【第二話】魔力ゼロの歩き方
KaiSaintです。前話を読んでいただきありがとうございます!
第二話では主人公がこの世界での自分を受け入れるプロセスと、その「名前」が明かされるシーンを描きます。
魔力ゼロという過酷な現実。しかし、元・電気工事士の彼にとって、その状況は絶望だけを意味するものではありませんでした。
それでは、第二話をお楽しみください。
異世界に放り出されて、今日でちょうど一週間が経った。
王都の路地裏、安宿の硬いベッドで目を覚ます。
稲藁を束ねただけの寝床は、元・日本人の背中にはいささか厳しい。だが、贅沢を言える身分じゃないことは、この七日間で嫌というほど理解させられた。
「……さて、今日も稼がないとな」
俺――前の世界では真坂亮太だった男は、手慣れた動作で麻のシャツを羽織った。
鏡の代わりに水桶を覗くと、亜麻色の髪を乱した十七歳の少年が映っている。だいぶ、この顔にも見慣れてきた。
「アレン! 起きてるか! 仕事だぞ!」
階下から、宿の親父の野太い声が響く。
アレン。それが、この身体に付けられていた名前だ。
最初は他人の名前を呼ばれているようで落ち着かなかったが、一週間も経てば嫌でも馴染む。
「今行く!」
俺は「アレン」として返事し、部屋を飛び出した。
宿代は一日あたり小銀貨一枚。
街への入構時、魔力測定で「ゼロ」と判定された俺に、まともな職はない。
この世界では、魔法が使えない人間は『意志を持たない家畜』か『壊れた道具』と同義だ。騎士団にも、商店のギルドにも、まともな工房にさえ、門前払いを食らった。
だから今の俺の仕事は、魔法使いがやりたがらない「汚れ仕事」の雑用だ。
「アレン! 運搬用の大車、倉庫まで運んどけよ!」
「了解」
市場の裏手で、雇い主の太った商人が命じてくる。
本来なら『浮遊魔法』を使ってひょいと運ぶ荷物だ。だが、魔力を持たない俺は、車輪のついた荷車にそれを積み、自分の筋肉を使って引くしかない。
周囲の魔法使いが、軽蔑と憐れみが混ざった視線を向けてくる。
だが、俺の目にはあいつらの方がよっぽど哀れに見えていた。
【周囲 酸素濃度:20.1 %】
【魔法使用による変動予想:-0.8 %】
視界の端で踊る【代償視覚】の数値。
すぐ傍で、一人の荷運び人が端折った魔法で荷物を浮かせていた。その瞬間、彼の周囲の数値が揺れる。
(……馬鹿だ。あんな低い天井の下で、たった数キロの荷物を浮かすために、貴重な酸素を火花に変えてやがる)
彼らには見えていない。
魔法という「万能の力」を行使するたびに、この街の空気が少しずつ、確実によどんでいく様が。
俺が重い荷車を人力で引くのは、魔力がないからだけじゃない。魔法という「欠陥だらけの動力源」を使わずに済む、この世界で唯一の『クリーンな労働』だという自負があったからだ。
「おい、見ろよ。魔力ゼロの『無能のアレン』だ」
「人力で荷車を引くなんて。まるで前時代の土掘り人だな」
嘲笑を無視して荷車を引く。
市場の広場に差し掛かった時、ひときわ大きな人だかりができていた。
「おい、あれを見ろ! 魔法学院の首席、エリカ様だ!」
その名を聞いた瞬間、俺の足が止まった。
人混みの中心。
数人の取り巻きを引き連れて歩く、白磁のような肌をした少女。
エリカ=ラント。
彼女が通りを塞ぐ邪魔な岩を退かそうと、軽く指を鳴らした。
その瞬間――。
【警告:周辺エネルギーの異常集中を検知】
【酸素消費予測:極大】
俺の視界が、真っ赤な警告色で塗りつぶされた。
ゴゥッ、という熱波。
彼女の手から放たれたのは、岩を粉砕するほどの衝撃を伴う火球だった。
周囲からは歓声が上がる。「さすがは首席」「なんて見事な魔力」と。
だが、俺には地獄の光景に見えていた。
【周囲 酸素濃度:19.2 %(急降下中)】
【一酸化炭素濃度:上昇を検知】
彼女の魔法はあまりに強力すぎた。
まるで、周囲にある「生きるための燃料」を、たった一度のパフォーマンスのために根こそぎ奪い去ったかのような。
エリカ自身が、一瞬だけふらりとよろけたのを、俺は見逃さなかった。
彼女は自分の身体が悲鳴を上げていることにさえ、誇り高い微笑みの裏で気づいていない。
(……自覚のない自殺志願者かよ)
俺は吐き気を堪え、荷車を引いてその場を離れた。
あんな「効率の塊」みたいな化物と一緒にいたら、こっちの命がいくつあっても足りない。
同時に、腹の底からふつふつと湧き上がるものがあった。
魔法こそが正義。魔法こそが最高。
そんな妄信が、この美しい街をゆっくりと絞め殺そうとしている。
「魔法なんかに頼らなくても、光も、熱も、動力も、全部作れるはずだ」
俺は、前の世界で触れていた一本の「銅線」の感触を思い出した。
電気工事士。
酸素を奪わず、熱も制御し、静かに文明を支える存在。
俺がこの世界でやるべきことは、魔法の頂点を目指すことじゃない。
魔法という不完全な幻想を、科学という確固たる事実で「終わらせる」ことだ。
「……まずは、この手を道具として認めてくれる場所を探す」
俺は自分の節くれだった手を強く握りしめた。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
無事に「アレン」という名前を出すことができました。
技術者にとって馴染み深い「アレンキー(六角レンチ)」のような、シンプルで実用的な道具のイメージを持たせています。
魔法に頼らず人力で汗を流すアレンの姿に、少しでも共感いただければ幸いです。
次回、工房での出会い……の前に、アレンが抱える「呪い」の側面を描くお話になります。
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作者:KaiSaint




