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最強の魔導師だった俺、隠居して辺境でパン屋を開く~なぜか伝説の魔王や聖騎士が常連客になってしまい、のんびりできない件について~  作者: 綾瀬蒼
(2)章

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第46話 禁味残党、ラスト・リゾートに集結

 朝、平和通りの空気が重かった。

 香りがあるのに重い。焼きたての匂いが、警戒に押しつぶされている。


 村の入口に、見慣れない旅人が増えていた。

 私服。武装解除。行列。——全部守っている。

 守っているのに、目が“店”ではなく“周り”を見ている。

 列の作法を覚えた敵ほど厄介だ。


 ユリウスが店に入るなり、紙を置いた。

「情報が揃った。偽合図網の中核が、今夜ここに集結する」

「来るなって言ったのに」

 ルーカスは即答した。

「言って止まるなら、戦争はとうに終わってる」

 ユリウスは淡々と返す。腹立つほど正しい。


 魔王グラディオが椅子を引き、鼻で笑った。

「象徴を折りに来たか」

 聖騎士セラフィナは静かに剣帯を外し、カウンターに置いた。

「中立地の作法は守ります。……でも、守るために立ちます」

 竜王は窓の外を見て、低く言った。

「余の谷の火を、ここへ持ち込ませぬ」

 レオンが小さく呟く。

「……《無音籠》も来ます。間違いなく」


 ミーナが鐘を握りしめる。

「また……無音……?」

「怖くても、並ばせる」

 ルーカスは短く言う。

「今日は“守る日”だ。焼きたては、いつも通り焼く」


 今日の新作は究極のバゲット。

 原点回帰。

 どんな状況でも、これだけは焼けるという“意地”だ。

 【禁忌の業火】は使わない。今日は魔法で勝つと負ける。

 作法で勝つ日だ。


 開店前、平和通りに三つの旗が立った。赤・青・白。

 さらにもう一つ、黒い旗が増えた。

《無音注意:旗の指示に従え》

 村長が勝手に作った。腹立つが有能で腹立つ。


 ミーナが黒板に大きく書く。

《本日:合図係は旗を見る》

《偽合図は無視》

《動いたら負け》


 怖い字の再登場だ。効くから腹が立つ。


 夕方。

 日が落ちる頃、平和通りの端に黒い外套の集団が現れた。

 十数人。歩幅が揃いすぎている。

 私服のふり。武装解除のふり。

 でも目が“合図”を探している。


 その中心に、一人だけ“静かすぎる”男がいた。

 顔に表情がないのではない。

 表情を見せる必要がない自信がある。


「……ここが象徴か」

 男の声は小さいのに、通りの端まで届いた。


 ユリウスが低く言う。

「偽合図網の首魁だ。名は不明。通称——《無音の司祭》」

「趣味が悪いな」

 魔王が鼻で笑う。


 司祭が手を上げた。

 何も撒かない。札も杭もない。

 ただ、腰の箱を軽く叩く。


 ——音が、消えた。


 鐘の音がしない。

 窯の薪が爆ぜる音がしない。

 呼吸の音すら遠い。

 《無音籠》だ。


 列が一瞬、固まった。

 怖い。

 禁味より怖い。

 “何も聞こえない”のは、人を孤独にする。


 その瞬間、ミーナが赤旗を上げた。

 声ではなく、腕を上げる。

 合図係がそれを見て、同じように腕を上げる。

 列の中の人も、見て真似をする。

 静かな波が、視覚で伝わる。


 司祭が眉をわずかに動かした。

「……音がなくても、動くのか」

 聖騎士が口を開く。音は出ないが、唇の形で分かる。

《ここは中立地》

 竜王が息を吸う。音はないが、風が揺れる。

 魔王が笑う。笑い声は出ないが、肩が揺れる。


 ルーカスは窯の前でバゲットを焼き続けた。

 音がないなら、焼ける“見た目”を合図にする。

 焼き色、湯気、割れ目。

 それは奪えない。


 司祭がゆっくり歩き出した。

 狙いは鐘でも旗でもない。

 カウンターの下、ミーナが守っている“種”の瓶。

 象徴を折るには、種を奪うのが一番だ。


 レオンが一歩前へ出た。

 無音の中で、口だけが動く。


《やめろ》


 司祭は笑った。笑い声はない。

 それが余計に不気味だ。


《奪う》

 司祭の唇がそう動いた。


 その瞬間、ルーカスがカウンターを越え、司祭の額に指を当てた。

 無音でも、指は届く。


《外でやれ》


 デコピン。

 司祭は——飛ばなかった。

 体が、ほんの一歩しか動かない。

 箱がルーカスの指の衝撃を“吸って”いる。


 ルーカスの胃が冷えた。

 指が効かない。

 象徴が、折られかけている。


 無音の中で、司祭がゆっくり言った。唇で分かる。


《ここからが、本番だ》


 外でやれと言っても、外が消えた。

 半径百メートルの聖域が、初めて“侵入された”夜だった。

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