
一体見つけて殺せばいいと云う話ではないし……何よりも卵の回収だ。ツァリィの卵を手に入れるには、巣に忍び込む必要がある。当然、巣の中にはツァリィの群れが存在している。
しかし…と彼は思う。
ツァリィの卵は市場に出回っている。ツァリィの卵がほしければ買えばいいのだ。わざわざリスクを冒してまで、巣に卵を取りに行く必要などないのである。いまいちこの依頼主の意図が読めない。
―――故に、興味が湧いた。
依頼書には、この依頼を受ける気がある者は私の家まで来てください、とまで書いてある。
ツァリィ程度であるならどうにでもなるし、やってみるのも面白いかな、とアルトは思った。
そして依頼主の名前欄には、『ユーリ』と書かれていた。
***
ギルドの受付に依頼書を持っていき、後日ユーリ宅へと向かった。
依頼主・ユーリの自宅は、それなりに広い一軒家であるように見えた。……外目からは。というのも、中に入ると蜘蛛の甲殻や爪熊の爪、ツァリィの毛皮、魔鉱石のカケラ、魔植物が浸けられた瓶など、媒体であふれ返っており、綺麗好きな人間からすれば見るに堪えない状態であろう。
しかし、それはともかく何故自宅まで訪れなければならなかったのだろうか。通常こういった場合には、喫茶店やギルドの中で話し合いをするものなのだが、よっぽど他人に聞かれたくない話なのだろうか。
「あぁ名前のことなら親に言ってね。私だって好きでこんな名前になったわけじゃないんだし。あなたもそうでしょ? アルトちゃん」
依頼主の名はユーリだ。ユーリとは男性名だ。故に男だとアルトはつい先ほどまで思っていた。
だが彼の予想に反し、依頼主は女性であったらしい。
肩甲骨ほどまでかかっている銀色の髪に、翡翠のような瞳。その美しい姿は紛うことなき女性の姿だ。これで男だと言われれば吃驚間違いなしだ。
「まだ何も言ってない」
顔を合わせて開口一番の言葉に、少しムッとする。
確かにアルトは年の割に童顔であるし、名前も女性のそれだ。掃除屋仲間からこれまで散々からかわれてきたことを出汁にされることは、あまり好ましいことではない。
親曰く、『あまりに可愛かったから女の子と間違えた』だそうだが、ちんちんが目に入らないのかとすごく言いたいものである。というか実際言ったが、『そのときには気付かなかった』と返され唖然としたものだ。
彼女も似たような経験を持っているのだろうか。
「ある程度わかるわよ。あなた私を見て怪訝な顔をしたわ。つまり、私が女だったことが意外だったのでしょ?」
「別にそういうわけじゃない。ただこんな雑多な家に住んでる割に主人が身綺麗だったから驚いただけだ」
女であることに驚いた、というのも本音であるが、これも嘘ではないのだ。
さらに言うならば、女であるなら無用心に男を上げたりなどしないだろう、という考えも理由の一つになる。
「…まぁそんなことはどうでもいい。依頼の件だ」
ギルドへ出されていた依頼には『詳しい話は家で』と書かれていたために、具体的な内容は知らないのだ。まさかその辺でツァリィの卵を購入して持ってくればいいというわけではあるまい。こんな面倒な真似をしておつかいの依頼ということはまずないだろう。
おつかいであるならば、購入数・届け先が明記されているはずであり、こんな家まで行って話を聞くような手間をかける必要はない。
「あぁ―――連れて行ってほしいのよ、ツァリィの巣に」
「は?」
想定外の言葉にしばし絶句する。
「待て、依頼はあくまで卵の入手だろう? 依頼内容と違う。違反だぞこれは」
アルトは思わず語気が荒くなる。
そんな彼を見て、ユーリは手を前に向けてあたふたと弁解をし始める。
「違うってば! あれよあれ! 直接行ってその場で食べたいっていうこと!」
「は?」
次は別の意味で絶句とした。
『その場で? 卵を? 何故?』と、頭に疑問符がいくつも出来、混乱をする。
わざわざ危険を冒してまでそんなことをする理由がわからない。
「護衛をしろと?」
「そうよ」
ユーリは誤解が解けたためか、または他の要因のためか、胸を張って自信満々に答えた。
「おいおい…」
正直、現時点ではこちらにメリットなど皆無であり、とても依頼を受ける気にはなれない。
故に――
「報酬は?」
それなりのものを要求しなければ割に合わない。
「あら、受けてくれるのかしら」
「報酬による」
ふふふ、と先ほどまでの慌てぶりが嘘のように穏やかに笑っている。
その顔が妙に感に触り、
「で?」
少し苛立ちを乗せた言葉を送る。
「そうね…金貨一枚と銀貨が五十枚ってところでどう?」
「ふむ」
移動・武器・防具・薬品、この依頼を達成するのに掛かる経費、そしてその後の生活費を手に入れることができるかを大雑把に計算する。
「―――」
利益は十分に出る。
とはいっても過度な負傷を負わなければだ。怪我を負えば治療費がかかるし、何よりもしばらく危険な―――金になる仕事ができなくなる。
金一、銀五十はおいしいが、彼女を連れて行くのが依頼だ。自分ひとりの場合と、勝手は非常に変わるだろう。
「駄目だな」
「どうして?」
「危険だからだ。俺じゃなくてあんたが、だ」
家の様子を見た限り、彼女は仲介者であろう。ギルドの依頼で回収された媒体の質を見る者、良質なものとそうでないを見極め専門の薬師や加治屋へと渡すのだ。質の良い媒体を以って良質な魔道具を生成し、悪質なものは悪質な不良品として生成する。良質なものは裕福な者が、悪質なものは貧困な者が用いる。
そして当然、そこに戦闘能力など存在するはずもない。
「………金貨三枚」
押し殺された声で金額の上昇が告げられる。
「…駄目だ」
一瞬躊躇したものの、やはり依頼主を危険に晒すわけにはいかない。こちらも掃除屋としての矜持がある。
「金貨三枚銀貨五枚」
「駄目だ」
「金三銀六」
「駄目だ」
「金三銀十五」
「駄目」
「金三銀五十」
「駄目」
「金四」
「…………」
一つ、深くため息を吐く。
金貨四枚と云えばかなりの大金だ。この程度の依頼で与えられる報酬ではない。仮に、今ここで俺が了承をしたら彼女は払うのだろうか、そこまでして卵がほしいのだろうか、とアルトは疑問に思った。
「駄目」
「……いくらなら受けてくれる? そっちの言い値でいいわ」
「…銀貨六十枚ってとこかな」
「はぁ!?」
ユーリは納得がいかないと言わんばかりに目を剥き、声を張り上げる。
それはそうだろう、彼女が最初提示した金額すらも下回る額である。
「さっきは報酬によってって言ったが、やっぱ無しだ。受けるならこの金額でいい」
だが、
「条件がある。これが守れるならやってもいい」
「……なに?」
ロクな条件ではないと思ったのか、ユーリの表情は険しく、肩肘をついている。
「連れてけってのは無しだ。だが卵は十全な状態で、そちらが望む個数を即日送り届けよう」
「だめよ」
即答。
連れて行くのは無しだと、そう言った次の瞬間には難色を示す顔つきをし、こちらが言い切るとほぼ同時に言葉が返ってきた。
「そういうことなら別の人に頼むから。帰っていいわよ」
「………」
途中からこういう展開になるのでは、と危惧はしていたものの実際にそうなると、少しばかり癪に障るものだ。
しかし、依頼書を見たときから思っていたが、
「なんでそこまでして卵がほしい?」
それが本当にわからない。
この国ではツァリィの養殖を行っている。やはり魔物であるため凶暴ではあるが、魔力を遮断する金属――アポイタカラで作成した小屋に入れてやれば脅威も消える。その皮は頑丈で、牙や爪は武具や日用品に転用でき、卵は食用として用いられるのだ。
故に、ツァリィの卵に希少性は皆無だと言っていい。
「食べたいからに決まってるじゃない」
ユーリは『馬鹿じゃないの?』という呆れた表情と共に、シッシ、と出て行けという動作を行っている。
「鑑定士としての仕事? かなんかじゃないのか?」
てっきりそういうことだとばかり思っていたのだが、違ったのだろうか。確かに自然に存在するツァリィの卵の方がうまいという話は聞いたことがあるし、自分も食べ比べたときそう思った。
だが、まさかそんなことのために自分の命を危険に晒すものであろうか。
「いや、仮に食べたいだけだとして自分で行かなきゃいけない理由ってなんだ?」
「馬鹿ねぇ。こういうのは自分で動いて、疲れ果てた身体で、その場で食べるからおいしいんじゃない」
馬鹿だ、とそう思った。
そして同時に、面白いとも思った。
「金貨一枚銀貨五十枚」
それは、最初ユーリが提示した金額。
「これで引き受けよう」
アルト単身であるなら銀貨六十程度でも十分にうま味があるが、護衛の任につくとなると警戒に神経を使う分進行も遅くなるし、何より装備を万端にしなくてはいけない。そのため費用は跳ね上がるが、それでいいのであれば――。
「どうする?」
「――よろしく」
ユーリはきょとん、とした後、笑みを浮かべて言った。