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夏休みの宿題は永遠

作者: ウォーカー
掲載日:2026/08/30

 八月も後半になり、学生たちのパラダイス、夏休みは終わろうとしている。

そうすると次にやってくるのは、夏休みの宿題の提出期限だ。

夏休みの間に計画的に宿題をしていた学生たちには、想定されていたこと。

問題なのは、夏休みに、宿題にほとんど手をつけず、

本当にパラダイスとして過ごしていた学生たち。

目の前には白紙の夏休みの宿題が積み上がっている。

残された僅かな日数で、夏休みの宿題を終わらせなければならない。

パラダイスは消え失せ、地獄が始まろうとしていた。


 ここに、一人の男子高校生がいた。

名前を中島(なかじま)八幡(はちまん)と言う。

一応、進学希望なのだが、問題は多い。

まず、中島家は子供が多い。

八幡を長男として、下に男女四人、総勢五人兄弟だ。

これだけ育ち盛りの子供がいては、母親はパートに出る暇もない。

洗濯に炊事にと家事に追われっぱなし。

父親はまさに中島家の大黒柱というわけだが、

これまた稼ぎが特別多いかと言うと、そうでもない。

年の割に頭に白いものが多くなるほど必死に働いているが、

五人の子供たちが端から食べていってしまう。

貯蓄など僅かなもので、稼ぎはほとんど生活費に消えていった。

そうすると問題なのは、子供たちの学費だ。

高校までは、補助金などでなんとかなる。

しかしそれより上となると、学費を集めるのも難しい。

だから八幡は長男として、兄弟たちに示しをつけねばならない。

できることなら、成績を良くして特待生にしてもらいたい。

・・・のだが、実際はと言うと、八幡の夏休みはパラダイスだった。

友人たちとプールに日光浴にと遊び続け、

夏休みの宿題など、全く手を付けていなかった。

今は八月下旬。

少なくとも予定されていたペースの三倍で、

山となって積み上がった宿題を片付けねばならなかった。


 八幡の夏休みの残りは地獄に変わった。

昨日までの楽しい日々は思い出にして、

今日から毎日ずっと学習机に張り付く覚悟だった。

「よし!宿題を終わらせるぞ!

 まずは・・・なんでもいい!とにかく手を動かすぞ。」

八幡は学習机に積み上げられた宿題の山を床に下ろし、

上から適当に選んで夏休みの宿題に手を付け始めた。

最初に選んだのは現代文学だった。

現代文学の宿題のプリントの折本を開いて、八幡は声を上げた。

「読書感想文!?今から本を一冊読めってのか!」

しかしそれは八幡の杞憂で終わった。

現代文学の夏休みの宿題に指定された読書感想文は、

教科書に乗っている短編を三つほど読むだけで済んだ。

それでも時間が惜しい。まともに読む暇はない。

八幡は現代文学の教科書を斜め読みしていった。

そうして読書感想文をでっち上げ、細々した設問をこなす。

「次!次はなんだ!?」

次の宿題は日本史だった。

日本史もやはり、教科書の一部を読んで感想文を書かねばならなかった。

夏休みの宿題の遅延行為が八幡の前に立ちふさがる。

「はちまんおにいちゃん、な~にしてるの?」

さらには、幼い兄弟たちが、珍しく机に向かっている八幡に寄ってくる。

八幡は幼子の機嫌を損ねずに、引き剥がさなければならなかった。

「今、兄ちゃんは夏休みの宿題をやってるんだ。

 だから遊ぶのは後でな。」

「えー。」

「兄ちゃんのためと思って、な?」

「うー、わかった。」

物わかりの良い兄弟たちで助かった。

改めて八幡は机に向かった。

こうして八幡の楽しかった夏休みは、

今日も勉強漬けの苦行となって終わった。


 次の日も、八幡は朝から学習机に向かっていた。

今、手に取っているのは政治経済の宿題。

率直に言って、八幡にはちんぷんかんぷんだった。

こんな時、使えるものは親でも使え。

八幡は政治経済の宿題はひとまず置いて、

父親が仕事から帰ってきてから手伝ってもらった。

もちろん、父親の帰りをぼーっと待っていたわけではない。

強敵である数学の宿題と闘っていた。

こうして八幡は、山となった夏の宿題と一日中向き合っていた。


 そうして次の日も次の日も、八幡は夏休みの宿題の山を崩していた。

しかし、夏休みの宿題はやってもやっても終わらない。

なんだかおかしい気がする。

夏休みの宿題にしては量が多すぎるし、

内容も難しかったり簡単だったりする。

疑問は尽きないが、八幡には考える時間は残されてはいない。

とにかく夏休みの宿題の山の上から崩し続けるしか無かった。


 八幡が夏休みの宿題に取り掛かって一週間が経った。

この頃になると、もう八幡が机に向かいっぱなしなのは当たり前。

両親も兄弟も、声をかけることもなく、静かに見守るのみだった。

父親が感心している。

「あの八幡が、こんなに勉強に集中できるなんてなぁ。」

「あら、あの子はやればできる子なんですよ。」

「本当にそうだなぁ。」

「にいちゃんはやればできるこなんだよ。」

母親と幼い兄弟たちも、勉強する八幡を見て笑顔になっていた。


 減らない。夏休みの宿題が減らない。

あれからも八幡は毎日ずっと机に向かいっぱなしだった。

それにもかかわらず、夏休みの宿題の山は減っていないように見えた。

「それほどまでに夏休みの宿題の山は高いってことか!

 でも俺は負けないぞ。」

くじけること無く、八幡はまた宿題を一つ片付け、

夏休みの宿題の山の上から次の一冊を手に取った。

その本の名は、受験直前の問題集。

次に手に取った本は、国語の基礎。

どちらも高校生の夏休みの宿題としては不自然なことに、

八幡は気が付いていなかった。

八幡の頭の中はもう、問題を解くことだけに夢中になっていた。


 さらに数日が経過して、夏休みも終わりが見えてきた。

この頃になると、八幡も無事では済まず、壮絶な姿になっていた。

身体はやせ細り、顔はげっそりと肉が落ちていた。

「次の問題・・・、次の問題・・・。」

八幡にはもう夏休みの宿題しか目に入らず、

食事もろくに取らず、風呂にも入らないほどに集中していた。

まるで別人になったかのような姿に、両親と兄弟は心配していた。

「ちょっとやりすぎじゃないか?」

「もういいよ、はちまんおにいちゃん。」

八幡の筆を止めようとする両親と兄弟を、八幡は振り払った。

「邪魔をしないでくれ!俺は今、夏休みの宿題をしてるんだ!」

その気迫は、幼い兄弟を震え上がらせるほど。

両親は困った顔で八幡を見ていた。


 何事にも終わりはある。

八幡の地獄の夏休みにも終わりが近付いてきた。

「後少し・・・後少しで夏休みの宿題が終わる。」

八幡の横に積まれていた夏休みの宿題は、

いよいよ底が見えるほどに減っていた。

そしてその最後の一冊は、倫理の宿題。

これは考える内容ではない。暗記、あるいは理解するもの。

人を欺いてはならない。人のものを盗ってはならない。

当たり前のことを当たり前に受け入れていく。

そしてその結果。

「や、やった~!夏休みの宿題が終わったぞ!」

倫理の宿題を終わらせ、とうとう八幡の夏休みの宿題は終わった。

隣に鎮座していて、解いても解いても減らなかった夏休みの宿題の山。

その夏休みの宿題の山がとうとう無くなっていた。

八幡は床に倒れ込んで、大の字になって伸びをした。

これで後は新学期を待つばかり。

そう思ったのだが。

ここで、両親と兄弟たちが、おずおずと姿を現した。

八幡は床に倒れたまま言う。

「俺、やったよ!夏休みの宿題、全部終わらせたんだ。」

その言葉に、両親と兄弟たちは顔を見合わせた。

そして言いづらそうに、父親が口を開いた。

「八幡、お前の夏休みの宿題は、まだ残っているぞ。」


 八幡の夏休みの宿題は終わった。そのはずだった。

現に山と積まれていたプリントや参考書は無くなっていた。

しかし、集まった両親と兄弟たちは言う。

八幡の夏休みの宿題は、まだ終わっていない、と。

突拍子の無い言葉に、八幡は考えるのも面倒そうに答えた。

「あ、もしかして日記か何かがまだあった?」

「いや、そういう話ではない。」

「ちがうんだよ、にいちゃん。」

「・・・どういうこと?」

全く理解の及ばない八幡に、両親と兄弟たちは語り始めた。

「あのな、八幡(おまえ)が珍しく勉強に集中してたからな、

 父さんたちは、もうちょっとお前に頑張ってもらおうと思ったんだ。」

「ぼくたちも、はちまんにいちゃんにたすけてもらおうとおもったの。」

言葉の意味がわからない。何を言っているのか。

嫌な予感がする。

八幡は起き上がって問うた。

「みんなは僕に何かしたのか?」

家族一同が頷いて返した。

そして、恐怖の事実が告げられた。

「八幡。よく聞きなさい。

 お前が今まで一生懸命解いていたのは、夏休みの宿題ではない。」

「・・・どういうこと?」

八幡の家族は懺悔した。

「お前が勉強に集中してる時に、少しでも多く勉強してもらおうと思って、

 父さんと母さんはお前の夏休みの宿題に、

 それとは無関係の受験勉強の参考書を混ぜていたんだ。」

幼い兄弟たちも言う。

「ぼくたちも夏休みの宿題が終わらなくて、

 にいちゃんにてつだってもらおうとおもって、

 にいちゃんの夏休みの宿題に、ぼくたちの宿題をまぜたんだ。」

音が言葉となり、脳に届くまで時間がかかった。

そして、震える声で事実を確認する。

「じゃ、じゃあ、俺は今まで、夏休みの宿題じゃなくて、

 無関係の参考書や子供の夏休みの宿題を解いていたのか?」

「・・・そうだ。」

「じゃあ、じゃあだよ?

 俺の夏休みの宿題はどうなったの?」

「それは、ここにある。」

父親が押し入れを開けた。

するとそこには、手つかずの夏休みの宿題の山が隠されていた。

「うそ・・・だろ・・・?

 父さん母さんや弟たちが俺を騙すなんて・・・」

「騙すつもりはなかったんだ。

 ただ、もっと勉強してもらいたかっただけなんだ。」

「ぼくたちも、ちょっとてつだってほしかっただけなんだ。」

家族の贖罪は今の八幡の耳に届かない。

心当たりはあった。

夏休みの宿題にしては簡単過ぎる、難しすぎる、テーマが合わない。

解いても解いても数が減らない。

あれは気の所為ではなかったのだ。

現に、目の前に、手つかずの夏休みの宿題の山がある。

「う、うーん。ブクブクブク。」

八幡は事実を受け入れられなくて、泡を吹いて白目を剥いて倒れてしまった。

あわてて家族が介抱するも、回復には時間が必要だった。


 それから。

八幡はマシーンのようになって、本物の夏休みの宿題に取り掛かった。

食事も取らず、何を言っても耳も貸さず、

ただひたすらにシャープペンシルを動かすマシーン。

幼い兄弟が夏休みの宿題の山に手を伸ばそうものなら、

ものすごい剣幕で怒鳴りつけて散らした。

やがてシャープペンシルの芯が切れているのも気が付かず、

夏休みの宿題を書けないペンで書いていた。

それでは夏休みの宿題はやはり解いても解いても終わらない。

そんなことにもすぐには気が付かないほど、八幡の人間性は失われていた。

絶望的状況だが、八幡にはまだ僅かな時間が残されている。

各教科の夏休みの宿題は、一斉に回収されるわけではない。

最初の授業がデッドライン。

つまり始業式の後で遅い日に始まる授業の夏休みの宿題は、後回しにできる。

その僅かなアディショナルタイムが、八幡に残された最後の希望。

八幡が本物の夏休みの宿題を終わらせることができるのか。

それは八幡の勉強の腕に掛かっている。

どうか努力が結果を結びますように。

家族には祈ることしかできなかった。



終わり。


 学生のみなさん。夏休みはもうすぐ終わりです。

夏休みの宿題はもうできていますか?

私はと言うと、学生時代は主に九月に夏休みの宿題をやっていました。


もしも間違えたり何らかの事情で、

夏休みの宿題ではないものを延々と解いていたら、

提出期限間際であれば、立派にホラーだと思います。

下手をすれば幽霊より恐ろしい。

だからこの作品のジャンルはホラーとしました。

学生のみなさん、くれぐれも夏休みの宿題の内容に気を付けて。

それは本当に夏休みの宿題ですか?


お読み頂きありがとうございました。


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