第41話 王都の後始末と、責任者の胃痛
朝、ベーカリー・エデンにまた“赤い封蝋”が届いた。王都。
ミーナが封を切る前に、ルーカスは言った。
「開けるな」
「開けます!」
「……」
中身は二通。
一通目は公的で、丁寧で、腹が立つ。
《式典爆破未遂は鎮圧。合図の二重化、導入を開始。感謝する》
二通目は紙がよれていて、字が泣いていた。
《合図責任者になりました。胃が痛い。助けてください》
「……知らん」
ルーカスは封筒を放りそうになって、やめた。放ると粉が舞う。
鈴。
ユリウスが入ってきて、二通目を見て頷いた。
「王都の貴族が“責任”を背負い始めた証拠だ。いい兆候」
魔王が鼻で笑う。
「責任は胃に来る。支配よりつらい」
聖騎士が真顔で言う。
「胃痛は、反省の入口です」
竜王は面白そうに言った。
「余の谷では胃痛は誇りだ」
「お前の谷おかしいな」
ルーカスは即答した。
今日の新作はプレッツェル。噛む回数が多い。噛めば落ち着く。落ち着けば、余計な手が動かない。
……王都にも噛ませる必要がある。
ルーカスは紙を一枚取って、太字で書いた。
《胃痛の処方箋》
①責任者は“鳴らす役”だけしろ(仕切るな)
②合図は短く、回数固定(迷わせるな)
③偽合図が出たら“二つ目の合図”で上書き(騒ぐな)
④胃が痛い時はプレッツェルを噛め(よく噛め)
「最後、雑じゃないですか?」
ミーナが突っ込む。
「よく噛めは真理だ」
焼き上がったプレッツェルを、ルーカスは箱に詰めた。
王都へ送る。焼きたてではない。だが“噛む回数”は届く。
昼、魔法通信石が鳴った。勝手に。最悪。
向こうの映像水晶には、例の貴族——“合図責任者”が映っている。顔が青い。胃が本当に痛そうだ。
『あ、あの……ルーカス殿……』
「殿を付けるな」
『式典の後、王都に“列”ができてしまったのです! 並ぶのです! 貴族が!』
「良いことだろ」
『良いのですが、割り込みが……! 我々は割り込みが文化で……!』
「文化にするな」
ルーカスは即答した。
「割り込みは戦争より危険だ」
『そして……偽の鐘が鳴りました。皆が一瞬、動きかけ——』
「止めたのか」
『止めました! “合図は責任者だけが鳴らす”と決めたので! だが私は……鳴らすたび胃が……!』
ルーカスはため息をつき、プレッツェルを一つ持ち上げた。
「噛め」
『え?』
「噛め。今」
『……はい』
貴族が恐る恐るプレッツェルをかじる。
バキッ、と硬い音。
映像越しに、その音が伝わった気がした。貴族の肩が一段、下がる。
『……噛むと、落ち着きますね』
「当たり前だ」
「食レポ禁止」
ルーカスは反射で言ってから、通信越しでも通じるのかと自分に腹が立った。
貴族が小さく咳払いした。
『……ルーカス殿。私は、合図責任者を続けます。だが条件がある』
「条件?」
『式典の壇上に、あなたの言葉を刻ませてほしい。“これ”です』
貴族が紙を掲げる。ルーカスが送った《祝辞》の最後の一行。
《焼きたては政治にするな》
「刻むな」
『刻みます! 刻まないと胃が痛い!』
「知らん」
『お願いします!』
ミーナが小声で笑った。
「ルーカスさん、王都の人、ちゃんと“並ぶ”覚えてますね」
「覚えたんじゃない。胃で学んだだけだ」
通信の向こうで、貴族が頭を下げた。
『……合図は、支配じゃなく安心のため。私は……遅いですが分かりました』
「遅い方が長持ちする」
ルーカスは短く言う。
「焦ると層が死ぬ。胃も死ぬ」
通信が切れた。
ルーカスは窯の火を見つめ、少しだけ息を吐いた。
王都にデコピンは届かない。だが、噛む回数は届く。責任の胃痛も届く。
プレッツェルは棚からどんどん消えていく。
列は静かに進み、合図は短く鳴る。
ルーカスはいつものように、最後に言った。
「パンが冷めるぞ」




