第43話 レオンの告白と、禁味の“最終装置”
朝、レオンの手が止まっていた。
皿を拭く布が湿ったまま、指が震えている。
「……どうした」
ルーカスが言うと、レオンは小さく息を吸った。声はいつもよりさらに小さい。
「……俺、言わなきゃいけないことがあります」
嫌な予感が胃を刺す。
嫌な予感は、だいたい当たる。
鈴。
魔王グラディオ、聖騎士セラフィナ、竜王、ユリウスがほぼ同時に入ってきて、レオンの顔を見て空気を察した。
「告白か」
「贖罪の時間ですね」
「谷でも、こういう時は静かに噛む」
「事実を話せ。記録する」
「条文化するな」
「記録だ」
ルーカスは窯の前に立ち、今日の新作――塩バターあんぱんの生地を丸めた。
甘さは、心をほどく。ほどけたところに、真実は刺さる。最悪。
「言え」
ルーカスが短く言う。
レオンは視線を落としたまま、吐くように言った。
「禁味庁には……“最終装置”がありました」
ミーナが息を呑む。
「さいしゅう……?」
「香りと味だけじゃない。音も奪う装置です」
レオンの声が震える。
「鐘、窯鳴り、響き石……全部、無音にする。人の判断を止めるために」
ユリウスが顔色を変えた。
「禁魔庁の記録にはない。そんなものが公的に——」
「公的じゃない」
レオンが小さく首を振る。
「“裏”です。長官直属の実験班。名前は——《無音籠》」
魔王が低く笑う。
「名前からして性格が悪い」
聖騎士がぎゅっと拳を握る。
「それは……人の生活を奪う兵器です」
竜王は息を吸い、吐きかけて止めた。
「谷が死ぬ」
ルーカスは生地を置き、静かに言った。
「なぜ今言う」
「俺が……怖かったからです」
レオンは絞り出すように言う。
「禁味にいた頃、俺は“音を消す側”でした。だから……合図を広げるのが正しいと分かってても、言えば皆が怯えると思って」
「怯える」
ルーカスは淡々と言った。
「だが怯えても、噛む。列は動かさない。——それを教えてきた」
ミーナがレオンの袖をぎゅっと掴む。
「言ってくれてありがとう。怖いけど……知ってた方が守れます」
レオンは頷き、続けた。
「《無音籠》は携帯式です。杭も不要。札も不要。……誰かが持って近づくだけで、半径が“無音”になります」
「半径百メートル?」
ユリウスが問う。
「もっと狭い。だが十分だ」
レオンが言った。
「列の先頭だけ無音にすれば、後ろが焦る。焦れば割り込みが起きる。起きた瞬間を撮って流す。それが、偽合図網の“締め”です」
嫌なほど具体的で、胃が痛い。
ルーカスは塩バターあんぱんを天板に並べ、言った。
「……対策は」
「二つ」
レオンが小さく指を立てる。
「一つ。無音でも“上書き合図”を視覚化する。旗、札、手の合図」
「二つ。無音籠を持つ者を“列”に入れない。担当者のチェックが必要です」
ユリウスが頷く。
「検問か。中立地の入口に“合図係”を置く」
「条文化——」
「するな」
ルーカスが先に言った。
「作法にしろ。条例にすると、抜け道が増える」
ちょうどその時、塩バターあんぱんが焼けた。
甘い匂いが立ち、塩の粒が光る。
ミーナが鐘を鳴らそうとして、ふと手を止めた。
「もし……無音になったら、鐘は鳴りませんよね」
「鳴らなくていい」
ルーカスは言った。
「噛む音は残る」
「音も奪うって——」
ミーナが言いかける。
「奪えるのは、合図の音だ」
ルーカスは切る。
「噛む音まで奪えたら、世界が終わってる。……終わってないなら、やれる」
魔王がぼそり。
「強引だな」
「強引が店主だ」
竜王が笑う。
聖騎士が頷く。
「希望です」
ユリウスがメモを閉じる。
「作戦に組み込む」
レオンは深く頭を下げた。
「俺も……作戦に入れてください。奪う側の手口は、俺が止めたい」
「皿を洗え」
ルーカスは即答した。
「その上で、入れ」
「はい……!」
店の外では列が進み、塩バターあんぱんが次々と消えていく。
甘さが口に入ると、人は少し笑える。
笑えれば、恐怖の網は絡みにくい。
ルーカスは最後に、いつもの一言を落とした。
「パンが冷めるぞ」




