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四月

四月一日木曜 晴

今日は早起会なので朝早く起きて下へ来ると、お父さんはもう行く用意をなさっていたので、その早いのに驚いた。早起会から帰って、弟の孝と二人菓子やに菓子をかいに行き、帰って朝飯をたべて學校に来た。今日は始業式だ。校長のお話があった。僕達は今日から六年生だ、しっかりやろうと思った。今日二人入ってきた。僕達の教室は新校舎だ。先生のお話をきいて帰った。

帰って遊んで夕飯をたべて、寝たのが九時であった。今日から郵便ね上げ。


四月二日金曜 晴

今日から新しい六年生の勉強をするのだと思うと、うれしくなる。又引きしまってくる。朝飯をたべて學校に来た。朝礼時かわいい一年生が並んでいた。そして僕達におじぎをした。かわいいものだと思った。二時間目唱歌をやったが、本をもっていなかったので流行歌をやった。今日は当番なので当番をしてすまして帰ろうとすると、いろ々用事をして、帰りにいろいろな物をもらった。

帰ったのが遅かった。少し遊んで風呂に入り、寝たのが九時半。


四月三日土曜 晴れたりくもったり

今日は神武天皇祭なので學校はお休みだから、お母さんが多摩川へ行こうとおっしゃったので、弁当をこしらえて家族総出、飯森君と玉川へ来た。大そうこんだ。おりたらせい々した。ついたらすぐ弁当をたべた。たべてから船で遊んだ。それから、あみをかりてえびを取った。もとの位置に帰って、夏みかんやりんごをたべた。帰りは玉川の公園で遊んだ。それから電車に乗ったが、よっぱらいがのってきたので大そううるさかった。

帰って風呂に入り、寝たのが十時であった。


四月四日日曜 雨がやんだり、ふったり

今日は雨がしと々ふって、いやな天気だ。朝飯をたべてから少し遊び、お母さん達は東横劇場で、僕と妹のすみ江とえり子との三人は青山館に来た。大そうこんでいたが、早く切符がかえたので、いい席をとった。どん々来て、もう始まる頃にはもう一ぱいだった。活動は面白いのやつまらないものもあったが、面白かった。今日は非常に寒い。

内へ帰って来ると、もうお母さんは帰って来ていらっしゃった。弟の孝が僕に軍艦を見せた。昼飯をたべ勉強して、夕飯をたべ寝たのが九時半であった。


四月五日月曜 くもりのち晴のちくもり、少々雨

今朝は少し早く起き、二階へ上がって窓を全部開けてから勉強して、下へおりてくつをみがいて、朝飯をたべて學校へ来た。今日はすみ江が大掃除やらしている。二時間目読方の試けんをし、次に算術の試けんをした。みなよくできた。帰り先生が「残って居れ」とおっしゃったので、帰りが遅くなった。

帰ってから勉強して、外へ出て遊んだ。桜の花をパチンコでうった。それから、上の者達とけんかをして、石が手にあたった。帰って夕飯をたべて、お風呂に入り寝たのが九時二十分前。


四月六日火曜 晴

今朝も早く起き、二階に上がって勉強して下におり、朝飯をたべて學校に来た。行きがけにポストに手紙を入れていった。その途中、すみ江が白い木といったので見たら、ほんとうだった。五時間目先生がいらっしゃらないのでお話をして居ると、いらっしゃった。そして、僕は四組の組長になった。はじめてだったのでうれしかった。予習は「女とするのだ」とおっしゃり、女が来ていろ々お話して帰った。

勉強しているといちごかん(いちごゼリー)をもらった。こんど家に洗面所をつくるのだといって、大工さんがつくっていた。寝たのが九時半。


四月七日水曜 晴、風強し

今朝も早く起き二階に上って勉強して、字引が面しろくて一心にやっていると遅くなったので、大急ぎで朝飯をたべかけつけてみたら、なんのこったまだ早かったので安心した。四時間目の理科の時、こんぶをもらった。今日も箸を忘れた、これで四回目だ。体操して、僕が白になってキック(キックベースボール)をしてさんざんまけた。予習は、ただお話をしただけで終わった。

帰って来て勉強して、孝と遊んだ。ほんとは下のおふろやに行くんだけども、すみ江がいうことをきかないのでお風呂をたいた。お風呂に入って寝たのが十時。


四月八日木曜 晴のち雨

今日もまた勉強に一生懸命になって、昨日より遅くなったので、また大急ぎでめしをくった。今日は、すみ江が僕のあとばかりつくので困ってしまった。二時間目身体けん査があるといったので来てみると、「まっぱだかになれ」といったので弱った。お昼の時、今朝あんまりあわてたので又箸を忘れたので、内でたべた。予習は女の子の教室でやった。読方の参こう書をもらった。それで勉強した。

内へ帰って、おつかいを二度した。遊んでいると雨がふり出した。お風呂に入って床に入ったが眠られず、雨まだやまず、寝たのが十時。


四月九日金曜 雨

朝起きてみると、雨がざあ々降っていた。朝飯をたべ、いつもはうわぐつで来ていたが、今日はうわぐつをもってきた。来てみたら今日はずい分遅かった。いそいでやっと間に合った。今日はいやな日だ。算術なんかがちっともできなかった。昼弁当がない。その筈だ、内へ忘れてきてしまったので、内でたべた。せっかくうまくできた図書が、だれかに水をかけられびしょ々になっていたので、かわかした。予習の時、算術の参考書をもらった。(神風号ロンドンに着く、九十四時間)


四月十日土曜 晴

昨日の雨も名残なく晴れて、うららかな日本晴だ。勉強は床の中でした。朝飯をたべて學校に来た。今日は内遊びだ。今日もいやな日だ、また昨日と同じにまったくいやな日だ。三時間目の始まり、校長先生が「明日は昭憲皇太后祭である」というお話と、「神風号が、まだ外人の手で征服できないロンドンー東京の間を、見事にしかも国産きで征服できた」ということをお話になった。

球算は掛算をならった。内へ帰って寝たのが十時であった。


四月十一日日曜 晴

今日は昭憲皇太后祭だ。少し朝寝坊をしてしまった。朝飯をたべて弟の孝達と外で遊んだ。植木鉢の空のを穴の中に入れて、中に紙や木を入れてこんぶをにた。昼飯をたべてから、孝をつれて明治神宮へ来た。くたびれて途中で帰って、帰りに自動車やおでんやヒコウキをかって帰ってきた。

そして、夕飯をたべて花火を見た。仕掛花火やきれいな花火も見た。下へおりてお風呂に入って寝たのが十時であった。


四月十二日月曜 晴

朝起きて顔を洗い便所にいって、二階へいって勉強してから下へおり、朝飯をたべ學校へ来た。今日は少し遅かった。今日だけ僕達がきかい体操をしていいのだから、毎時間したので手にまめが出来てしまった。体操の時はかけ足をしたり、あしなみ(足並をそろえる)をして又きかい体操をしたので、まめがとてもいたかった。

内へ帰って勉強しなかったから、夜遅くまで勉強してしまった。夜寝たのが十時過ぎ。


四月十三日火曜 晴れたりくもったり

朝起きて顔を洗うと、すぐ二階に上がった。昨日の続きをした。時計が止まっているので時間がさっぱりわからず、遅いと思っていそいで来てみたらまだ早かった。くたびれもうけををした。それから、校門の前をはいた。今日の朝当番するのだったのをしなかったので、予習の当番をしたので帰りが遅かった。これからこんなことはしまいと、ちかう。

帰ってこれからの日課をかいた。お風呂に入って、今日駒川と細木がけんかをしたことを思い出しながら、十時十分前に寝た。


四月十四日水曜 晴

朝早く起きてみると、孝が起きていたので孝を遊ばした。お菓子をたべた。それから二階へ上がって予習した。學校へいく途中、犬にほえられて弱ったが、女中さんが水をかけてくれたので来られた。その為遅れてしまった。予習の時女とさわいでいたりしたので、大そううるさかった。又かえる時もさわいだので、頭がぼーとしてしまった。

内へ帰ってみると、せりがたくさん来ていた。飯森君とすみやきをした。寝たのが十時。


四月十五日木曜 くもりのち雨

今日少し朝寝坊してしまったので、朝起会にいかれなかった。朝起きてみると犬がいた。お父さんが買っていらっしゃったのだ。お父さんがちょびひげをはやしているので、おかしかった。學校に来てみたらもう遅かった。だが、ちこくはまぬがれた。予習の終わりにお菓子をたべた。

内へ帰ってみると、犬小屋ができていた。こんどは大そう大きい。色をぬってやった、ハチとした。これで二代目のハチ公だ。お風呂に入って寝たのが十時であった。


四月十六日金曜 くもり時々

今日は早く起きられたのだ。ハチをつれてあちらこちら散歩した。それから飯を食べて行こうとしたら、すみ江がコンパスのことで泣いたので、あだ名を「ブスベソ」とつけた。學校に来てみたらあと一分という所であったので、急いでやってやっとまにあった。五時間目貝のえをかいた。僕のは赤貝であったので、よくわかった。今日も又お菓子を予習の終にたべた。

内へ帰って犬を運動させ、それからライスカレーを食べて、學校に活動を見に来た。帰って寝たのが十時であった。


四月十七日土曜 くもりのち晴

朝起きてから、今日はすぐ二階に行って勉強した。してから下におり朝飯を食べて學校に来た。今日は僕達は「ジングルジャム(ジャングルジム)」なのでそこで遊んだ。予習は読方の試けんをした。

内へ帰ってみたら本を忘れてしまったので、いそいでとって帰った。帰ってからお父さんが「あした政治博を見せてやる」とおっしゃったので、うれしかった。お風呂に入って寝たのが十時。


四月十八日日曜 くもりのち晴

少しくもっていたが暖かった。朝飯を食べてから用意をして内を出たのが十一時で、青山から自動車で行った。其の途中議事堂が見えてきて、見ると人が沢山いた。噴水やらくだを見て中へ入った。始めにえらい人のしゃしんがあって、次は皆宣でんなので面白くなかった。次は人物館で、一番面白かったのは東郷元帥のお話であった。だん々見て、漫画館の入り口にかがみがあって、其のかがみにうつると平たくなったりした。其の前に議場を見て、天皇の王座を拝した。政治博を見て出てきたらへと々になってしまった。夜寝たのが十時であった。


四月十九日月曜 晴

昨日遅く寝たので朝寝坊した。朝飯を食べて學校に来た。あと五分というところだった。今日は僕達が鉄棒の番なので、鉄棒で遊んだ。はぶ君の内のお母さんが亡くなったそうだ。まことにお気の毒にたえない。又松田君は家の都合であざぶへ引っ越されたそうだ。予習の時僕は六番に出きた。終に厚美君の内から最中をくれたので、それを四つづつ食べた。

帰って、寝たのが十時半であった。


四月二十日火曜 晴

今朝は早く起きてしまった。朝飯を食べて、今日は天皇陛下をお迎えするという話があったので、八時二十分から行った。僕達は海軍かんの前だ。しばらくたって「れい」というこえで礼を長くしたので、よく拝されなかったが、お帰りはよく拝された。天皇陛下には黄色の軍服を召され、皇后陛下には白い御洋服を召され、皇太后陛下とお向かいになっていらっしゃった。天皇陛下は僕達に挙手の礼をたまわり、まことの光栄に浴した。内へ帰ってお母さんにいったら、「それはよかった」とおっしゃった。夜寝たのが十時。


四月二十一日水曜 晴のち雨

朝起きてごはんをたべて、學校に来た。今日は僕達の番ではないのに鉄棒をやった。書方はあまりうまくなかった。予習の時、宿題をしらべた。

内へ帰ってみるとお父さんが手洗いばをなおしていた。お父さんは先生の所に行かれたそうだ。夜はじゃがいもをうめた。お風呂は大そうあつかった。寝たのが十時。


四月二十二日木曜 くもりのち雨

朝起きてみると、今日は気持ちが悪いほどむしあつい。學校へ来てみると、あと五分だけというところだった。四時間目にてつぼうをした。その頃から雨がふってきた。中田君や藤木君らは雨の中で野球をしていた。五年と試合するというので、猛れんしゅうだ。予習は三時半までした。

内へ帰ってみると雨は益々ひどくなるばかり。寝たのが十時三十分前。


四月二十三日金曜 くもり時々雪

今日は、又冬がもりかえしてきたかと思われるような日だ。朝飯をたべて學校に来てみると、今日は内遊び。二時間目は石山先生の説教で、国史は二時間続けてやって、人をかいた。予習の時ゴムの一銭のを、みながとられてしまった。僕はもっていなかった。試験した。

晩はお客さんがいらっしゃた。お風呂が大そうぬるかった。夜寝たのが九時四十分であった。


四月二十四日土曜 晴

昨日の天気予報をうら切って、久しぶりの晴だ。朝飯をたべて學校に来た。今日は少し早かった。帰りにみんなでガラス吹きをして、組長は残った。そして僕は読方係の主任になった。

帰ってすぐ青年会館で友の会があったので、溝部の伯母さんから入場券をもらったので見に来た。活動やえばなしを見た中で、おもしろかったのはえばなしであった。帰って花屋さんをした。晩はすみ江が泣いて寝られなかった為、寝たのが九時四十分頃。


四月二十五日日曜 くもりのち雨

起きてみたら、くもったいやな天気だった。朝飯をたべてお菓子を買いに行く時、兵隊が通った。今日は観兵式の予行だ。

内へ帰って大そうじをしたら、とてもきれいになってさっぱりした。勉強して、夜はライスカレーをたべた。今日ははじめて、支那からお話があった。お風呂に入って出てくると、靖国神社からほうそうしていたそうだ。男の死に場所はあの戦場だ。そんなことを思いながら寝た。九時半であった。


四月二十六日月曜 くもり時々晴

昨日の雨はまだやまない。今日は、千駄谷第五尋常小學校の開校記念日だ。學校に来てみるとまだ早かった。式を終えてお供え物を貰って、係をきめた。

内へ帰って遊んで、今日吉岡先生のお話は大そうおもしろかったでがす。僕の學校は、大正十二年穏原學校の分教場であった。それから昭和五年に一つの小學校になったそうでがす。二階に上がって、子供室の規則をきめた。夜は机やいすでしんだいをつくって、そこで寝た。寝たのが九時半であった。


四月二十七日火曜 休み くもりのち雨

起きて戸をあけて、今日は晴かと思ったらくもりだった。今日は靖国神社臨時大祭だ。後には晴だと思ったら、雨になった。今日はお母さん達が東横へ行って、僕達は青山館へ行った。行ってみたらまだ誰も居らず、あと二時間あったのでお菓子を買ってきてみると、大分いたがまだ始まっていなかった。始まった時は僕が一番だった。

自雷也小僧じらいやこぞう」や「ジャズ忠臣蔵」などこっけいなどを見、次に「勘太郎月の唄」などを見て帰った。

帰ってみたら、お母さん方が先だった、四時だった。帰りに僕はえり子をおぶって帰った。お風呂に入ってごはんをたべて、寝たのが九時半であった。


四月二十八日水曜 晴

起きて少し勉強して、下へおりた。今日ははじめておかずの弁当箱をもっていくので、うれしかった。行く時、すみ江のやつ、ハチ公に追われてカミつかれて泣いていた。僕はけんかのかたきと、だまっていた。今日は二時間目からしょ務課長さんの選挙のお話があって、次に式のけいこをした。明日は天長節(天皇誕生日)だ。帰る時、えんぴつやら選挙の紙など貰った。

帰って、すみ江とえり子のやつがよこたさんの内で遊んでいて、何にもしないのでしゃくにさわった。内へ帰って選挙の書方をかいた。少し遊んで、寝たのが九時であった。


四月二十九日木曜 晴

今日は天長節の佳き日である。飯森君と二人で學校に来て、それから「あすは投票日です」とあるのがおっこちていたので、はりつけたら、大人の人が「どうもごくろうさま」といったのでうれしかった。式の時腹や頭がいたくなったので、宿直室で休んだ。

帰って二階で遊んでいると、ますおちゃん達が来たので遊んだ。其の内、お父さんと孝とは東横へ、お母さんは松原の内に行った。夕方めずらしい花や草を集めた。又、お客さんがいらっしゃったので、夜寝るのが遅くなった。お風呂はあつかった。寝たのが十時であった。


四月三十日金曜 晴のちくもり

朝起きてお床を取って顔を洗って、すみ江とえり子がさんぱつ屋についてきた。四十五銭かと思ったら、五銭上がって五十銭だった。それから、村岡君と妹達と僕と四人でれんたい(近衛歩兵第四連隊)へ来た。始めお父さんの中隊長室に入って、それから山の上へ上ったりしてちょうちょうを取ったりした。それから池のそばの家で、四人でソバと今川焼をたべて、がけをのぼろうとしたらすべった。

その内に、お母さんと孝が来た。それからしゃげき場に行って、エレベーターみたいなのにのって遊んだ。それから矢原君達と遊んだ。

内へ帰ったら腹ペコだったので、ごはんをたくさんたべた。寝たのが九時であった。


 (五月へ続く) 


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