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石の記憶 過去編 閉店セール


「えっ?」


青木陽香は思わず足を止めた。


ショッピングモールの二階。


高校生の頃から見慣れた通路の先。


そこにあるはずの鉱物店の前に、大きな赤い文字が貼られていた。


『閉店セール』


一瞬、意味が理解できなかった。


閉店?


この店が?


陽香は思わず貼り紙に近付いた。


店内では商品が三割引、五割引になっている。


棚のあちこちに空きが目立つ。


いつもより客も多かった。


「うそ……」


高校生の頃から通っていた店だった。


高校と大学が一貫の学校だったため、六年以上は通学路の途中にあるこのモールを利用していた。


最初は友達と一緒だった。


たまたま立ち寄っただけ。


友達はアメジストやローズクォーツのブレスレットを楽しそうに見ていた。


けれど陽香が気になったのは別だった。


ガラスケースの中で光る水晶。


掌に収まる小さな原石。


透明な結晶。


そして店員のお姉さんの話。


「これ、本当に自然にできたんですか?」


高校生だった陽香の質問に、お姉さんは笑顔で答えてくれた。


「そうなんですよ。何万年もかけて育つんです」


それが面白かった。


だから陽香は時々店へ立ち寄るようになった。


高価なものは買えない。


学生のお小遣いで買えるのは、小さなタンブルや水晶の原石くらい。


それでも十分だった。


お姉さんと石の話をするのが楽しかった。


気が付けば顔を覚えられていた。


大学生になっても。


社会人になっても。


時々ふらりと店へ寄る。


そんな関係が続いていた。


だから閉店という言葉は、どこか現実味がなかった。


陽香はゆっくり店へ入った。


「あら、陽香ちゃん」


聞き慣れた声。


振り返ると、お姉さんがいた。


少し忙しそうだったが、変わらない笑顔だった。


「本当に閉店なんですか?」


「うん」


お姉さんは苦笑した。


「この店舗はね」


陽香は言葉を失う。


「でも辞めるわけじゃないの」


「え?」


「本店へ異動なの」


少しだけ安心した。


けれど次の瞬間、別の寂しさがやってくる。


本店。


確か遠くの街だったはずだ。


学生の頃、一度場所を聞いたことがある。


電車を何本も乗り継ぐ距離。


気軽に行ける場所ではない。


「そうなんですね……」


「だから大丈夫」


お姉さんはそう言って笑った。


だが陽香には分かっていた。


大丈夫ではない。


会えなくなるのだ。


少なくとも今までみたいには。


店内を見回す。


空いた棚。


減った商品。


いつもより少し騒がしい店内。


全部が終わりへ向かっているようだった。


「何か気になるものある?」


お姉さんに言われてショーケースを覗く。


その時だった。


一つのペンダントが目に留まった。


タイガーアイ。


その表面に繊細な鳥の彫刻が施されている。


龍や虎の彫刻はよく見かける。


だがこれは違った。


羽を広げた朱雀。


どこか軽やかで美しかった。


「珍しいですね」


「それ?」


お姉さんがケースから取り出す。


「朱雀だね」


掌の上に乗せると、思ったより細かな彫りだった。


「確か未来とか飛躍とか、そんな意味でしたっけ」


「そう言われてるね」


陽香は頷いた。


石の意味を少しは知っている。


でも熱心な愛好家ではない。


お姉さんと話しているうちに自然と覚えた程度だ。


だから効能を信じているわけでもない。


神社のお守りみたいなもの。


そんな認識だった。


それでも。


今日はなぜかこの朱雀が気になった。


未来へ向かう鳥。


遠くへ飛んでいく鳥。


まるで目の前のお姉さんみたいだと思った。


「これ、ください」


気付けばそう言っていた。


お姉さんは少し驚いた顔をした。


「アクセサリー買うの珍しいね」


「思い出です」


言ってから少し照れくさくなる。


お姉さんは優しく笑った。


「ありがとう」


会計を済ませる。


小さな箱を受け取る。


それは決して高価な買い物ではなかった。


けれど陽香には特別なものに思えた。


店を出る前。


陽香は振り返った。


見慣れた店。


高校生の頃から通った場所。


そして、お姉さん。


「今までありがとうございました」


自然と言葉が出た。


お姉さんは少しだけ目を細める。


「こちらこそ」


陽香は頭を下げた。


そして店を後にする。


モールの通路を歩きながら、バッグの中の小さな箱に触れた。


石に不思議な力があるのかは分からない。


でも。


この朱雀を見るたびに、きっと思い出すだろう。


高校生だった頃。


大学生だった頃。


この店で過ごした時間。


そして、あのお姉さんのことを。


そんな気がした

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