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てのひらの記憶

作者: 紫子

学校の帰り道、いつも横切る公園があって。

まあ、ちっちゃい公園なんだけど、そこを横切った方が近道だから。


部活で遅くなるから、もう子供はあんまり遊んでない。

犬の散歩が2~3組?普段見かけるのはそのくらいかな。


でもこのあいだから、はじっこのベンチにおじいさんが座ってるんだよね。

ここのところいっつも。


なんにもしないでただ座ってる。


だいたい鳩とかカラスとか、散歩中の犬とか見てる。

茶色いよれっとしたコート着て、やっぱり茶色のよれっとしたハンチング。


ホームレスかなとも思ったけど、塾の帰りに通ったときはいないんだよね。

あたしが学校から帰ってくるときだけみたい。


なんとなく、視界に入ってくるから、どうしてもそっち見ちゃう。

で、あるときついに眼があっちゃった。


うわ、やべ、と思ったらそのおじいさん、すごいにっこり笑ったんだよ。

えーとか思いながらちょいおじぎっぽくしてみた。

そしたら次の日は公園入ったとたんもうこっち見てるわけ。

しかたないからまたちょっとおじぎっぽくして、若干小走りで去ったのよ。

えーだってキモクない?


どうしようかなあ、あの公園通るのやめようかなあとも思ったけど、

でもまあ、おじいさんだしさ。

もしか追いかけてきてもたぶんあたしのほうが足速いかなとも思って。

で、距離はとりつつ、にっこり~。ぺこ~。ってやってたわけよ。


でもそのうち慣れて来ちゃって、ためしに手とか振ってみたら、

じいちゃんも小さく振り返してくれたりして。

なんかなごむカンジでさ。



でさ、こないだ。ほら、あたし担任ともめたじゃん。

そうそう、髪のことで。

すっごいムカついてて、部活も休んで帰ったんだけど、なんかまっすぐ

家に帰るのもヤでさ。だってお母さんとかぜったい聞くでしょ。

今日なんで早いのーって。メンドイなーって思って。

そしたらベンチにじいちゃん座ってたんだよ。

あー、こんな時間からいるんだーって思ってさ、つい。


「今日はやいですねー」って声かけちゃった。


そしたら、「おじょうちゃんもはやいね」ってじいちゃんが言って。


あたし気がついたら、じいちゃんと並んでベンチに座ってたよ。

はは。笑うよねー。でさ、いつもの時間になるまで、じいちゃんと

公園で黄昏れてたの。

話?なんか、あたしがけっこう一方的にしゃべって、

じいちゃんが黙って聞いてるってカンジ?


そう、最近部活のあと、急いで帰ってたの、それなんだよ。

なんか、じいちゃんと語らうのが楽しみになっちゃって。

マイブーム?みたいな。


そのベンチに座ってるとさ、なんか童心にかえるっていうか。

まあ、たいして大人ってわけじゃないけどね、今でも。

今まで人に話そう〜とか思ってなかったことも、すらすらしゃべれるカンジでさ。


じいちゃんはあんまり自分のことはしゃべらないけど、

学校は楽しいか、とか訊いてきた。

なんか自分は行けなかったって言ってたよ。

センソーのせいかなって、思ってたんだけどね。


兄弟がいたけど離ればなれになったとかも言ってた。

それもセンソーのせいかなって。


あたしは担任の悪口とか、武井先輩のこととか、え?いや、

ちょっといいなー、ぐらいだよ。うん。あと家のこととか、

まあ、そんなことしゃべって。

じいちゃんいっつもニコニコしながら聞いてたな。


・・・それがね。

おとつい、急にじいちゃんが言ったんだよ。

「遠くに行くからもう逢えないよ」って。突然でしょ?

あたし、引っ越し?って訊いたんだ。

じいちゃんは半分頷いて、半分首を振ったみたいだった。

どっちだよ、ってカンジだったよ。

もう戻ってこないの?って訊いたら、それには「うん」って。


なんかショックでさあ。言葉がみつかんなくて。

それからしばらく二人とも黙って座ってたんだ。


それでね、じいちゃんが「おじょうちゃん、最後にお願いがある」っていうから、

「何?」って。


じいちゃんね、茶色い帽子を脱いで、

「頭に触ってくれないかな」って言ったんだよ。

変だよね。頭だよ?ハゲじゃなかったけど薄くなってたな。


あたしもちょっと迷ったんだけど、最後のお願いとか言われちゃったし、

ちょこっと指の先で触ればいいか、と思って。

で、じいちゃんの頭のてっぺんにちょっと触ったんだ。

でも、ちょっとのつもりだったのに、なんか手のひらでぺたっと触っちゃって。

わ、と思ったんだけど、じいちゃんの頭あったかくて、いい感じにまるくて、

なんか気持ちよくて。


なんていうかな。なつかしい気分っていうか。

で、子供にいい子いい子するみたいに撫でてあげたの。

じいちゃんも気持ち良さそうにじっとしてた。

眼がほそーくなって、そのまま寝ちゃいそうな顔。


あたしが手を離したら、じいちゃんゆっくり頭を上げて、

「ありがとう。はるかちゃん」って言って笑ったんだ。

あたし、名前教えた事あったかなあ、とちらっと思ったけど、

それよりなんかさみしいなあ、と思って。

元気でね、って言うのがやっとだった。

じいちゃんは「はるかちゃんも」って言ってまた笑ったんだ。



それで・・・じいちゃんにバイバイして家に帰ったんだけど、

なんか忘れ物したような、もやもやしたカンジがして、

あー後ろ髪引かれるってこんなカンジかあとか思ってさ。


で、家に帰ったら、お母さんが台所で泣いてたんだよ。


もしかして、と思ったらやっぱりだった。



「ジャックが死んだ」って。




ほら、前に話したことあったでしょ。

ウチで飼ってる犬。あたしが1歳のときにお父さんがもらってきた。

もう年でさ、ずっと寝たきりだったんだよ。

こうゴハンも食べなくなっちゃってて。


おかあさんは毎日いろいろ世話してたけど・・・。

あたしは怖くて、最近は全然近寄らなかったし、見てなかったんだ。

だってあたしと兄弟みたいに遊んでたのに、

あいつだけどんどん先に年とっちゃって

ヨボヨボになっちゃって、なんかイヤだったんだよ。


あたし、そのまま自分の部屋に行こうと思ったんだけど、

おかあさんがさ、もうすぐペットの葬儀屋さんが来ちゃうから、

その前にちゃんとお別れしなさい。っていうからさ。


リビングの隣のちっちゃい部屋、前物置にしてたとこ、

そこがジャックの部屋になってたんだけど、そこ、入ったんだ。


毛布が、掛けてあって、それがうっすら、ジャックのかたちに膨れてた。

それ見たら鼻の奥が痛くなって、喉があつくなって、もうヤダって思いながら

そっと毛布をめくったら、ガリガリになっちゃったジャックの顔があって。


死ぬときってさ、眼とかぎゅってつぶるんだと思ってたけど、

なんか薄目あいてるんだよね。口もちょっと開いてて、なんか寝てるみたい。

でも鼻が乾いてて、なんか全体にもさっとなってて、

ああ、死んじゃったんだなあって思った。


触るの怖かったんだけどね。

でも、そおっと、ジャックの頭に触って、撫でてみた。



てのひらに、ジャックの頭。



それであたし、突然「うあっ」とか言いながら立ち上がって、

すごい勢いで部屋から飛び出したんだ。

うしろでおかあさんが呼んでたけど、もうそのときには靴はいて玄関から

駆け出してた。


公園までマジすごい速さで走ったよ。

もう周りの景色がぐるぐるまわって、色も赤とか青がチカチカしてて、

泣きたいのか叫びたいのか、どうしていいかわかんなかったよ。


眼の奥がズキズキしてきて、ちょっとの距離なのにすっごい息がきれた。


やっぱり、じいちゃんはもういなかった。



公園の、あのベンチは空っぽだった。


でも、あたしには夕日の中で、女の子と茶色い犬が遊んでる姿が見えた。

小学校のときのあたしと、ジャック。


おすわりも、お手も、あのベンチのところであたしが教えたんだ。

上手く出来たら頭をよしよしって撫でて。

そうだよ。あのベンチ。あたしとジャックの指定席だった。


あたしが頭をなでると、ジャックはいっつも眼をほそーくして、

笑ったみたいな顔になって、気持ち良さそうにしてた。


中学になって・・・、部活が忙しいとかいろいろ言ったけど、

ほんとはめんどくさかったんだよ。ジャックの散歩。

だからおかあさんに代ってもらって、あたしはこの公園にこなくなった。


別にジャックと遊ばなくなったわけじゃないけど、

うん、そうだね。気が向いたときにちょっと相手してやるくらいで。

そのうち急にヨタってきたし、余計に・・・。


そっか・・・。そう、先に変わっちゃったのはあたしのほうだったね。

体は年取っても、ジャックの心は変わってなかったのに。

ずうっとずうっと、あたしと、このベンチに来たかったのかなあ、って

頭撫でてほしかったのかなあって。

今頃思ってももう遅いよね・・・。



おじいちゃんのあったかい頭の感触と、冷たくなってたジャックの感触、

あたしのてのひらのなかで、記憶がどんどんごっちゃになって、

もうどっちがどっちだかわかんなくなって、

あたしは手をぎゅっと握りしめて、反対の手で包んで、

公園のベンチの前にずっと立ってたんだ。


おかあさんがね、ああ、やっぱりここだったって、迎えに来た。

ここ、はるかとジャックの思い出の場所だもんねえって。

あたし大泣きしちゃったよ。


ごめん。ごめんねって。



ジャック?昨日ね、お骨になって帰って来た。

来週のお休みに、家族みんなで納骨に行くんだ。

最近のペット霊園ってすごいんだって。おとうさんが言ってた。




それで、ねえ。


・・・どう思う?


あのおじいちゃん。




・・・ジャックだったと思う?



え、あたし?




・・・うん。



あたしのてのひらは




そう思うって。





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