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最強の魔導師だった俺、隠居して辺境でパン屋を開く~なぜか伝説の魔王や聖騎士が常連客になってしまい、のんびりできない件について~  作者: 綾瀬蒼
(2)章

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第43話 レオンの告白と、禁味の“最終装置”

 朝、レオンの手が止まっていた。

 皿を拭く布が湿ったまま、指が震えている。


「……どうした」

 ルーカスが言うと、レオンは小さく息を吸った。声はいつもよりさらに小さい。


「……俺、言わなきゃいけないことがあります」


 嫌な予感が胃を刺す。

 嫌な予感は、だいたい当たる。


 鈴。

 魔王グラディオ、聖騎士セラフィナ、竜王、ユリウスがほぼ同時に入ってきて、レオンの顔を見て空気を察した。


「告白か」

「贖罪の時間ですね」

「谷でも、こういう時は静かに噛む」

「事実を話せ。記録する」

「条文化するな」

「記録だ」


 ルーカスは窯の前に立ち、今日の新作――塩バターあんぱんの生地を丸めた。

 甘さは、心をほどく。ほどけたところに、真実は刺さる。最悪。


「言え」

 ルーカスが短く言う。


 レオンは視線を落としたまま、吐くように言った。

「禁味庁には……“最終装置”がありました」


 ミーナが息を呑む。

「さいしゅう……?」


「香りと味だけじゃない。音も奪う装置です」

 レオンの声が震える。

「鐘、窯鳴り、響き石……全部、無音にする。人の判断を止めるために」


 ユリウスが顔色を変えた。

「禁魔庁の記録にはない。そんなものが公的に——」

「公的じゃない」

 レオンが小さく首を振る。

「“裏”です。長官直属の実験班。名前は——《無音籠むおんかご》」


 魔王が低く笑う。

「名前からして性格が悪い」

 聖騎士がぎゅっと拳を握る。

「それは……人の生活を奪う兵器です」

 竜王は息を吸い、吐きかけて止めた。

「谷が死ぬ」


 ルーカスは生地を置き、静かに言った。

「なぜ今言う」

「俺が……怖かったからです」

 レオンは絞り出すように言う。

「禁味にいた頃、俺は“音を消す側”でした。だから……合図を広げるのが正しいと分かってても、言えば皆が怯えると思って」


「怯える」

 ルーカスは淡々と言った。

「だが怯えても、噛む。列は動かさない。——それを教えてきた」


 ミーナがレオンの袖をぎゅっと掴む。

「言ってくれてありがとう。怖いけど……知ってた方が守れます」


 レオンは頷き、続けた。

「《無音籠》は携帯式です。杭も不要。札も不要。……誰かが持って近づくだけで、半径が“無音”になります」

「半径百メートル?」

 ユリウスが問う。

「もっと狭い。だが十分だ」

 レオンが言った。

「列の先頭だけ無音にすれば、後ろが焦る。焦れば割り込みが起きる。起きた瞬間を撮って流す。それが、偽合図網の“締め”です」


 嫌なほど具体的で、胃が痛い。


 ルーカスは塩バターあんぱんを天板に並べ、言った。

「……対策は」

「二つ」

 レオンが小さく指を立てる。

「一つ。無音でも“上書き合図”を視覚化する。旗、札、手の合図」

「二つ。無音籠を持つ者を“列”に入れない。担当者のチェックが必要です」


 ユリウスが頷く。

「検問か。中立地の入口に“合図係”を置く」

「条文化——」

「するな」

 ルーカスが先に言った。

「作法にしろ。条例にすると、抜け道が増える」


 ちょうどその時、塩バターあんぱんが焼けた。

 甘い匂いが立ち、塩の粒が光る。

 ミーナが鐘を鳴らそうとして、ふと手を止めた。


「もし……無音になったら、鐘は鳴りませんよね」

「鳴らなくていい」

 ルーカスは言った。

「噛む音は残る」


「音も奪うって——」

 ミーナが言いかける。

「奪えるのは、合図の音だ」

 ルーカスは切る。

「噛む音まで奪えたら、世界が終わってる。……終わってないなら、やれる」


 魔王がぼそり。

「強引だな」

「強引が店主だ」

 竜王が笑う。

 聖騎士が頷く。

「希望です」

 ユリウスがメモを閉じる。

「作戦に組み込む」


 レオンは深く頭を下げた。

「俺も……作戦に入れてください。奪う側の手口は、俺が止めたい」

「皿を洗え」

 ルーカスは即答した。

「その上で、入れ」

「はい……!」


 店の外では列が進み、塩バターあんぱんが次々と消えていく。

 甘さが口に入ると、人は少し笑える。

 笑えれば、恐怖の網は絡みにくい。


 ルーカスは最後に、いつもの一言を落とした。

「パンが冷めるぞ」

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