第28話 禁味の残り火と、甘い“反省会”
新スタッフ(仮)——元禁味庁の青年は、朝から皿を洗っていた。
勢いよく洗って、水を跳ねさせて、ミーナに笑顔で叱られている。
「水が舞ってます!」
「す、すみません!」
「粉よりマシですけど、床が滑るのでダメです!」
「……どっちも舞うな」
ルーカスはため息をつきつつ、今日の仕込みに入った。
新作は“プリンパン”。柔らかい丸パンに、焼きプリンをまるごと挟む。甘くて重いのに、不思議と後を引く。
これは反省会用だ。誰かがやらかす予感がする時にだけ焼くやつ。
鈴。
ユリウスが入ってくるなり言った。
「禁味庁長官の残党が動いている」
「言うな。現実になる」
「もうなっている」
続いて魔王、聖騎士、竜王。全員、昨日より目が鋭い。
外の列も、どこか落ち着かない。噛む前に周りを見ている。
「禁味は終わったはずだ」
魔王が低く言う。
「終わってない」
竜王が短く返す。
「残り火は、風で戻る」
その風が、まさに入ってきた。
扉が静かに開き、灰色のフード集団が三人、滑るように入店する。私服、武装解除——のふりをしている。目が“店”ではなく“人”を見ている。
「……配給を受けに」
「列に並べ」
ミーナがにこやかに言うと、三人は素直に並んだ。並び方がうますぎる。プロだ。
元禁味庁の青年が、皿を拭きながら小声で言った。
「……あの歩幅。禁味の訓練です」
「黙って洗え」
「はい……!」
プリンパンが焼ける前に事件は起きた。
三人のうち一人が、さりげなく酵母の小瓶へ手を伸ばす。
“種”だ。世界に広がったとはいえ、ここは“元祖”として象徴だ。奪えば残党の旗になる。
その手が触れる寸前、元禁味庁の青年が飛び出した。
「やめろ!」
声がでかい。
だが、その声で全員の目が一斉に動いた。
三人は舌打ちし、袖から灰色の札を散らした。禁味札——香りと味を局所的に奪う小型結界だ。店内の空気が一瞬、無表情になる。
ミーナが青ざめる。
「また……禁味……!」
ルーカスは息を吸った。
「……粉が舞う。外でやれ」
だが札は店内に落ちている。外に出ても意味がない。
なら、別の手。
「ユリウス」
「分かっている」
ユリウスが記録札を投げ、禁味札の発動を刻む。
魔王と聖騎士が同時に前へ出て、残党を押さえ——ようとした瞬間、残党の一人が笑った。
「押さえても無駄だ。味を奪えば、飢えが暴れる。列が崩れる。——その瞬間を撮れ」
外でカメラのような水晶が光った。中立地が崩れる映像を撮り、世界に流すつもりだ。
ルーカスの胃がきゅっと縮む。面倒が増える。
その時、元禁味庁の青年が叫んだ。
「違う! 禁味で暴れたのは俺たちだ! 味がないから人が荒れたんじゃない、俺たちが荒らしたんだ!」
黙れ、と思った。声がでかい。
だが——その言葉は、避難民の列に刺さった。
昨日まで恐怖で固まっていた人たちの目が、少しだけ戻る。
ルーカスは短く言った。
「……よく言った。だが声がでかい」
次の瞬間、ルーカスは窯の前の蒸気鍋を開けた。
中には、プリンパン用のプリン。熱い湯気が、禁味札の上を撫でる。
“味”は奪われても、温かさは奪われない。湿気は札を鈍らせる。
ミーナが気づき、桶の“聖水(魔水)”をすくって床へ流す。
禁味札がじゅっと濡れ、発光が弱まる。
「……効かない!?」
残党が焦る。
「効かせるな」
魔王が低く言い、残党を持ち上げる。
「聖域を汚すな」
聖騎士が続ける。
「余の逃げ場だ」
竜王が息を吸う。
「法で縛る」
ユリウスが手錠を鳴らす。
ルーカスは残党の額に指を当てた。
「外でやれ」
デコピン一発。三人はまとめて店外へ飛び、境界線の外の空き地へ着地した。畑は避けた。
外の水晶も、魔王が握り潰して終わりだ。
静けさが戻る。
ちょうどその時、プリンパンが焼けた。甘いのに、香りは控えめ。焼きプリンの表面だけがきらっと光る。
「反省会だ」
ルーカスが言うと、元禁味庁の青年が青ざめた。
「えっ、俺も……?」
「声がでかい。反省しろ」
ミーナが切り分け、配給列にも小さく配る。
甘さが入ると、人は少しだけ笑える。
残り火の怖さも、噛む音に薄まる。
青年はプリンパンを一口食べ、泣きそうに笑った。
「……俺、今度こそ、奪わない側で生きます」
「皿を洗え」
「はい……!」
ルーカスは窯の火を見つめ、短く呟く。
「残り火は消えない。だが、毎日焼けば、火は暖かくなる」
そしていつもの一言。
「パンが冷めるぞ」




