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最強の魔導師だった俺、隠居して辺境でパン屋を開く~なぜか伝説の魔王や聖騎士が常連客になってしまい、のんびりできない件について~  作者: 綾瀬蒼
(2)章

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第50話 ベーカリー・エデン、休業できる日

 春が来た。

 平和通りの石畳の隙間から草が出て、列の足音が少し柔らかくなる季節だ。


 禁味残党の首魁——《無音の司祭》が連行されてから、世界は急に平和になったわけじゃない。

 ただ、“戻れなくなった”。

 恐怖で列を崩すやり方は、もう映えない。

 偽合図が鳴っても、みんな一歩も動かないからだ。


 王都では、相変わらず貴族が胃痛を抱えながら合図係をやっているらしい。

 聖都では孤児院が丸パンの授業を続けている。

 竜の谷では響き石の低音が風に負けず鳴っている。

 港町では旗が潮風に翻り、配給の列が崩れない。

 どこでも同じ色が揺れる。

 象徴が“ここ”に縛られない。——それが一番大きい。


 朝、ベーカリー・エデンの扉に、また札が下がった。


《本日 休業》


 ミーナがそれを見て目を丸くした。

「えっ……休業って……本当に?」

「本当だ」

 ルーカスは椅子に座り、コーヒーを淹れた。

「今日は焼かない。粉も出さない。俺の胃を休ませる」


 ミーナは嬉しそうに笑いかけて、すぐに顔を引き締める。

「……でも、配給は?」

「今日の配給は“他所”だ」

 ルーカスは窓の外を指した。


 平和通りの端に、見慣れない屋台が並んでいる。

 隣村のパン屋。

 避難民だった母親。

 元兵士。

 そして“合図係講習”を終えた村人たち。

 みんな、自分の窯、自分の鍋、自分の旗で回している。


 赤旗が上がる。

 青旗が上がる。

 白旗が上がる。

 鐘は小さく一回だけ鳴り、響き石が二回だけ鳴る。

 上書き合図。

 列は静かに進む。


 ルーカスの店が閉まっているのに、列が崩れない。

 それが、世界が変わった証拠だった。


 鈴。

 ……と鳴る前に、扉を叩く音がした。控えめに。偉い。


「入るな」

 ルーカスが言うと、外から声がした。

「入らない! 並ぶ!」


 魔王グラディオの声だった。

 続いて聖騎士セラフィナ。

「今日は休業と聞きました。確認に来ました」

 竜王の低い声。

「余も休業を学びに来た」

 ユリウスの声は淡々。

「休業日運用の監査」

「監査するな」

 ルーカスが即座に言う。

「帰れ」


 扉の外で、四人が本当に列を作った。

 休業の札の前で。

 意味が分からないが、作法は守っている。腹が立つ。


 ミーナが笑いを堪えながら言った。

「ルーカスさん、常連さん、休業でも並ぶみたいです」

「病気だ」

「でも、静かですよ?」

「静かならまだ許す」


 ルーカスはコーヒーを一口飲んだ。

 今日は苦味が、ちゃんと美味い。

 働いてないからだ。たぶん。


 昼、外の屋台から、焼きたての食パンが運ばれてきた。

 隣村のパン屋が札を添える。


《ルーカスさんへ:今日はあなたの番です。食べて休んでください》


「……余計な気遣いを覚えたな」

 ルーカスはぶつぶつ言いながら、食パンをちぎった。

 ふわっ、と湯気が上がる。

 噛む。

 柔らかい。

 温かい。


 ミーナが小声で言った。

「世界を救うより、目の前のパンをふっくら焼く方が難しい、でしたっけ」

「……救う気はない」

 ルーカスは返す。

「ただ、焼きたてを冷まさないだけだ」


 窓の外では、列が静かに進んでいる。

 ルーカスがいなくても、合図が鳴る。

 ルーカスが焼かなくても、焼きたてがある。

 誰かが“種”を混ぜ、誰かが旗を上げ、誰かが並ぶ。


 扉の外で魔王がぼそりと呟いた。

「……休業でも、腹は減るな」

 聖騎士が頷く。

「だから並ぶのです」

 竜王が笑う。

「余も並ぶ」

 ユリウスが淡々と書く。

「休業日列形成、確認」

「やめろ」

 ルーカスが扉越しに言うと、外が静かになった。えらい。


 ミーナが札を見上げ、少しだけ誇らしそうに笑った。

「ルーカスさん、のんびりできそうですか?」

「……半日だけな」

 ルーカスはコーヒーを置き、最後にいつもの言葉を小さく言った。


「パンが冷めるぞ」


 その言葉は今日は、客に向けた叱りじゃなかった。

 自分に向けた、休むための合図だった。

最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。

『最強の魔導師だった俺、隠居して辺境でパン屋を開く~なぜか伝説の魔王や聖騎士が常連客になってしまい、のんびりできない件について~』は、「世界を救える力を、焼きたてのために使ったらどうなるか?」という、ちょっと贅沢で、ちょっと馬鹿げた発想から始まりました。


ルーカスは“最強”なのに、やっていることはひたすら火加減と発酵と列の管理。

魔王も聖騎士も竜王も、結局は「並ぶ」「騒がない」「奪わない」という同じ作法に従ってパンを噛む。

その“戦場ではあり得ない光景”を、できるだけ真面目に、できるだけくだらなく描きたかった物語です。


終盤の敵——禁味残党と《無音籠》は、「味」「香り」「音」「合図」を奪って恐怖で秩序を作ろうとしました。

でも本当に人を落ち着かせるのは、命令でも特権でもなく、焼きたてを受け取って噛む“生活の反射”だった。

合図は奪うものではなく、作って共有するもの。列は支配の形ではなく、安心の形。

その結末に辿り着けたのは、ルーカスの強さだけじゃなく、ミーナの覚悟と、並ぶ人たちの選択が積み重なったからだと思います。


そして最終話で、ルーカスが少しだけ休めたのは——

世界が“ルーカス一人の店”から卒業して、各地で焼けるようになったから。

象徴を一箇所に縛らず、種と合図と作法を分け合ったことで、「平和通り」は場所ではなく文化になりました。

それでも常連たちは休業日に並ぶし、ユリウスは条文化したがるし、村長は税を狙うし、面倒はゼロになりません。

でも、面倒が“日常の範囲”に収まった。そこが、この物語の一番のハッピーエンドです。


最後に。

ここまで続けてこれたのは、読んでくださったあなたが「次の焼きたて」を待ってくれたからです。

もし心に残ったパン、好きだった回、笑った一言(「店で政治をするな」「粉が舞う」「動いたら負け」など)があれば、ぜひ感想で教えてください。

その言葉が、次の“種”になります。


それでは——


パンが冷めるぞ。


最後までお読みいただきありがとうございます。


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