第13話 記念スタンプと、焼きたての“印”
平和通り整備の第二弾として、店先に木箱が置かれた。中にはでかいゴム印。横に札。
《ベーカリー・エデン来店記念スタンプ》
ルーカスは嫌な予感しかしなかった。
「……ミーナ、これ誰が」
「村長です! スタンプラリー、流行ってるんですって!」
「流行らせるな。俺の胃が擦り切れる」
今日の焼きは“あんバター”。シンプルな丸パンに、粒あんと厚切りバター。火加減を間違えると甘さが重くなる。
【禁忌の業火】を千分の一、窯は二百十七・二度。湿度は五十五。焼き上がりの香りが立つ頃、鈴が鳴った。
「記念と聞いた」
魔王グラディオが入ってくる。次いで聖騎士セラフィナ、竜王、禁魔庁局長ユリウス。最近は“いつもの四人”が来ないと逆に不安になるのが腹立つ。
「スタンプは公平に押されるべきです」
「我が名も刻まれるのだな」
「余は……押すと爪が汚れる」
「監査として確認する」
「押すな」
ルーカスは即答した。
「スタンプはパンじゃない」
しかし村人と観光客は押す。列に並び、押して、満足そうに帰っていく。平和だ。——平和すぎた。
昼前、旅装の男がすっと近づき、スタンプを押した。押した瞬間、紙が薄く光る。
局長ユリウスの目が鋭くなる。
「……呪印だ。位置特定の系統」
「は?」
ミーナが凍る。
「え、じゃあ押した人、追跡されるの?」
男は笑った。
「さすが禁魔庁。だが遅い。押された者は“回収対象”だ。名物を奪うなら、客ごと連れて行けばいい」
次の瞬間、外で風が鳴った。平和通りの端に、黒い馬車が現れる。人さらいの結界。押された紙が、馬車へ引っ張られるように震えた。
魔王が低く唸る。
「俺の行列を、攫う気か」
聖騎士が静かに一歩出る。
「この店は聖域です」
竜王は肩を鳴らした。
「余の前で、土産を奪うな」
「粉が舞う」
ルーカスの一言で、三人はピタリと止まった。偉い。腹が立つ。
ルーカスはため息をつき、スタンプを手に取った。印面の裏に、薄い魔法陣。村長が買った安物に、誰かが細工したらしい。
「……ユリウス。禁魔結界、半径十メートルでいい。スタンプ周辺だけ」
「可能だ」
空気が“すん”と沈む。魔力が鈍る。
ルーカスは魔法ではなく、桶から“聖水(魔水)”を柄杓で掬い、印面にぶっかけた。
ジュッ、と小さく音がして、魔法陣が溶けた。
「高純度の水は、余計な術を洗う。パンと同じだ」
「なにを……!」
男が飛びかかる。
ルーカスは指を鳴らさず、ただ額に指を当てた。
「外でやれ」
デコピン一発。男は馬車の真ん前まで飛び、馬車は慌てて撤退した。追う者はいない。追えば粉が舞うからだ。
店内に戻ると、あんバターが焼けていた。甘い香りに、皆が同じ顔になる。
ミーナが震える手で新しい札を書いた。
《スタンプ:安全になりました(※呪い除去済)》
「……まだ押すのか」
「押します! だって観光名物ですもん!」
魔王が押した。聖騎士も押した。竜王は爪を気にしつつ押した。局長は無言で押した。
そして四人は同時に、あんバターにかぶりつく。
「この甘さ……停戦が伸びる味だ」
「公平に配布すべきです」
「余の谷にも……」
「食レポ禁止。冷める」
ルーカスは頭を抱えた。
世界を救うより、スタンプを安全にする方が疲れる。だが、静かに噛む音が続くなら——今日も、まあ平和でいい。




