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最強の魔導師だった俺、隠居して辺境でパン屋を開く~なぜか伝説の魔王や聖騎士が常連客になってしまい、のんびりできない件について~  作者: 綾瀬蒼
(2)章

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第42話 偽の合図網と、同時に鳴る“迷惑”

 朝、店の前に貼られた紙が三枚、風にばたついていた。

 王都、竜の谷、そして中立商都。全部、急報。


《各地で偽合図発生》

《列が揺れた》

《映像水晶で拡散の兆候》


「……来たな」

 ルーカスは胃を押さえた。

 デコピンが届かない距離で、同時多発。

 狙いは明白だ。“合図”そのものを信用できなくする。信用が壊れれば列が崩れ、列が崩れれば争いが戻る。


 ミーナが黒板を抱えたまま固まっている。

「ルーカスさん……“偽合図網”って、何ですか?」

「合図を網にして、同時に鳴らす。人間は同時に騒ぐと判断を放棄する」

「ひどい……」


 鈴。

 ユリウスが入ってきて、珍しく額に汗がある。

「禁味残党の首魁がいる。今までの残り火とは違う。組織的だ」

 魔王が鼻で笑う。

「恐怖を配るのが上手い奴は厄介だ」

 聖騎士が真顔で言う。

「偽合図は“恐怖の合図”。対抗するのは“安心の手順”です」

 竜王は低く唸った。

「余の谷でも鳴った。低音を真似るのは難しいはずだが……数で押してきた」


 レオンが皿を拭く手を止め、小さな声で言う。

「……禁味の訓練は“同時性”を好みます。人を混乱させ、命令だけが残る状態を作る」

「暗い説明がうまいな」

「すみません……」


 ルーカスは窯の前で腕を組む。

「……同時に鳴るなら、同時に“無視する作法”を広げるしかない」


 今日の新作はカンパーニュ。

 派手じゃない。重い。噛む。

 “騒ぎに勝つパン”は、こういう地味なやつだ。


 ミーナが恐る恐る言った。

「でも……偽合図が鳴ったら、どうやって“無視していい”って伝えるんです?」

「伝えない」

 ルーカスは即答した。

「各地の合図係に“合図の合図”を渡す。決まった上書き合図だけが本物だ」


 ユリウスが頷く。

「二重化の全国展開だな」

「条文化するな」

「これは作戦だ」


 ルーカスは紙を十枚まとめて書き始めた。

《偽合図対応:統一手順》

・“勝手に鳴った合図”は無視

・責任者の上書き合図だけが本物

・上書きは「短い鐘一回+低音二回」など固定

・列は一歩も動かない(動いたら負け)


 ミーナが黒板に大きく書き写す。

《動いたら負け》

 字が強すぎて怖い。


 そして、事件は“ここ”でも起きた。

 平和通りの端から、低音が鳴る。

 ゴン、ゴン、ゴン。配給の合図。開店前に。

 同時に、反対側から鐘が鳴る。チリン、チリン。開始の合図。

 さらに、どこからか笛。

 同時に鳴る“迷惑”のフルコースだ。


 列がざわっと揺れた。

 だが——誰も動かない。


 昨日までの列とは違う。

 みんな黒板を見ている。

《動いたら負け》

 怖い字は、案外効く。


 偽合図を鳴らしていたフードの男が、思わず顔を出した。

「……なぜ動かない!」

 その瞬間、ミーナが鐘を鳴らした。

 チリン。短く一回。

 次いで竜王が、店の前の“響き石”を二回叩いた。

 ゴン、ゴン。

 上書き合図だ。本物の合図の合図。


 列の空気が、すっと落ち着いた。

 動かないまま、呼吸だけが揃う。


 魔王がぼそりと笑う。

「恐怖の合図が、無視されたな」

 聖騎士が頷く。

「作法が勝ちました」

 ユリウスが手錠を鳴らす。

「業務妨害。確保」


「外でやれ」

 ルーカスが言うより早く、レオンが前へ出た。

 声は小さいのに、目が強い。


「……やめろ。奪う側は、もう終わりだ」


 フードの男が焦って札を撒こうとした瞬間、ルーカスが額に指を当てた。

「外でやれ」


 デコピン一発。男は境界線の外へ飛び、空き地に転がった。畑は避けた。

 だが、ルーカスは分かっている。ここで飛ばせても、網は世界に張られている。


 窯が鳴いた。

 パチッ。カンパーニュの皮が割れる音。

 その音は、偽合図よりずっと弱い。

 なのに列の腹に、まっすぐ届く。


 ミーナが小声で言った。

「……合図って、音の大きさじゃないんですね」

「そうだ」

 ルーカスはパンを棚に並べる。

「守る気があるかどうかだ」


 偽の合図網が広がっても、列が動かなければ意味がない。

 同時に鳴る迷惑を、同時に無視する。

 その作法が、世界を繋ぐ網になる。


 ルーカスは最後にいつもの一言を落とした。

「パンが冷めるぞ」

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