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最強の魔導師だった俺、隠居して辺境でパン屋を開く~なぜか伝説の魔王や聖騎士が常連客になってしまい、のんびりできない件について~  作者: 綾瀬蒼
(1)章

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第4話 新作メロンパンと、和平の“予約券”

 朝、ベーカリー・エデンの扉に貼り紙が増えていた。ミーナの字で、やたら可愛い。


《本日の新作:メロンパン(外カリ中ふわ)

※一人二個まで

※予約券制度はじめました》


 ルーカスは貼り紙を見て、無言でミーナを見た。


「……予約券?」


「昨日、魔王さまと聖騎士さまが“公平に分けろ”って揉めたじゃないですか。だから! 整理券、作りました!」


 ミーナは得意げに、小さな札束を振った。木札に番号が焼き印されている。焼き印……嫌な予感がする。


「焼き印、誰が押した」

「ルーカスさんの窯の端っこ、ちょっと借りました!」

「禁忌の業火を……木札のために……」


 胃が痛い。だが合理的ではある。行列が暴徒化しなければ、それでいい。


 ルーカスはメロンパンの生地をこね、上に被せるクッキー生地の格子を刻む。ここが命だ。格子が浅いと“ただの甘パン”、深すぎると割れて崩れる。


「……湿度、六十。温度、二百二。焼き時間……」


 【天候操作】で店内を“ちょうどよい春”にする。

 【禁忌の業火】で窯を〇・一度刻みで追い込み、焼き始めの一分だけ【時間停止】で“膨らみの初速”を固定する。メロンパンは最初の一分で勝負が決まる。


 鈴が鳴った。


 魔王グラディオが入ってくるなり、貼り紙を見て、目を細めた。


「ほう……“予約券”……良い名だ。これは支配の香りがする」

「支配じゃなくて整理です」

 ミーナが即ツッコミを入れる。


 次いで、聖騎士セラフィナ。貼り紙を見て、真顔で頷く。


「公平です。素晴らしい。……ただし不正は許しません」

「不正するのはお前らだろ」

 ルーカスは言いかけて飲み込んだ。言うと揉める。揉めると粉が舞う。


 さらに鈴。さらに鈴。

 今日は妙に客が多い。村人ではない。普段は戦場にいるはずの者たち――魔王軍の幹部っぽいの、聖騎士団の騎士っぽいの、そしてなぜか“外交官”の名札をつけた中立国の男までいる。


 共通点は一つ。全員、武装解除して私服で、行列に並んでいる。


 村長ボルドが腕を組んで呟いた。

「条例の効果だな。堂々と集まれる。……村の宿が満室だ」


「最悪だ」

 ルーカスは真顔で言った。売上は伸びるが、隠居は遠のく。


 そんな中、行列の後ろで小さな声がした。


「……予約券が、足りない」

「番号が、飛んでいる」

「誰かが……抜いた?」


 空気がぴりつく。

 戦場の匂いはしない。だが“菓子を奪われる恐怖”は、戦争より熱い。


 ミーナが青ざめた。

「え、えっ? 昨日、百枚作ったのに……!」


 魔王が静かに息を吐いた。

「奪い合いになる前に、犯人を出せ」

 聖騎士も同じトーンで言う。

「この店で不正は、罪です」


 その瞬間、扉がそっと開き、背の低いフードの人物が入ってきた。

 手には、木札の束。番号札だ。


「……あの、これ、落ちてたから……」


 声が高い。子どもか? いや、違う。魔力の気配が薄いのに、足音が消えている。

 ルーカスは目を細めた。

“落ちてた”と言ったな。落ちる量じゃない。


 魔王が一歩出る。

「フードよ。貴様、名は」

「……名乗るほどの者じゃ……」


 次の瞬間、フードの袖から細い針が光った。

 狙いは魔王ではない。ミーナの手元――予約券の束。


「予約券をよこせ。新作は……我が主のものだ」


 盗賊系だ。しかも“パン特化”。


 ルーカスは深く息を吸った。


「粉が舞う。外でやれ」


「ただのパン屋が——!」


 フードが跳ぶ。針が走る。

 しかし、針が空中で止まった。

 ルーカスの【時間停止】だ。


 止まった針を指でつまみ、ルーカスはフードの額に指を当てた。


 デコピン。


 解除。


 フードの人物は“音もなく”店外へ飛び、半径百メートルの境界線を越えたところで、ふわりと雪だるまのように転がった。


 ……軽い。子どもだ。いや、違う。動きが洗練されすぎている。


 聖騎士が外を見て呟く。

「暗殺者……いえ、“回収者”ですね。新作の配布権を巡って、裏の勢力まで動いています」

 魔王も頷く。

「世界はパンで動くようになった」


「俺は動かしてない」

 ルーカスは即答した。


 ちょうどその時、窯の中から甘い匂いが爆発した。

 表面の砂糖が焼け、格子が香ばしく浮き上がる。メロンパンが、黄金に膨らんでいる。


「……焼けた」


 ミーナがすぐにベルを鳴らす。

「新作焼き上がりましたー! 予約券、番号順にお願いしまーす!」


 行列が、驚くほど静かに動いた。

 魔王も聖騎士も、拳ではなく番号札を握りしめる。

 外交官が震える声で言う。

「こ、これは……和平の予約券……?」


 魔王が鼻で笑った。

「戦争の講和文書より価値がある」

 聖騎士が真顔で頷く。

「番号の前では皆、平等です」


 ルーカスは皿に乗せたメロンパンを見つめ、ぽつりと呟いた。


「……世界を救うより、番号札を守る方が疲れる」


 それでも、カリッと割れる表面の音が店内に広がると、誰もが黙って噛んだ。

 今日もまた、焼きたてのために世界が静かになる。

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