第4話 新作メロンパンと、和平の“予約券”
朝、ベーカリー・エデンの扉に貼り紙が増えていた。ミーナの字で、やたら可愛い。
《本日の新作:メロンパン(外カリ中ふわ)
※一人二個まで
※予約券制度はじめました》
ルーカスは貼り紙を見て、無言でミーナを見た。
「……予約券?」
「昨日、魔王さまと聖騎士さまが“公平に分けろ”って揉めたじゃないですか。だから! 整理券、作りました!」
ミーナは得意げに、小さな札束を振った。木札に番号が焼き印されている。焼き印……嫌な予感がする。
「焼き印、誰が押した」
「ルーカスさんの窯の端っこ、ちょっと借りました!」
「禁忌の業火を……木札のために……」
胃が痛い。だが合理的ではある。行列が暴徒化しなければ、それでいい。
ルーカスはメロンパンの生地をこね、上に被せるクッキー生地の格子を刻む。ここが命だ。格子が浅いと“ただの甘パン”、深すぎると割れて崩れる。
「……湿度、六十。温度、二百二。焼き時間……」
【天候操作】で店内を“ちょうどよい春”にする。
【禁忌の業火】で窯を〇・一度刻みで追い込み、焼き始めの一分だけ【時間停止】で“膨らみの初速”を固定する。メロンパンは最初の一分で勝負が決まる。
鈴が鳴った。
魔王グラディオが入ってくるなり、貼り紙を見て、目を細めた。
「ほう……“予約券”……良い名だ。これは支配の香りがする」
「支配じゃなくて整理です」
ミーナが即ツッコミを入れる。
次いで、聖騎士セラフィナ。貼り紙を見て、真顔で頷く。
「公平です。素晴らしい。……ただし不正は許しません」
「不正するのはお前らだろ」
ルーカスは言いかけて飲み込んだ。言うと揉める。揉めると粉が舞う。
さらに鈴。さらに鈴。
今日は妙に客が多い。村人ではない。普段は戦場にいるはずの者たち――魔王軍の幹部っぽいの、聖騎士団の騎士っぽいの、そしてなぜか“外交官”の名札をつけた中立国の男までいる。
共通点は一つ。全員、武装解除して私服で、行列に並んでいる。
村長ボルドが腕を組んで呟いた。
「条例の効果だな。堂々と集まれる。……村の宿が満室だ」
「最悪だ」
ルーカスは真顔で言った。売上は伸びるが、隠居は遠のく。
そんな中、行列の後ろで小さな声がした。
「……予約券が、足りない」
「番号が、飛んでいる」
「誰かが……抜いた?」
空気がぴりつく。
戦場の匂いはしない。だが“菓子を奪われる恐怖”は、戦争より熱い。
ミーナが青ざめた。
「え、えっ? 昨日、百枚作ったのに……!」
魔王が静かに息を吐いた。
「奪い合いになる前に、犯人を出せ」
聖騎士も同じトーンで言う。
「この店で不正は、罪です」
その瞬間、扉がそっと開き、背の低いフードの人物が入ってきた。
手には、木札の束。番号札だ。
「……あの、これ、落ちてたから……」
声が高い。子どもか? いや、違う。魔力の気配が薄いのに、足音が消えている。
ルーカスは目を細めた。
“落ちてた”と言ったな。落ちる量じゃない。
魔王が一歩出る。
「フードよ。貴様、名は」
「……名乗るほどの者じゃ……」
次の瞬間、フードの袖から細い針が光った。
狙いは魔王ではない。ミーナの手元――予約券の束。
「予約券をよこせ。新作は……我が主のものだ」
盗賊系だ。しかも“パン特化”。
ルーカスは深く息を吸った。
「粉が舞う。外でやれ」
「ただのパン屋が——!」
フードが跳ぶ。針が走る。
しかし、針が空中で止まった。
ルーカスの【時間停止】だ。
止まった針を指でつまみ、ルーカスはフードの額に指を当てた。
デコピン。
解除。
フードの人物は“音もなく”店外へ飛び、半径百メートルの境界線を越えたところで、ふわりと雪だるまのように転がった。
……軽い。子どもだ。いや、違う。動きが洗練されすぎている。
聖騎士が外を見て呟く。
「暗殺者……いえ、“回収者”ですね。新作の配布権を巡って、裏の勢力まで動いています」
魔王も頷く。
「世界はパンで動くようになった」
「俺は動かしてない」
ルーカスは即答した。
ちょうどその時、窯の中から甘い匂いが爆発した。
表面の砂糖が焼け、格子が香ばしく浮き上がる。メロンパンが、黄金に膨らんでいる。
「……焼けた」
ミーナがすぐにベルを鳴らす。
「新作焼き上がりましたー! 予約券、番号順にお願いしまーす!」
行列が、驚くほど静かに動いた。
魔王も聖騎士も、拳ではなく番号札を握りしめる。
外交官が震える声で言う。
「こ、これは……和平の予約券……?」
魔王が鼻で笑った。
「戦争の講和文書より価値がある」
聖騎士が真顔で頷く。
「番号の前では皆、平等です」
ルーカスは皿に乗せたメロンパンを見つめ、ぽつりと呟いた。
「……世界を救うより、番号札を守る方が疲れる」
それでも、カリッと割れる表面の音が店内に広がると、誰もが黙って噛んだ。
今日もまた、焼きたてのために世界が静かになる。




