夏休みの宿題は永遠
八月も後半になり、学生たちのパラダイス、夏休みは終わろうとしている。
そうすると次にやってくるのは、夏休みの宿題の提出期限だ。
夏休みの間に計画的に宿題をしていた学生たちには、想定されていたこと。
問題なのは、夏休みに、宿題にほとんど手をつけず、
本当にパラダイスとして過ごしていた学生たち。
目の前には白紙の夏休みの宿題が積み上がっている。
残された僅かな日数で、夏休みの宿題を終わらせなければならない。
パラダイスは消え失せ、地獄が始まろうとしていた。
ここに、一人の男子高校生がいた。
名前を中島八幡と言う。
一応、進学希望なのだが、問題は多い。
まず、中島家は子供が多い。
八幡を長男として、下に男女四人、総勢五人兄弟だ。
これだけ育ち盛りの子供がいては、母親はパートに出る暇もない。
洗濯に炊事にと家事に追われっぱなし。
父親はまさに中島家の大黒柱というわけだが、
これまた稼ぎが特別多いかと言うと、そうでもない。
年の割に頭に白いものが多くなるほど必死に働いているが、
五人の子供たちが端から食べていってしまう。
貯蓄など僅かなもので、稼ぎはほとんど生活費に消えていった。
そうすると問題なのは、子供たちの学費だ。
高校までは、補助金などでなんとかなる。
しかしそれより上となると、学費を集めるのも難しい。
だから八幡は長男として、兄弟たちに示しをつけねばならない。
できることなら、成績を良くして特待生にしてもらいたい。
・・・のだが、実際はと言うと、八幡の夏休みはパラダイスだった。
友人たちとプールに日光浴にと遊び続け、
夏休みの宿題など、全く手を付けていなかった。
今は八月下旬。
少なくとも予定されていたペースの三倍で、
山となって積み上がった宿題を片付けねばならなかった。
八幡の夏休みの残りは地獄に変わった。
昨日までの楽しい日々は思い出にして、
今日から毎日ずっと学習机に張り付く覚悟だった。
「よし!宿題を終わらせるぞ!
まずは・・・なんでもいい!とにかく手を動かすぞ。」
八幡は学習机に積み上げられた宿題の山を床に下ろし、
上から適当に選んで夏休みの宿題に手を付け始めた。
最初に選んだのは現代文学だった。
現代文学の宿題のプリントの折本を開いて、八幡は声を上げた。
「読書感想文!?今から本を一冊読めってのか!」
しかしそれは八幡の杞憂で終わった。
現代文学の夏休みの宿題に指定された読書感想文は、
教科書に乗っている短編を三つほど読むだけで済んだ。
それでも時間が惜しい。まともに読む暇はない。
八幡は現代文学の教科書を斜め読みしていった。
そうして読書感想文をでっち上げ、細々した設問をこなす。
「次!次はなんだ!?」
次の宿題は日本史だった。
日本史もやはり、教科書の一部を読んで感想文を書かねばならなかった。
夏休みの宿題の遅延行為が八幡の前に立ちふさがる。
「はちまんおにいちゃん、な~にしてるの?」
さらには、幼い兄弟たちが、珍しく机に向かっている八幡に寄ってくる。
八幡は幼子の機嫌を損ねずに、引き剥がさなければならなかった。
「今、兄ちゃんは夏休みの宿題をやってるんだ。
だから遊ぶのは後でな。」
「えー。」
「兄ちゃんのためと思って、な?」
「うー、わかった。」
物わかりの良い兄弟たちで助かった。
改めて八幡は机に向かった。
こうして八幡の楽しかった夏休みは、
今日も勉強漬けの苦行となって終わった。
次の日も、八幡は朝から学習机に向かっていた。
今、手に取っているのは政治経済の宿題。
率直に言って、八幡にはちんぷんかんぷんだった。
こんな時、使えるものは親でも使え。
八幡は政治経済の宿題はひとまず置いて、
父親が仕事から帰ってきてから手伝ってもらった。
もちろん、父親の帰りをぼーっと待っていたわけではない。
強敵である数学の宿題と闘っていた。
こうして八幡は、山となった夏の宿題と一日中向き合っていた。
そうして次の日も次の日も、八幡は夏休みの宿題の山を崩していた。
しかし、夏休みの宿題はやってもやっても終わらない。
なんだかおかしい気がする。
夏休みの宿題にしては量が多すぎるし、
内容も難しかったり簡単だったりする。
疑問は尽きないが、八幡には考える時間は残されてはいない。
とにかく夏休みの宿題の山の上から崩し続けるしか無かった。
八幡が夏休みの宿題に取り掛かって一週間が経った。
この頃になると、もう八幡が机に向かいっぱなしなのは当たり前。
両親も兄弟も、声をかけることもなく、静かに見守るのみだった。
父親が感心している。
「あの八幡が、こんなに勉強に集中できるなんてなぁ。」
「あら、あの子はやればできる子なんですよ。」
「本当にそうだなぁ。」
「にいちゃんはやればできるこなんだよ。」
母親と幼い兄弟たちも、勉強する八幡を見て笑顔になっていた。
減らない。夏休みの宿題が減らない。
あれからも八幡は毎日ずっと机に向かいっぱなしだった。
それにもかかわらず、夏休みの宿題の山は減っていないように見えた。
「それほどまでに夏休みの宿題の山は高いってことか!
でも俺は負けないぞ。」
くじけること無く、八幡はまた宿題を一つ片付け、
夏休みの宿題の山の上から次の一冊を手に取った。
その本の名は、受験直前の問題集。
次に手に取った本は、国語の基礎。
どちらも高校生の夏休みの宿題としては不自然なことに、
八幡は気が付いていなかった。
八幡の頭の中はもう、問題を解くことだけに夢中になっていた。
さらに数日が経過して、夏休みも終わりが見えてきた。
この頃になると、八幡も無事では済まず、壮絶な姿になっていた。
身体はやせ細り、顔はげっそりと肉が落ちていた。
「次の問題・・・、次の問題・・・。」
八幡にはもう夏休みの宿題しか目に入らず、
食事もろくに取らず、風呂にも入らないほどに集中していた。
まるで別人になったかのような姿に、両親と兄弟は心配していた。
「ちょっとやりすぎじゃないか?」
「もういいよ、はちまんおにいちゃん。」
八幡の筆を止めようとする両親と兄弟を、八幡は振り払った。
「邪魔をしないでくれ!俺は今、夏休みの宿題をしてるんだ!」
その気迫は、幼い兄弟を震え上がらせるほど。
両親は困った顔で八幡を見ていた。
何事にも終わりはある。
八幡の地獄の夏休みにも終わりが近付いてきた。
「後少し・・・後少しで夏休みの宿題が終わる。」
八幡の横に積まれていた夏休みの宿題は、
いよいよ底が見えるほどに減っていた。
そしてその最後の一冊は、倫理の宿題。
これは考える内容ではない。暗記、あるいは理解するもの。
人を欺いてはならない。人のものを盗ってはならない。
当たり前のことを当たり前に受け入れていく。
そしてその結果。
「や、やった~!夏休みの宿題が終わったぞ!」
倫理の宿題を終わらせ、とうとう八幡の夏休みの宿題は終わった。
隣に鎮座していて、解いても解いても減らなかった夏休みの宿題の山。
その夏休みの宿題の山がとうとう無くなっていた。
八幡は床に倒れ込んで、大の字になって伸びをした。
これで後は新学期を待つばかり。
そう思ったのだが。
ここで、両親と兄弟たちが、おずおずと姿を現した。
八幡は床に倒れたまま言う。
「俺、やったよ!夏休みの宿題、全部終わらせたんだ。」
その言葉に、両親と兄弟たちは顔を見合わせた。
そして言いづらそうに、父親が口を開いた。
「八幡、お前の夏休みの宿題は、まだ残っているぞ。」
八幡の夏休みの宿題は終わった。そのはずだった。
現に山と積まれていたプリントや参考書は無くなっていた。
しかし、集まった両親と兄弟たちは言う。
八幡の夏休みの宿題は、まだ終わっていない、と。
突拍子の無い言葉に、八幡は考えるのも面倒そうに答えた。
「あ、もしかして日記か何かがまだあった?」
「いや、そういう話ではない。」
「ちがうんだよ、にいちゃん。」
「・・・どういうこと?」
全く理解の及ばない八幡に、両親と兄弟たちは語り始めた。
「あのな、八幡が珍しく勉強に集中してたからな、
父さんたちは、もうちょっとお前に頑張ってもらおうと思ったんだ。」
「ぼくたちも、はちまんにいちゃんにたすけてもらおうとおもったの。」
言葉の意味がわからない。何を言っているのか。
嫌な予感がする。
八幡は起き上がって問うた。
「みんなは僕に何かしたのか?」
家族一同が頷いて返した。
そして、恐怖の事実が告げられた。
「八幡。よく聞きなさい。
お前が今まで一生懸命解いていたのは、夏休みの宿題ではない。」
「・・・どういうこと?」
八幡の家族は懺悔した。
「お前が勉強に集中してる時に、少しでも多く勉強してもらおうと思って、
父さんと母さんはお前の夏休みの宿題に、
それとは無関係の受験勉強の参考書を混ぜていたんだ。」
幼い兄弟たちも言う。
「ぼくたちも夏休みの宿題が終わらなくて、
にいちゃんにてつだってもらおうとおもって、
にいちゃんの夏休みの宿題に、ぼくたちの宿題をまぜたんだ。」
音が言葉となり、脳に届くまで時間がかかった。
そして、震える声で事実を確認する。
「じゃ、じゃあ、俺は今まで、夏休みの宿題じゃなくて、
無関係の参考書や子供の夏休みの宿題を解いていたのか?」
「・・・そうだ。」
「じゃあ、じゃあだよ?
俺の夏休みの宿題はどうなったの?」
「それは、ここにある。」
父親が押し入れを開けた。
するとそこには、手つかずの夏休みの宿題の山が隠されていた。
「うそ・・・だろ・・・?
父さん母さんや弟たちが俺を騙すなんて・・・」
「騙すつもりはなかったんだ。
ただ、もっと勉強してもらいたかっただけなんだ。」
「ぼくたちも、ちょっとてつだってほしかっただけなんだ。」
家族の贖罪は今の八幡の耳に届かない。
心当たりはあった。
夏休みの宿題にしては簡単過ぎる、難しすぎる、テーマが合わない。
解いても解いても数が減らない。
あれは気の所為ではなかったのだ。
現に、目の前に、手つかずの夏休みの宿題の山がある。
「う、うーん。ブクブクブク。」
八幡は事実を受け入れられなくて、泡を吹いて白目を剥いて倒れてしまった。
あわてて家族が介抱するも、回復には時間が必要だった。
それから。
八幡はマシーンのようになって、本物の夏休みの宿題に取り掛かった。
食事も取らず、何を言っても耳も貸さず、
ただひたすらにシャープペンシルを動かすマシーン。
幼い兄弟が夏休みの宿題の山に手を伸ばそうものなら、
ものすごい剣幕で怒鳴りつけて散らした。
やがてシャープペンシルの芯が切れているのも気が付かず、
夏休みの宿題を書けないペンで書いていた。
それでは夏休みの宿題はやはり解いても解いても終わらない。
そんなことにもすぐには気が付かないほど、八幡の人間性は失われていた。
絶望的状況だが、八幡にはまだ僅かな時間が残されている。
各教科の夏休みの宿題は、一斉に回収されるわけではない。
最初の授業がデッドライン。
つまり始業式の後で遅い日に始まる授業の夏休みの宿題は、後回しにできる。
その僅かなアディショナルタイムが、八幡に残された最後の希望。
八幡が本物の夏休みの宿題を終わらせることができるのか。
それは八幡の勉強の腕に掛かっている。
どうか努力が結果を結びますように。
家族には祈ることしかできなかった。
終わり。
学生のみなさん。夏休みはもうすぐ終わりです。
夏休みの宿題はもうできていますか?
私はと言うと、学生時代は主に九月に夏休みの宿題をやっていました。
もしも間違えたり何らかの事情で、
夏休みの宿題ではないものを延々と解いていたら、
提出期限間際であれば、立派にホラーだと思います。
下手をすれば幽霊より恐ろしい。
だからこの作品のジャンルはホラーとしました。
学生のみなさん、くれぐれも夏休みの宿題の内容に気を付けて。
それは本当に夏休みの宿題ですか?
お読み頂きありがとうございました。




