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最強の魔導師だった俺、隠居して辺境でパン屋を開く~なぜか伝説の魔王や聖騎士が常連客になってしまい、のんびりできない件について~  作者: 綾瀬蒼
(2)章

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第34話 鐘の音が広がる町と、静かな“移転”の話

 鐘が戻った翌朝、平和通りは妙に落ち着いていた。

 列は三列。割り込みなし。騒ぎなし。噛む音だけ。

 ——落ち着きすぎて、逆に怖い。


 ルーカスが窯の前で粉を量っていると、ミーナが封筒の束を抱えて走ってきた。

「ルーカスさーん! また手紙です! 今度は“鐘”のやつ!」

「読まない」

「読んでください!」


 封筒には、いろんな町の印。パン屋の印。孤児院の印。

《鐘の代わりに、窯の音を合図にしました》

《開店の合図があるだけで、列が荒れませんでした》

《“並ぶ作法”を子どもに教えています》

《鐘の音を寄贈してほしい》

 最後の一行で、ルーカスの胃が鳴った。


「寄贈はしない」

「でも、いい話ですよ?」

「いい話ほど面倒になる」


 鈴。

 ユリウスが入ってくるなり、紙を一枚差し出した。

《中立地再編案》

 いやな文字列だ。


「……何だ」

「平和通りの運用が広がった。各地に“ミニ平和通り”が生まれている。問題は——」

「問題は?」

「ここが“象徴”になりすぎた」


 ルーカスは粉をこぼしそうになった。

「象徴をやめろ」

「やめたいが、やめられない。禁味残党は“象徴を折れば戻れる”と考える。次の狙いは、鐘より大きい」


 ミーナが息を呑む。

「……店そのもの?」

「可能性が高い」

 ユリウスは淡々と言った。

「避難民、種、合格証、会談、鐘。全部がここに集まっている。燃やせば話が早い」


 魔王グラディオが入ってきて、聞いていたらしく鼻で笑った。

「燃やす? 試してみろ」

 聖騎士セラフィナも静かに言う。

「守ります」

 竜王は窓の外を見て低く呟く。

「守っても、焼け跡は残る。谷で学んだ」


 ルーカスは窯の火を見つめた。

 守る。戦う。叩き返す。

 それは得意だ。だが、得意だからこそ、ここまで面倒が増えた。


「……移すか」

 ルーカスがぽつりと言った。


「え?」

 ミーナが固まる。

「移転、ですか?」

「店じゃない」

 ルーカスは言い直す。

「“象徴”を移す。ここだけが特別じゃないようにする」


 ユリウスが目を細める。

「どうやって」

「鐘だ」

 ルーカスは店の鐘を見る。

「鐘は一つじゃなくていい。音があれば列は整う。なら、音を分ける」


 ミーナが少しずつ理解していく顔になる。

「……鐘を、増やす?」

「増やすな。分ける」


 レオンが小声で言った。

「……禁味は“無音”を作る。なら逆に、“合図”を世界に増やすのは合理的です」

「お前、賢いな」

「声は小さくなりました」

「それも偉い」


 本日の新作は“チャバタ”。気泡だらけの、軽いパン。中身が空洞に近い。

 象徴を空にする——今日の話に似ていて腹立つ。


 焼き上がったチャバタを切ると、大きな穴が見えた。

 ミーナが笑う。

「空っぽみたい」

「空っぽじゃない」

 ルーカスは言う。

「穴があるから、軽い。軽いから、遠くへ運べる」


 昼過ぎ、ルーカスは紙を一枚書いた。

《鐘の分け方》

 そして付け足す。

《合図は盗むな。作れ》


 ミーナが目を丸くする。

「……これ、配るんですか?」

「配る」

 ルーカスは短く言った。

「店を増やすんじゃない。——秩序を増やす」


 魔王がぼそりと言う。

「貴様、結局世界を救う気か」

「違う」

 ルーカスは即答する。

「俺の休日を守るためだ」


 聖騎士が微笑む。

「結果として救われます」

「食レポ禁止。冷める」


 鐘が鳴った。

 その音は今日は、いつもより遠くまで届く気がした。

 象徴を一か所に縛らないための、静かな“移転”の始まりだった。

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