表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最強の魔導師だった俺、隠居して辺境でパン屋を開く~なぜか伝説の魔王や聖騎士が常連客になってしまい、のんびりできない件について~  作者: 綾瀬蒼
(1)章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/50

第8話 ベーグルの輪と、停戦の“穴”

 ルーカスは朝から鍋を沸かしていた。焼く前に茹でるパン――ベーグル。外はつるり、中はむっちり。噛むほど小麦が増えるやつだ。

「輪っかは誓約の象徴、とか言い出すなよ」

 ミーナが即座に目を輝かせる。

「言いません! ……たぶん!」


 【禁忌の業火】を千分の一、湯を九十五度に固定。茹で時間は三十秒きっかり。そこで【時間停止】を一瞬だけ挟み、“表面だけ締まって中は生きてる”境界を保存する。仕上げに“聖水(魔水)”をひと雫。艶が未来の勝利を約束した。


 鈴が鳴る。

「輪のパンはあるか」

 魔王グラディオが入ってくる。次の鈴で聖騎士セラフィナ、さらに禁魔庁局長ユリウスまで、なぜか同じタイミングで整列した。

「今日は会談ではなく……円卓です」

「円卓は外でやれ」

 ルーカスが言うと、三人は同時に咳払いして黙った。学習している。腹が立つ。


 そのとき、入口に背の高い旅人が現れた。コートの襟を深く立て、目だけが金色に光る。

「……香りに呼ばれた。余は――」

「名乗る前に、武装解除」

 旅人は黙って腰の“杖”を木箱に置いた。箱がミシ、と鳴る。重い。嫌な予感しかしない。


 焼き台に並んだベーグルが、窯から出る。つるつるの輪が湯気を纏い、店内が静かに吸い込まれた。

 その静けさを破ったのは、懐かしい声だった。

「魔王! 聖騎士! そして……怪しい旅人! 討伐――」

 新米勇者カイルが剣を掲げて突入し、見事に小麦袋に肘をぶつけた。


 白い粉が舞う。

 ルーカスの目が死んだ。

「粉が舞うから、外でやれ」


「はっ、またデコ――」

 言い切る前に、魔王が首根っこを掴み、聖騎士が礼儀正しく抱え、局長がため息をついた。

「条例違反だ。空き地へ」

 三人が連携しすぎて、カイルは“音もなく”店外へ運ばれた。


 残った旅人が、焼きたてのベーグルを指でつまみ、穴を覗き込む。

「……この穴。竜の巣穴に似ている」

 ルーカスは手を止めた。

「今、竜って言ったか」

 旅人は観念したように襟を外し、背中の影を少しだけ広げた。鱗のきらめき。――竜王だ。

「余の国と人の国、争いが長い。だが、この輪を配れば……兵は剣を置く」

「配布権の話は外で」

 ルーカスが即答すると、魔王と聖騎士が同時に頷いた。

「外でやろう」

「焼きたてが冷めますから」


 竜王はベーグルを一口で半分食べ、目を細めた。

「むっ……この弾力……。余の咀嚼が追いつかぬ」

「食レポ禁止。冷める」


 ミーナが鐘を鳴らす。

「本日の新作、ベーグル! 番号順にどうぞー! 争った人は……穴に落とします!」


 誰も笑わなかった。全員、真剣に噛んでいた。

 そして不思議なことに、噛む音だけが店内を満たすと、外の世界も一段だけ静かになった気がした。


「……やっぱりここの輪が一番だな」

 魔王のぼそりで、第八の停戦が焼き上がった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ