第38話 王都からの招待状と、行かない理由
朝、ベーカリー・エデンに“赤い封蝋”の封筒が届いた。
封蝋には、誰が見ても分かる紋章——王都。
ミーナが両手で持って震えている。
「ル、ルーカスさん……これ、たぶん……王様のやつ……!」
「開けるな」
「開けちゃいました!」
「……」
中身は一枚の招待状だった。達筆で、余計に嫌な予感を煽る。
《王都にて“平和通りモデル”の公式導入を宣言する。
ついては貴殿を招き、式典にて祝辞を賜りたい。
※国境通行、警護、宿、すべて手配済み》
「……祝辞」
ルーカスは紙を見つめ、胃の底が冷えた。
祝辞は政治だ。式典は政治だ。王都は政治の塊だ。
パンが冷める。
鈴。
ユリウスが入ってきて、招待状を一瞥し、即座に言った。
「行くべきだ。公式化されれば、禁味残党の口実が減る」
魔王も入ってきて鼻で笑う。
「王都で演説すれば、愚民が従う。楽だ」
聖騎士は真顔で頷く。
「秩序が広がるなら、救われる人が増えます」
竜王は腕を組み、低く言う。
「王都は風が濁る。だが、合図が必要な場所だ」
全員の言ってることが“正しい”。
正しい話ほど、ルーカスは嫌いだ。面倒だから。
「行かない」
ルーカスは即答した。
「えっ」
ミーナが固まる。
「でも……王都ですよ? 断ったら……」
「断る。パンを焼く」
ユリウスが紙束を叩く。
「拒否すれば、王都は“勝手に象徴を作る”。歪む」
魔王がにやりと笑う。
「行かなければ、王都の奴らが“偽物のルーカス”を立てるぞ」
「最悪の予言をするな」
「王都はそういう場所だ」
ルーカスは窯の前に立ち、今日の生地を触った。
香りがある。火がある。ここにいる限り、焼ける。
王都に行けば、焼けない。
焼けない日は、店が死ぬ。配給が止まる。列が荒れる。
それが一番嫌だ。
「……行かない理由は三つだ」
ルーカスは言った。
「一つ。俺が動くと、ここが薄くなる」
「二つ。王都は俺の都合で静かにならない」
「三つ。祝辞は喉が乾く」
「三つ目、弱くないですか!?」
ミーナが突っ込む。
「弱い理由ほど真実だ」
聖騎士が静かに問う。
「では、どうしますか。王都が歪めば、ここまで育った作法が“特権”になります」
「特権にするな」
ルーカスは即答した。
そこでミーナが手を挙げた。
「じゃあ……私が行きます!」
「駄目だ」
「えっ」
「お前は店を守る役だ。種もある。列もある」
ミーナは唇を噛み、それでも言う。
「でも、誰かが行かないと……」
ルーカスは招待状を見つめ、ため息をついた。
“行かない”と言ったが、“放置する”とは言っていない。
象徴を一か所に縛らないために、鐘も合図も分けた。
なら、王都にも——“分ければいい”。
ルーカスは白い紙を一枚取り、ペンを走らせた。
《祝辞:以下の三点のみ》
・列は武器より強い
・合図は奪うな、作れ
・焼きたては政治にするな
「……これを送る」
ルーカスが言うと、ユリウスが眉を上げた。
「それで通ると思うのか」
「通らせる」
魔王が笑う。
「脅すのか」
「脅さない。——パンを送る」
ミーナが目を丸くする。
「パンを?」
「王都の式典の壇上に、焼きたてのパンを置け。祝辞はそれだけでいい」
「焼きたて、運べないじゃないですか」
「運ぶな。向こうで焼け」
ルーカスはミーナの種の瓶を見た。
「王都に“種”を送る。育てられる奴だけが焼ける。焼けたら、列ができる。列ができたら、作法が必要になる」
ユリウスが静かに頷く。
「象徴を人ではなく、仕組みにする……」
聖騎士が微笑む。
「それなら特権になりません」
竜王が低く笑った。
「王都も並ぶのか」
魔王が面白がる。
「見物だな」
「見物に行くな」
ルーカスが即座に言う。
「混む」
ミーナは招待状の返事を書くために、机に向かった。
ルーカスはその横で、生地を丸める。
王都に行かない。だが、王都にも“合図”を送る。
焼きたては、どこででも生まれるように。
最後にルーカスは、返書の末尾に一行だけ添えた。
《パンが冷めるぞ》
それが、彼にできる最大の祝辞だった。




