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最強の魔導師だった俺、隠居して辺境でパン屋を開く~なぜか伝説の魔王や聖騎士が常連客になってしまい、のんびりできない件について~  作者: 綾瀬蒼
(1)章

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第24話 禁味庁長官 vs 焼きたて――究極のバゲット

 朝、平和通りの外周に灰色の杭が増えていた。昨日までの“薄い膜”ではない。村ごと包む、重い沈黙。

 そして店の前に、白手袋の男が立った。笑っているのに目が冷たい。


「禁味庁長官。香りと味は争いの火種だ。今日で終わらせる」


 背後には執行官の列。制服のまま。武装解除の札を無視して踏み込んでくる。

 ミーナが一歩前に出たが、長官は視線すらくれない。


「店を接収し、中心人物を拘束する。配給は国家管理下で継続――安心しろ、味は不要だ」


 魔王が低く唸る。聖騎士が拳を握る。竜王の影が揺れる。ユリウスが紙を叩く。

 それでも長官は淡々としていた。恐怖で押す自信がある顔だ。


 ルーカスは窯の前に立ち、短く言った。

「店で政治をするな」

 そして、いつもより静かに続ける。

「……粉が舞う。外でやれ」


「無駄だ。香りも味も、すでに奪った。貴様の“焼きたて”は効かない」


「効くさ」

 ルーカスは粉を量った。原点回帰――バゲット。水、塩、粉、そして“種”。

 禁味の中で香りは立たない。それでも、窯は熱くできる。皮は割れる。噛む音は残る。


 【禁忌の業火】千分の一。二百四十・〇度。

 焼き上がりの一瞬だけ【時間停止】。割れる直前の皮を、世界ごと固定して解く。


 パチッ。


 小さな破裂音が店内に落ちた。匂いはないのに、列が一斉に顔を上げる。

 ルーカスは焼けたバゲットを台に置き、包丁で切った。湯気が立つ。“温かい”が見える。


「……噛め」


 配給列の子がかじる。バリッ、と音。次に母親。兵士。村人。魔王。聖騎士。竜王。ユリウス。

 誰も食レポをしない。言葉がいらないからだ。肩が、少しだけ下がる。


 長官だけが笑った。

「温かいだけだ。味がないなら、心は動かない」


「動く」

 ミーナが震える声で言った。

「温かいと、帰りたくなる。帰りたいって思ったら、守りたくなる」


 ルーカスは、カウンター下から小瓶をいくつも出した。泡立つ天然酵母の“種”。

「長官。これが欲しかったんだろ」

「……当然だ。味の源だ」

「やるよ」


 長官の目が初めて揺れた。

「何……?」


「独占されるから争いになる。なら、独占できないようにする」

 ルーカスは瓶をミーナに渡し、ミーナは列へ配った。魔王にも、聖騎士にも、竜王にも、避難民にも、村人にも。

「育て方は一つだけ。毎日面倒を見ろ。できない奴は死なせる」


 長官の笑みが崩れる。

「ば、馬鹿な……広がれば禁味の正当性が――」


「お前の正当性は“恐怖”だろ」

 ルーカスは一歩近づき、額に指を当てた。

「なら外でやれ」


 デコピン一発。長官は平和通りの境界線の外へ、きっちり百メートル先に飛んだ。畑は避けた。

 執行官が動こうとして、魔王と聖騎士と竜王が同時に前へ出る。


「ここは中立地だ」

「聖域です」

「余の逃げ場だ」


 ユリウスが記録札を掲げる。

「侵入は全て記録済みだ。撤退しろ」


 長官は地面に手をつき、悔しそうに笑った。

「……明日、また来る」

「来るな」

 ルーカスは言い切る。

「パンが冷めるぞ」


 香りなき世界で、奪えないものが増えた。

 “種”が人の手に渡った瞬間、焼きたては一軒の店のものじゃなくなり始めた。

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