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最強の魔導師だった俺、隠居して辺境でパン屋を開く~なぜか伝説の魔王や聖騎士が常連客になってしまい、のんびりできない件について~  作者: 綾瀬蒼
(2)章

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第49話 最終決戦――恐怖の合図 vs 焼きたての作法

 正午。世界同時焼きの旗が、各地で同じ色に揺れている――はずだった。

 ベーカリー・エデンの平和通りに、司祭が戻ってきた。《無音籠》を二つ、腰に下げて。


《恐怖こそ秩序だ》

 唇がそう動き、同時に“偽”が鳴った。鐘、低音、笛、旗。開始も配給も停止も、全部いっぺん。混乱のためのフルコースだ。

 列が揺れる。だが、足は出ない。ミーナの黒板が効いている。《動いたら負け》


 ミーナは震える手で、白旗ではなく――小さな包みを掲げた。

「……最終合格証、配ります! その場で食べて!」

 紙じゃない。薄いパイ生地の札。表面に格子、裏に赤い糸の縫い目。《本物:合図係》の印。中には一滴の聖水(魔水)を混ぜたクリーム。温かいうちにしか成立しない証明だ。


 司祭が眉をひそめる。

《食べれば、消える》

 レオンが小さく頷いた。

「……転売できない。奪っても意味がない」


 偽合図が鳴り続ける中、列の先頭が合格証をかじった。

 パリッ。

 次がかじる。

 パリッ。

 噛む音は、無音籠が狙う“合図”じゃない。腹が落ち着く音だ。焦りを止める音だ。

 魔王が肩を震わせ、聖騎士が静かに祈り、竜王が低く笑う。ユリウスはメモを閉じた。今日は条文化しない。偉い。


 司祭が窯へ向かう。火を消すつもりだ。

 ルーカスは一歩前に出て、指を当てた。

「粉が舞う。外でやれ」

 デコピン。――また吸われる。

 だが、ルーカスは窯の鉄板を司祭の箱に押し当てた。熱。生活の熱。

 司祭の指が反射で離れ、《無音籠》が鈍る。

 その一拍だけ、窯が鳴いた。


 パチッ。


 ミーナが鐘を一回。チリン。

 上書き合図。列が“作法で”進み出す。偽の合図は、ただの騒音に落ちた。


《なぜ……従わない》

 司祭の唇が動く。

 ルーカスは淡々と言った。

「従ってない。噛んでる」

「食レポ禁止。冷める」


 世界のあちこちから通信石が光る。

『偽合図、無視』 『列、崩れず』 『合格証、食べた』

 恐怖の網が、腹の作法にほどけていく。


 司祭は孤立した。支配は群衆がいて初めて成り立つ。

 魔王と聖騎士が左右から腕を取る。竜王が出口を塞ぎ、ユリウスが手錠を鳴らす。

 ルーカスは最後にもう一度だけ言った。


「外でやれ。――パンが冷めるぞ」

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