第45話 村長ボルド、やらかす
朝、ベーカリー・エデンの前に立て看板が増えていた。
いや、増えて“しまって”いた。
《合図屋 登録所》
《登録料:銀貨一枚》
《無登録の合図は禁止(罰金)》
「……ボルド」
ルーカスは胃を押さえた。怒りで胃が動くのは良くない。
村長ボルドは胸を張って言った。
「税収だ」
「それは理由にならない」
「なる。合図屋は公共事業だ。公共事業には税が要る」
「合図は作法だ。事業にするな」
「する。税収だ」
「しつこい」
ミーナが青ざめて黒板を抱えた。
「村長さん、それだと……貧しい町が合図を作れなくなります」
「貧しいなら列に並べ」
「列に並ぶための合図が買えないんです!」
「むむ」
外を見ると、合図屋の列が揉めていた。
隣村のパン屋が怒鳴る。
「銀貨一枚!? うちは粉代で精一杯だ!」
避難民の母親が俯く。
「合図がないと、うちの子……並べないのに……」
――やばい。
禁味残党が喜ぶ空気だ。
“合図は特権だ”という流れに乗せられる。
列が分断されれば、偽合図網の勝ちだ。
鈴。
魔王グラディオが看板を見て、鼻で笑った。
「人間は金で争うのが得意だな」
聖騎士セラフィナは真顔で怒っている。
「これは不公平です。合図は生活の権利です」
竜王は低く唸る。
「余の谷では、合図は風だ。金で売れぬ」
ユリウスが紙を広げた。
「登録制度は管理に有効ではあるが——」
「条文化するな」
ルーカスが即座に切る。
「今は火に油だ」
村長はむっとする。
「ならどうする! 合図が広がれば、偽合図も増える。管理が要る!」
「管理じゃない」
ルーカスは短く言った。
「**責任**だ。金じゃなく、作法で責任を負わせる」
今日の新作はシュトーレン風の重いパン。
ドライフルーツたっぷり、ずしり。
“税”みたいに重い。腹立つほど的確で腹立つ。
ルーカスは焼き上がったそれを台に置き、包丁で切った。
甘い香りが立つ。
村長が思わず鼻を動かす。
「食レポ禁止」
ルーカスが先に言ってから、村長に一切れ差し出した。
「噛め」
「な、何を——」
「噛め。税の話は噛んでからだ」
村長が渋々噛む。
ずしっ、と腹に落ちる。
目が少し柔らかくなる。腹が満ちると、人は“取り立て”の顔が弱まる。単純で助かる。
「……で、責任とは?」
村長がぼそりと言う。
ルーカスは看板の前に立ち、紙を一枚貼った。
《合図係 名簿》
《合図は“係”が鳴らす/偽合図は無視》
《係は無料(代わりに働け)》
ミーナが目を丸くする。
「名簿……!」
「登録じゃない」
ルーカスは言う。
「役割の共有だ。金じゃなく“手”を出せ」
レオンが小声で補足する。
「……係は交代制にすれば、特権化しません。禁味が嫌うやつです」
「嬉しそうにするな」
「はい……」
ルーカスは村長を見た。
「登録料はやめろ。代わりに“合図係の研修”を作れ。働いた奴に証明を渡せ。食えるやつで」
「食える……?」
村長が首をかしげる。
「合格証方式だ。持ち帰れない証明。転売できない責任」
「むむ……税収は?」
「研修で配給の手伝いをさせろ。人手が増える。村が回る。それが税だ」
村長は悔しそうに唇を噛み、しかし周囲の列を見た。
避難民の母親が、まだ俯いている。
隣村のパン屋が怒りを堪えている。
ここで押し通せば、平和通りの信用が割れる。
「……分かった」
村長がしぶしぶ言った。
「登録料は撤回する。代わりに——“合図係講習”を開く」
「講習とか言うな」
ルーカスが即座に言う。
「面倒が増える」
「増える」
村長が胸を張った。
「村が回る」
ミーナが苦笑しながら黒板を書き換える。
《本日より:合図係 無料募集》
《条件:列の三ルールを守れる人》
列の空気が、少しだけほどけた。
金の壁が消えただけで、腹が落ち着く。
禁味残党が嫌う“当たり前”が、また増えた。
魔王がぼそりと言う。
「税で世界を壊す前に、パンで村長を黙らせるとは」
「黙ってない」
ルーカスは言い返す。
「うるさいままだ」
竜王が笑う。
「うるさいのは生きてる証だ」
聖騎士が頷く。
「作法は、こうして守られるのですね」
ユリウスが紙を閉じる。
「……今回は条文化しない」
「偉い」
ルーカスはシュトーレン風パンの残りを棚に並べた。
重い甘さが腹に落ちる。
“税”の問題は消えない。だが、金で合図を売らない。
その線だけは守れた。
そして、いつもの一言。
「パンが冷めるぞ」




